社会の様々な分野で華々しく活躍するSFCの卒業生たち。一方で卒業後の社会人生活に満足出来ずにいる「キャリア迷走中」の卒業生も存在する。これは誰もが通る社会人の壁なのか、それともSFCならではの事情があるのだろうか。そうだとすれば、何が明暗を分けたのか。取材班は一本の修士論文に着目した。

「卒業生の活躍」の裏側に

SFCは2010年の4月4日をもって開設20周年を迎える予定であり、これまでに巣立って行った卒業生はのべ1万4千人を越える。
 テレビや雑誌等を見ると、起業家、歌手、アナウンサー、国会議員など、様々な分野で活躍する卒業生の姿を確認できる。学内のメディアに目を転じれば、広い社会の中でそれぞれに活動の場を見つけ、社会人としての研鑽を始めたばかりの卒業生からの「就職報告」も目にすることが出来る。どの人物も自信や、希望に満ちあふれているように見える。
 しかし未来からの留学生が戻って行く卒業後の未来は、バラ色だけに染まっているわけではない。社会に出ると、その中で生きて行くための役割と責任を引き受けねばならず、その大きさに応じて逃げられない不快なことも増えていく。華々しい活躍の裏にも、等しく苦労話はあるはずだ。また卒業生の中には、充実した社会人生活を送ることが出来ていない人もいるだろう。本連載では、そのような表には出てこない、SFC卒業生が苦労しながら社会人になっていく等身大の物語に迫ってみたい。

イメージ画像

会社に適応する過程 見出された2つのタイプ

大学卒業生が、会社に入った時に何らかのイニシエーション(通過儀礼)に直面することは前回取り上げた小論文から紹介した。榊原教授はその小論文の中で、SFC卒業生が会社に適応してゆく過渡期の事例として、次のような2つのタイプが観察されたとしている。

1.古典的な技術系スペシャリストのタイプ  「彼らは学生時代に、SFCで技術的に立ち入った勉強をしたけれど、典型的な理工系学部出身者ほどの自信が持てず、就業意志決定の際に技術職か非技術職かで迷った人たちである。SFCの卒業生には、けっこうこのタイプが多い。このタイプの卒業生はSFCの教育に対して不満があり、また自分自身の技術的知識・能力に多少なりとも劣等感を持っている。そのため仕事の面でも技術系と非技術系の間の中途半端なものになってしまい、本人も煮え切らないまま、仕事への執着が薄れていく、といったケースである。」 2.企業で力を持て余しているタイプ  「このタイプは、キャンパスで積極的な学生生活を送った卒業生に多い。彼等の多くは就職でも就社でもなく、まさに職場の選択をし、その就業意志決定を肯定的に回顧しているが、会社での経験がSFCでの経験に比べてあまりに退屈なので、その落差に不満を持っている。仕事の内容も、SFCで学んできた未来志向的な事柄ではなく、いわばルーティンであるため、「自分にはもっと何か別のことができるはず」と考えている。だが、その力が何であるかが自分でもわからず、くすぶっているタイプである。」 以上、論文より引用

1例目においては、自由なカリキュラム運用を許すSFCにおける学習の特殊な難しさが、2例目においてはSFCの非日常性が生む実社会とのギャップが、それぞれに卒業生を苦しませる可能性を示唆している。SFCの卒業生なら、思い当たる部分もあるのではないだろうか。
 では実際に社会に出て活躍している卒業生は、どのようにしてその特殊な困難を乗り越えて行ったのか。また、満足な社会人生活を送ることが出来ていない卒業生は、何につまずいてしまったのか。取材班は一本の修士論文に、その問いへのヒントを見つけた。

イメージ画像

佐藤さんが行った卒業生調査 2007

『学士教育改革の先導実践にみる大学組織の社会学的研究-慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスを事例に-』は、佐藤真衣さん(2005年環卒)によって2008年に書かれた。佐藤さんはSFCを卒業後、東京大学大学院教育学研究科に進学。SFCを学士教育改革のリーディングケースと捉え、2007年のカリキュラム改定という事象から、大学組織を取り巻く社会環境を分析し、革新的教育組織の今日的課題を照射する試みを行っている。
 分析にあたり、職業生活における卒業生の適応状況と、学生側からの教育評価を明らかにすべく、卒業生へのインタビュー調査を実施しており、その意味で本稿とも関連が深い。
 全文リンクは収録できなかったが、本人の許可を得て別途アブストラクトを収録する。

