ORF2014の政策系の一角を占める中室牧子研究会(以下、中室研)のテーマは「教育に科学的根拠を!」。日本ではあまり馴染みのない教育経済学を来場者に知ってもらうことを目標に、教育に関する興味深い先行研究などを集め、掲示している。中室牧子総合政策学部准教授(以下、中室准教授)と田端紳さん(総3)、西浦綾香さん(環4)に話を聞いた。

教育政策の「本当なの?」を経済学的手法で分析―教育経済学とは?

「教育学」「経済学」は誰でも聞いたことがあるが、「教育経済学」という研究分野を知っている人はそう多くはないだろう。教育経済学とは、簡潔に言えば、教育に関する政策を経済学的な手法を用いて分析する学問である。ここでいう「経済学的な手法」とは、例えば、計量経済学(経済理論の妥当性を統計によって実証・分析する学問)における回帰分析(2組のデータの相関・因果関係を分析する手法)などといったものである。
 現在、日本で議論されている教育政策の1つとして、「学校教育にiPad等のタブレット端末を使う」というものがあり、実際に一部の自治体で導入されている。しかし、本当に学校教育にタブレット端末を用いることが学力向上につながるのか、科学的な根拠はあるのだろうか。
 科学的な根拠に基づいているかを検証しないまま、こういった政策を施行し、結果として効果が認められなければ、限りのある予算、国税を無駄にしてしまうことになる。そうならないよう、教育経済学では、国や自治体が政策を施工する前に小規模な社会実験を行い、その結果を分析し、本当に効果があるのかを検証する。

最大の特徴は、数値化された効果が“見える”こと

熱心に教育経済学の魅力を伝える田端さん

「数値として目で見ることができるのが、教育の経済学的分析の特徴だ」と田端さんは切り出す。「例えば、従来の教育の分析では『1クラスあたりの人数を減らした』ことによって『クラスの仲が良くなった』とか『教師との関係が改善した』という抽象的なものになりがち。もちろん、そういった社会学的・心理学的な分析も重要だとは思うが、経済学的な分析では『1クラスあたりの人数を減らした』ことによって『どれだけ成績が向上した』というように、具体的な効果を数値化して見ることができる。だから、政策目標がとても立てやすく、その目標を達成するために必要な費用なども明確に把握することが可能になる。そこが教育経済学のメリットだ」と教育経済学の魅力を語った。
 

海外でメジャーになりつつある科学的な教育政策

諸外国では科学的根拠に基づいて教育政策を行うという考え方は広く受け入れられている。例えば、アメリカでは、科学的根拠のない政策には予算がつかないことになっているため、教育経済学の研究は非常に発達しており、実験を行うことの社会的理解も得られているという。
 しかし、日本では「子供を実験に使うのか」という意見をはじめ、倫理的にどうなのかといった反発もあり、なかなか受け入れられていない。実際のところ、今まで日本で行われてきた教育政策は、科学的な根拠に基づかないものがほとんどだという。「ゆとり教育などがその典型だ」と嘆く西浦さんは、日本の教育政策のやり方に対して「北欧で上手くいったというだけでそのまま日本に導入された。結果として効果がないことがわかると、その原因の分析もしないまま次々に新たな政策を施行し、膨大な予算つぎ込まれてしまっている。非常に無駄なことだと思う」と苦言を呈した。
 

「教育経済学は役に立つ研究なんだ」集まる注目 高まる評価

研究会が始まって2年目、今年が初めてのORF出展となる中室研。中室准教授にも話を聞いた。
 実は、中室准教授自身、自分の研究を対外発信するということにあまり熱心ではなかったという。最近になってようやく外部にも発信するようになり、驚いたことがある。それは、「役に立つ研究をしている」と言ってもらえることが増えたことだという。
 「当たり前のことだが、教育を受けるという経験がない人はいない。そういう人たちからすると、メディアで子育ての専門家や評論家が言うような、『教育とはこうあるべきた』という意見をどこまで信用してよいのか、それがどれくらい自分に当てはまるのかということについて疑問に感じていると思う」
 中室准教授がそう言うように、実際、テレビ番組などで有名な専門家が語るような子育て方法や教育は非常に曖昧なものであることが多い。しかし、中室准教授らが取り組んでいる研究では、そういった疑問に対して数字などではっきりとした答えを出すことができる。
 「ある教育方法について一人の専門家が自分の経験をもとに語るというようなレベルではなく、一般的なこととして、それが正しいのかどうかということを確かめることができる。きっと、それが本当に役に立つ研究ということなんだろうと思う。今回のORFでは、『教育経済学は、役に立つ研究なんだ』ということを、研究会のみんなと一緒に伝えていけたらうれしい」と中室准教授は意気込んだ。

一見、真新しい研究分野に見えるが、その問題意識は以前からあり、今の日本にもっとも求められている学問に違いない。教育経済学に興味のある人や、現在の日本の教育政策に疑問を感じている人は、ぜひ中室研究会のブースに足を運んでみよう。