SFCのカリキュラムはサバイバル? 後編 -大学側からみた2007年カリキュラム-

SFC生の就職を考える : 2010年01月22日配信

 2007年に導入された現行の未来創造カリキュラム。このカリキュラム改定の背景には、SFCの理念が十分に実現できていないのではないかという大学の問題意識があった。改定の経緯と内容を振り返ると、SFCのカリキュラムの難しさが浮き上がってくる。

2007年に導入された未来創造カリキュラム

 SFCは2007年にカリキュラムを大幅に改定し、「未来創造カリキュラム」と呼ばれる、新しいカリキュラムを導入するに至った。旧カリキュラムとの変更点は主に3点ある。

1.研究会と卒業制作の必修化
2.卒業要件や進級要件の整理
3.メンター制度の導入

 なぜこのような変更がなされたのだろうか。当時の学内機関紙『KEIO SFCREVIEW』(No.322-33)の特集「未来を創造せよ! -SFC新カリキュラムの全貌」にその経緯が詳しい。この記事中の教員へのインタビューを整理することによって、今度は大学当局側の目線からカリキュラム改定を見つめてみる。

1.研究会と卒業制作の必修化

 現在必修となっている卒業制作だが、実は2007年までの旧カリキュラム下では、強く推奨されていたものの必修ではなかった。研究会に所属せずに卒業することも可能であった。「なんでもできるが、受身では何も身につかない」と形容された、SFCの特徴を端的に示す制度である。だがこの仕組みに関して、当時の大学当局は問題意識を持っていたようだ。特集記事のインタビューで当時の冨田環境情報学部長(当時)はこのように語っている。
 「卒業制作はものすごく重要です。卒業制作を履修しないで卒業すると、『4年間SFCで何を勉強したのか? 』という質問に答えられなくなってしまう。卒業制作のテーマが自分の専門分野になるのです」(冨田)
 学生が卒業制作を履修しなければ、学生生活における学習の内容を問われるという、就職活動の場面が想定される問いに対してまともに答えられない可能性があるということを大学として認識していたように取れる発言である。また、冨田教授はこのようにも語っていた。
 「大学が学位を出すからには品質保証が必要です。SFCでは、それが卒業プロジェクトです。4年間かけてしっかり勉強し、プロジェクトに取り組んで成果を出し、きちんと発表しました、という実績を持つ人間こそが、SFCの卒業生としてふさわしいのです」(冨田)
 この発言からは、卒業制作を履修せずに卒業する学生は、自分の専門分野を持たない、SFCの卒業生としてふさわしくない人間であるとの考えが読み取れる。そこで研究会、卒業制作を必修にしようというわけだ。同記事では小島総合政策学部長(当時)がこのようにも述べている。
 「肝心の理念を、十分に実現できていなかった部分があったのではないかという反省があります。問題発見・解決を実践するキャンパスである以上、研究会と卒業制作をもっと充実させていかなくてはいけない。卒業するときに4年間の研究の成果をきちんと見せてもらおう、というわけで決断に踏み切りました」(小島)
 これらの発言を総合すると、SFCとして学位を出すのだから、卒業生の品質保証が必要である。しかし、自分の専門性を持たない、SFCの卒業生としてふさわしくない人間も存在していて、SFCの理念を十分に実現できていない状況がある。だから卒業制作と、そのプラットフォームとしての研究会を必修にして、その人なりの専門性を持ってもらおうという論理である。この専門性に関しては、別の教員が
「SFCの学生には、いろんな学問分野をクロスオーバーしたいと思っている学生が多いですよね。確かに、かなりのSFCの先生が学際的にいろんな人とコラボレーションしたり、他大学研究者とプロジェクトを組んだりしている。けれど、学生がそれを単純にまねするのは、結構危険だと思う。」(SFC教員)
と発言するなど、専門性を深めないまま学際的な活動に手を染めようとする学生への危機意識が見て取れる。SFCの理念を反映した自由度の高いカリキュラムが、実際には必ずしもうまく機能していなかった状況があったようだ。