論文によると、現職を離れることを考えるも、その先何をしていいかわからない先行き不透明感漂う「キャリア迷走中」タイプと、夢に向かってまっしぐら、ないしは、少なくとも今の自分の仕事分野を拡大、発展させていきたいとする、「キャリア発展中」タイプとが見出されたという。そしてそれぞれは、大学入学時点や、入学後の学習方法から差異が認められることを指摘している。
【キャリア迷走中の例:入り口からして学際教育の弱みが顕著に出るパターン】
 論文の中で佐藤さんは、受験者獲得に威力を発揮する『SFCなら「やりたいこと」が見つかる』といったイメージ訴求戦略や、単科目受験が可能であるSFCの「入り口」部分が、実際には入学後、自律的に学習計画を立てて動かねばならない学際教育におけるカリキュラム運用との親和性が低いことを示唆する。また、これは大学という組織が経営体である以上、ある種やむを得ない事象であるともしている。
 そうして入学した人の中で、カリキュラム運用に困難を覚え、「何ができるかわからなくなっちゃった」(論文内インタビューより引用。以降同様)まま大学3年次には否応なく就職活動に追われ、「煮え切らないままだったから、あ、また一個受けてみて、こういうかんじだったのか、終わっちゃった」形でなんとか決まった内定先へと就職。そして就職先では「これが自分が最終的にやりたかったことだとは思わないから、でも糸口がない」と転職を考えながらも、具体的な指針が見えず悶々としているキャリア迷走中の卒業生も少なくないとしている。
【キャリア発展中の例:職業生活を意識した上での専門性+αを身につける】
 しかし、当然ながらこのようなパターンばかりではない。入学時点でライフプランが明確な人は、その夢に向かって、自律的に自身に必要な学習を選択し、現在も仕事を含め、夢実現の過程を前進中である。また、ライフプランは不明確でも、「金融関連」や「コンピューター関連」など、社会に出てからも、生業としての成立しやすさを意識した上で、それらをある程度自身の専門性として軸にして、大学時代を過ごした人もいる。彼らはその軸を使って現職と出会い、今後もそのキャリアを前向きに発展させていきたいとした傾向が推察されたという。

イメージ画像

卒業後の明暗を左右した学生時代のカリキュラム運用

論文から読み取ると、両者の差は、自分なりの専門性を構築できるよう学生時代にカリキュラムを運用出来たかにある。カリキュラムを上手に運用して卒業までに自分なりの専門性を構築出来たとしよう。その専門性は、課題イニシエーションの通過の際に、課題解決のフレームとして役立てることができる。また就職した会社で、いわばルーティンワークを任され、「会社とはこんなものか…」と落胆することがあっても、「SFCでファイナンスの勉強をしてきたのだから次は財務部に異動したい」と、次のキャリアを見据えた取り組みを始めたり、「財務的な視点を通して現在の部署の業務を改善したい」と前向きに仕事へ取り組むための足掛かりとなる。
 一方で学部時代に専門性を構築出来なかった場合は、「今の仕事はつまらないし、かといって次にやりたいことが見つかったわけでも無い」あるいは「やりたい仕事は見つかったけれども、その仕事をやるためのステップが見えて来ない」といった状況に悶々としてしまう可能性があるだろう。

迷走する学生・卒業生への処方箋は?

学部時代に自分なりの専門性を構築できなかったがために迷走してしまう卒業生。その裏にはもちろん、カリキュラムを自分なりに組むことが出来なかった学生時代がある。論文ではそのような学生を「迷子の学生」と名付けており、教員へのインタビューから、少なからぬ学生が当時迷子になっていた状況を浮かび上がらせている。迷子のまま卒業を目前に控えている学生は、そのままキャリアも迷走してしまうのだろうか。また、キャリア迷走中の卒業生への処方箋は無いのか。次回は佐藤さんへのインタビューを通して、卒業後のキャリアを充実させるためのヒントを探ってゆく。

SFC生・卒業生の就業意識調査を実施します

SFC CLIP特集取材班では、SFC卒業生の就業意識を収集し、SFC生の就業にとって有益な視点を探ることを目的としてSFC生・SFC卒業生・他大学卒業生に対する調査を行います。
 取材班に調査担当として佐藤真衣さん(2005年環卒・2008年東京大学大学院修了)と荒井悠太さん(2009年9月政・メ修士課程修了)を迎え、SFC三田会の協力を得て、大々的に調査を行う予定です。本年度のORFでもご協力の呼び掛けを行う予定ですので、来場される卒業生の皆様におかれましては、是非ともSFC
CLIPのブースにもお立ち寄りいただき、調査へのご協力をいただきますようよろしくお願い申し上げます。
◆SFC CLIP特集取材班
特集主幹 平野雄大(2007年総卒)
編集長   平井貴絵(総4)
編集部員 竹内はる香(総4)
調査担当 佐藤真衣(2005年環卒、2008年東京大学大学院教育学研究科修士課程修了)
調査担当 荒井悠太(2007年環卒、2009年9月政・メ修士課程修了)

アンケートにご協力ください