Bホールに入ると木組みの間から巨大な構造物が見える。ORF初出展の鳴川肇研究会の展示、「OCTADOME(オクタドーム)」だ。直径は6メートル。その大きさに誰もが目を見張る。しかし、見ただけではこの展示にどんな意味があるのかはわからない。鳴川肇政策・メディア研究科准教授と研究会のメンバーにこの構造物について聞いた。

OCTADOME OCTADOME

原案、忘れられた構造

鳴川研は立体幾何学を学ぶ研究会だ。実際にものをつくることを通してその背景にある幾何学を学ぶ。鳴川准教授は革新的な世界地図「オーサグラフ」の開発で有名だが、これも実際に模型をつくりながら考えたもの。

今回作成したドームには原案がある。アメリカの構造家、バックミンスター・フラーが考案した「ジオデシック・ドーム」だ。小さな三角形を組み合わせると内部に完全な球面ができるという不思議な構造になっている。セルフビルドできることと軽いことをコンセプトにしたこの構造は、70年代に注目を集めた。しかし、パーツとなる三角形の複雑さや組み立ての難しさから次第に忘れられていく。

今回はその「忘れられた構造」を現代に蘇らせようという試みだ。

構造体の中から。左が鳴川肇准教授、右が平本知樹研究員 構造体の中から。左が鳴川肇准教授、右が平本知樹研究員

設計、進化した構想

設計は主に鳴川准教授と平本知樹訪問研究員(11年政・メ卒、以下平本研究員) がおこなった。

鳴川准教授の構想を、平本研究員が設計ソフトを使ってモデル化し、学生たちにつくり方を教える。学生たちは実際に手を動かすなかで設計の背景にある立体幾何学の知識を学ぶ。

こだわったのはつくりやすさ。「『個人で作れる建物』というフラーのコンセプトを現代でどれだけ達成できるかに興味があった」と鳴川准教授。

フラーのドームは様々な角度の三角形の集合だが、「OCTADOME」に使われている三角形は5種類のみで、角度もできるだけ90度や60度、45度などのシンプルなものになるようにしている。これにより制作と組立が何倍も簡単になる。

細かい工夫もしている。部材に穴が開いているのは、よく軽く、そして持ちやすくするためだ。4ピースで1つのユニットは一人で楽に運ぶことができる。

「この構造は既にやりつくされたと、そう思われていた。でも、手を動かしながら考えてみると、やれることがまだ沢山あると気づいた」鳴川准教授はそう語る。

切り出し、ファブ機材の活用

設計だけではなく、制作過程もフラーのものとは違う。加工はすべてものづくり工房のファブ機材で行われている。鳴川准教授は「SFCに赴任して、いろいろな機材が使えるようになった。現代の環境でドームをつくるとどういうツールが使えるかを試したかった」と言う。

鳴川准教授自身もエプロン姿で切り出しの現場に立った 鳴川准教授自身もエプロン姿で切り出しの現場に立った

主なパーツは学生たちがショップボット(コンピュータ制御の切削機械) を使ってベニヤ板から切り出した。使い方は主に平本研究員が教えた。もともと田中浩也研究会に所属しており、学生時代から機材に慣れ親しんでいる。

平本研究員も新ドームの裏テーマは「ファブ機材の建築での活用」だと語る。「ずっとファブ機材が建築の分野で活躍すると言われてきたが、まだあまり使われていない。球のような古典的な構造をファブでつくることで、新しい可能性を開けたらと思います」と語る。実際に頂上部の一部に、まだ建築にはあまり使われない3Dプリンタで作った部材が使われている。

これまでは手作業が多かった鳴川研だが、機材面の挑戦も余念がない。

左が三角形の部材をもつ平本研究員、右は模型を持つ高橋さん 左が三角形の部材をもつ平本研究員、右は模型を持つ高橋さん

組立、難航と成長

今年度にできた鳴川研にとって今回が初の集団制作だった。しっかりと準備してから組立に臨んだが、それでも最初はスムーズに行かなかった。天候不順による作業の遅れや、金具の発注ミスなど予想外のアクシデントが続いた。

メンバーのスキルも一人ひとりばらつきがある。研究会には文系も理系もいる。学年もバラバラだ。なれない集団制作ながらも、全員が作業の中で自分の役割を見つけていった。

「技術の高い人は、作業全体のマネジメントしたり、作業に慣れない人に教えたりしました。慣れない人はどんどん手を動かして技術をあげていき、それぞれがそれぞれの成長をしました。今回の制作で研究会で共作をする体制が整ったように思います」鳴川研のメンバー、本間さん(環4) はそう制作を振り返った。

展示、もう1つの構造物

巨大なドームに目を奪われてしまうが、鳴川研の展示はもう1つある。鳴川准教授と本間さんがデザインした机「テーブリッジ」だ。デザイナーと新入社員を組ませ、プロダクトをつくる丹青社の新人教育企画「人づくりプロジェクト」のためにつくられた。一見、シンプルな机に見えるが、この形にも一つひとつ意味がある。

「ちょうど研究室に机がほしいなと思っていたので、こんな机があったらいいなというものを作りました」と本間さん。建築や構造を扱う研究会では、様々なサイズの紙を使うところに注目し、引き出しのパーティションをA版で使われている「白銀比」を目安に区切っていった。A1からA5までの用紙の収納が可能になっており、設計図を丸めて保存する必要がなくなる。

骨組みにも秘密がある。19世紀の鉄道橋に使われたフィーレンディールトラスをモデルにしているのだ。本間さんは「鉄道橋に使われていただけあり、重さと揺れに強い構造で、机の骨組みにピッタリでした」とその特長を説明する。

テーブリッジと本間さん テーブリッジと本間さん

鳴川研は進化を続けている。その進化をORFで目撃しよう。

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