この春、東京大学から、地震学者の大木聖子氏が環境情報学部准教授に着任した。防災と地震を専門に扱っており、SFC内でも授業を2つ担当している。どちらも履修選抜が4倍を超えるなど、注目の高さを伺わせる。メディアなどでは、美人すぎる地震学者として取り上げられることもしばしば。

 今回、SFC CLIP編集部では大木准教授に突撃インタビューを敢行した。東大とSFCの違い、地震学者とは、初の履修選抜、SFC生へのメッセージなど、様々なことを伺うことができた。

–東大地震研とSFCは違いますか?


(無題)今期からSFCに着任した大木聖子准教授



 学生の年齢層が違いますね。3月まで私がいた東京大学地震研究所では、最も若くても修士1年生なので、学部生というだけで新鮮で、キャンパス全体が若く感じます。

 また、みんなが「社会に役立つかどうか」を価値基準としていることに、とても驚いています。私は固体地球物理学という理学系の出身なのですが、そこでは「社会の役に立つ」という言葉は禁止ワードのような空気すらありました。

 正直に言うと、世の役に立つかどうかが研究の判断基準じゃない、むしろ役に立つなんて下世話だ、と思っていた時期が私にもありました。SFCでは学生さんから先生方まで本当にたくさんの方が、「社会に役立つの?」となんの抵抗もなく口に出すので面白くて、いまの自分には、そんな環境がとても居心地がいいです。

 SFCでの2つの授業と研究会には定員の2、3倍の方が来てくださいました。東京大学では、防災の授業にこんなに多くの人が集まることはなかったので、まさにこの「社会に生かす」ということにみんなが興味を持ってくれたんだろうなと思っています。福澤諭吉先生の実学の教えが浸透しているのかなとも思います。これからSFCで教鞭をとっていくのがとても楽しみです。


–地震学者とは、どんな人たちなんですか?



 地震学者は基本的には地球の方を向いていて、人間や社会の方を向くのはあまり得意ではありませんね。フィールドワークと言って地震が起こる現場や火山観測、発災後の被災地にも行きますが、どちらかというとコンピュータに向かって数式を解いている人が多かったです。

 私は、ここ5年間くらい防災コミュニケーションに取り組んでいて、数式や地球よりも人間や社会とお話をする機会を多く持っていました。他の地震学者にとってみれば、「大木さんはいったいなにをやっているのだろう?」という認識だったかもしれません(笑)。


–大学の先生は教育者と研究者の側面をもっていますが、大木准教授はいったいどちら寄りですか?



 自分が大学生の頃、大学の先生は研究者であって、必ずしもいい教育者ではないんだとがっかりしたことがありました。そのときのことを覚えていますし、私は幸運にもいい先生とばかり研究させていただいているので、よい教育者でもありたいと思っています。

 色々な大学がありますが、大学の理念に「研究」より先に「教育」と書いてあるのは慶應義塾大学だけだそうですね。そんな理念のある環境ですから、「よい教育者が学生たちといい研究をしている」と言われるようになりたいです。

 また教育の立場で言えば、学生さんが一生懸命に考えて考えてついに答えに行きつく、その瞬間に立ち会えるのは最高ですね。確かに私が5分で答えを言ってしまえば簡単ですが、自分で気付いた瞬間の喜びを共有できるのは、教育者の醍醐味だと思います。


–どうしてSFCに来ようと思ったんですか?




(無題)SFCに来たきっかけを懐かしそうに話す大木聖子准教授





 インドの防災に取り組むプロジェクトで、村井純環境情報学部長にお会いしたのがきっかけだと思います。先ほども言ったように、私が研究者になるまでのバックグラウンドでは、「社会の役に立つ」という言葉はなんとなく禁止ワードの雰囲気を持っていました。インドプロジェクトでは、村井純環境情報学部長はじめSFCの先生方が「それは社会の役に立つのか?」という言葉を連発していて本当に驚きました。これが私とSFCとの出会いです。

 また、SFCはもともと防災研究に取り組んで来ていました。私自身、IT×防災が興味のひとつなので、ITを研究している研究者や学生たちの近くで防災をやりたいという思いがありました。

 防災は、とても学際的な学問です。学際的、というのはいろいろな分野にまたがっているという意味です。地震学コミュニティにいて、地震学だけで防災を達成することに無理を感じていました。

 たとえば、地震という現象が起こることを説明できても、家具を留めたり耐震診断をしたりしない、それはもはや地震科学が扱う問題ではなく、人間科学の範疇です。そんなことを考えているうちに、情報学、教育学、心理学など様々な分野に手を出して、私自身が学際的になっていきました。

 SFCはもともと様々な分野の学問を扱っていて、学際性の極めて高い環境です。そんなSFCで研究できたらすごく素敵ですし、日本の防災を本当に変えられるんじゃないか、自然災害で人が亡くならずに済む研究をSFCから発信できるんじゃないか、と思うようになりました。「環境」「情報」学部で,地球の声を聞いて人に伝える研究ができるなんて、ぴったりですよね。


–初の履修選抜はどうでしたか?



 すごく大変でした。徹夜で読みました(笑)。やる気のない人の文章は見た瞬間わかるので、もっと簡単に選抜できると思っていたのですが、甘かった! みんなびっしり書いてくれて、じっくり読みたいものばっかり。通らなかった方も僅差で、選抜するのは困難でした。


–SFCの生徒に向けて、こうなって欲しいなどの希望はありますか?



 自分の脳は何に対して1番喜びを感じるのかをぜひ探ってほしいです。私は20代前半までは、自分のスキルを上げることに1番の喜びを感じていました。 昨日は解けなかった数式が今日は解けるようになるのが嬉しかったのです。

 しかしある時を境に、生きているからには人に感謝されること、喜んでもらえることをしたいと思うようになりました。地震学者は、そのどちらも満たしているんですね。だからたまたま、高校生の時に目指した地震学者でずっといるんです。「地震学者になりたい」を貫き通したというよりは、地震学を武器に、いま私の脳が求めることをやっているという認識です。そうじゃなきゃ務まらないし、本当にいい仕事はできないと思います。学生のみなさんも、○○になりたい、という視点よりは、自分の脳が喜びを感じることは何なのかという視点で将来を考えてみてください。

 日本では、初志貫徹は絶対的な善で、夢を諦めると評価が落ちるという価値観です。しかし先ほど言ったように、私は夢を変えることは決して悪いことではないと思っています。昔抱いた夢に固執したり、自分を縛ったりすることなく、その時々の自分の価値観で何かを成し遂げて行ってください。ただし、夢を追うときは手足を動かしながら行うことが必要。自分探しの旅をするだけではダメです。

 

取材をしてみて…


 とても情熱的な人という印象だった。社会に貢献したい、と思っているSFC生とどんなコラボレーションを起こすのか。秋学期も、大木聖子准教授の授業や研究会は開講される。この記事を読んで少しでも大木准教授に興味をもったら、次学期では、履修してみるのもいいだろう。