2.卒業要件や進級要件の整理

 卒業制作と研究会が必修になったほかにも、進級要件・卒業要件が変更された。それぞれ卒業のために8科目分必要だった専門科目やクラスター科目が先端導入・先端開拓科目へと改められる一方で、学習のきっかけ作りとなるような必修科目が増やされている。この変更の狙いについて、ある教員はこう語っている。
 「従来のカリキュラムは科目数が多くて、履修する科目のカテゴリーに関して制度的な拘束があった反面、必修科目そのものは少なかった。そのため、どのように授業をとっていけばよいのか、わからなくなってしまう学生がたくさんいたと聞きます。今回のカリキュラム改定では、そのような状況を改善したかった。新カリキュラムでは、1年生から2年生に進級するための要件が少々厳しくなったので、1、2年生の段階では、科目選択の自由度は少し狭まったかもしれない。でも、いつ履修してもいい科目、逆に履修時期をある程度定めた科目、進級の要件、卒業の要件などをすっきりと提示したので、学生には、今までよりも SFCでの勉強のステップが見えやすくなったと思います」
 クラスターによるカテゴリー分けがなされていた旧カリキュラムでは、うまく履修を組み立てられない学生が「たくさん」出てきてしまうので、学生時代の前半においては大学がある程度は授業を指定し、勉強のステップのお膳立てをしようというものである。こうした学生を「迷子の学生」と呼ぶのは、実はこの連載による命名ではなく、当時の冨田環境情報学部長の発言によるものだ。
 「慶應義塾の塾生は、未来社会の先導者を目指しているのです。われわれは世の中を引っ張っていく人材を輩出しなければいけない。自分のカリキュラムさえ組めない人がどうやって未来を先導するのでしょうか。何を勉強したらいいかわからないという『迷子の学生』には、まず自分のカリキュラムをしっかり作ってもらう、ということが必要で、そのための支援は行っていきます。一方で、自分の問題意識にしたがって行動できる積極的かつ主体的な学生には、自由奔放に活躍してもらう場を提供することが重要だと思います。」
 当時の学生が自分のカリキュラムを組むことができない理由については前回でも考察を行っており、学生側のみに責任を求めることは酷かもしれない。しかし大学側は「自分の力でカリキュラムさえ組むことができない人がいる…」と、一部の学生に失望していたようだ。こうした事情から、「迷子の学生」に対する履修の支援制度として、新たにメンター制度というものが導入された。

3.メンター制度の導入

 入学時に履修のアドバイザーとしての担当教員を割り当てられるアドバイザリーグループ制度の代わりに、新たに導入されたのが「メンター制度」だ。この制度では、入学三期目以降に学生がメンターとなる教員を選ぶことができ、また研究室に所属するとその教授がメンターとするなど、より学生の状況に即したアドバイスができる制度へと改められている。

 特集記事では、自己責任で履修科目・研究テーマを決めなければいけないことを不安に思う学生がいるのでは、という問いに対し教員がこう答えている。

「それはそのとおりだと思います。そこで、新カリキュラムでは、そのような学生の不安を軽減すべく『メンター』制度を導入します。」

 「そのような学生」と質問を受けていることからもわかるとおり、この制度は「迷子の学生」に対する支援策としての位置づけられているようだ。

 現役学生からの聞き取りでは、「メールでアポをと取るとすぐに相談にのってもらえた」「面談の履歴を適当に書いたら、先生にぶちぎれられた」といった、メンター教員とのコミュニケーションが図られている状況が伺えた一方、「面談をやるそぶりがない」「(制度は)若手教員の理想先行と言っていた」「義務ではないと聞いたから一切面談はやっていない」といった声も聞かれ、学生や教員によってその取り組みがまちまちであることに変わりはないようだ。

SFCのカリキュラムの自由度

 これまでSFCのカリキュラム改定の経緯と狙いを振り返ったが、浮かび上がってくるのは、多様な分野を自由に選択できるキャンパスならではの学習の難しさに、適応できない学生の姿である。具体的にどのくらいSFCのカリキュラムは自由度が高いのだろうか。自由に選択できる科目数の割合を他学部と比較した。


※SFCのうち、第2学年への進級要件である創造実践科目・先端発見科目4単位分については、その区分の中で授業が選べるものの、SFC GUIDE上で「必修」と表記されているため必修科目にカウント。

 SFCには、「ナレッジスキル科目」といった履修する授業の区分を制限する仕組みこそあれ、必修科目は12単位分のみである。基本的に当人の意思で選べる科目の割合は74%に及び、6%弱の他学部とは大きく差がある。さらに他学部には、選択必修科目と呼ばれる、「法律学」や「理学」「工学」といった学問体系に位置づけられる選択科目がかなりの割合を占めるが、SFCではそれらを抱合する分野の543科目にも及ぶ科目から授業を選ばねばならない。さらにSFCには、塾内他学部の科目や大学が認めた他大学の授業についても、60単位を上限に卒業要件に数えてもよいというこのキャンパスだけの特則もあり、履修選択の幅は他学部と比べ物にならないほど広い。

 冨田環境情報学部長(当時)が「必ずやりたい研究がみつかります※」と喧伝した通り、必ずしも入学時に「法学」や「経済学」といった自分の専攻分野を決めなくともよいところはSFCの特長の1つだろう。しかしそうした学生は入学後、他学部の学生が大学受験時に決めてしまっている自分の軸となる分野を定めるところから始め、その軸を突き通すためのカリキュラムを自らデザインし、卒業制作を作り上げるプロセスを、4年間でやり通すことが求められるのだ。

 もしそれができずに「迷子の学生」となってしまうと、就職活動がうまくいくかどうかは別にしても、自己アピールの面で苦労する羽目になるのかもしれない。

 もっとも、卒業後10年以上が経過した卒業生への調査からは、SFCで得た専門性がそのまま仕事に役立つわけではなく、SFCで身に着けた積極性や人との出会いがが役に立っているという意見も聞かれるので、必ずしも大学の狙い通りにカリキュラム運用ができないと駄目だと考える必要はないだろう。しかし、SFCの自由なカリキュラムには相応の難しさ・厳しさが伴っていることを、受験生、新入生の段階で各々自覚しておいた方がよいのかもしれない。

コメント

SFCを特別なものと考えること自体が終わってっるっしょ?
カリキュラムの自由度とか、生徒の主体性がないとかいろいろ言うが、そもそも専門性というか目的がないのだから仕方がない。
そもそも目的ある人はこの学部に入らない。

高校時代からの目的意識のない人に急に目的を持たせることなんてできないでしょ?
しかもここは政策だの環境だのふわふわした内容なんだから。。

カリキュラムは自分が好きなやつを選べるとは言っても、高度な科目がないでしょ?
だから、ちょっと興味を持って、ちょっとやって、すぐにそこについてしまう。
これは致命傷だよ。

しかし、学生は若いもんだから必死に自分のアイデンティティーを探す、SFC生徒とは?SFCらしさとは?
こんなんほとんど無意味っしょ??
下らんことに知恵使うなって感じだよ。。


専門性がないから、「~らしさ」なんて探そうとするんだよ。

ここにいるから身に着くことって特段ないでしょ?
てか、なんもないよ。
有名人の話を聞けるくらいしかない。

非常に興味深い記事でした、とてもおもしろかったです。

SFC外の学部では、
専門性も確立されるというメリットがありますが、
一方で、授業に選択肢が少なく、
必修授業の中に成績評価が通年科目であるに関わらず、
後期試験一度であったり、
過去問がなくてはとても解けないような試験が
出題されるといった厳しい現状もあるようです。

SFCはそういった点、自由科目が多く、
やみくもに難易度が高いのみで身に付かないと判断される授業は
淘汰される仕組みができていて、
授業間の品質維持のための競争の仕組みはできていると感じています。

ただ、本記事の提示する、
自由ゆえの弊害というのは非常に納得しているところで、
最低限の制限があるとよいのですが。

例えば、環境情報だったら、
・環境情報学部情報科学学科
・環境情報学部生命科学学科
・環境情報学部デザイン学科
などといった区分を決め、今より多く必修科目を定めるなど。
自由性を維持したいのであれば、
転学科試験の制度など作るなどの配慮の余地はありますが、
専門領域を認識させやすい仕組み作りがあるとよいのかなと思いました。

何はともあれ、旧来のカリキュラムに従うだけでは
旧来の問題は何も解決されないので、
SFCのカリキュラム面での挑戦は歓迎すべきだと思います。
カリキュラムを巡る一連の議論は
自由が良い悪いというより、
単純に自由の範囲と制度の見せ方の問題だと感じます。

創立20年もたって、まだこんな議論してるの?
学部創設前に終えていなければならない内容じゃないの?
高い学費払って貴重な4年間を浪費させられる学生の身にもなってみてよ?

ま、大半の先生は自分の研究や授業だけで精一杯なんだろうし、定年がきたり異動になったりすれば関係なくなるし、ようするに「当事者意識」をもって考えられる人が不在だから、20年たってもこうなんだろうな。

そうそう、当事者意識が欠けている。

中途半端なシステムをなぜ学生に負担させるか理解できないね。学生の人生を何だと思ってるのか…

特定の学部に行きあふれた教授を収容してるだけのようにしか思わない。しかも、その教授のやりたいことに合わせてプロジェクトとそうするものを適当に設定してるだけ。

この学部の最大の欠点は第三者に対して選考を明確に示せないことだ。
バイトにしろ、就職にしろ、面接官に
「なにやってんの??」って聞かれて、選考と学部名が一致していないのが非常にもどかしい点だ。

公共政策系、経営系、メディア系などと学科をある程度詳細に決めたほうがいい。
しかも進振りのようなものを決めて、2年から専攻を固定したほうがいい。
そして徹底的に教育して、その分野の進路に絶対的な力を持たせるべきだ。
そうでないと、外部からのSFCに対するイメージが
よくならないと思う。
世の中が評価してくれるのは質実剛健名実力だ。
中途半端なプロジェクト性なんて何の価値も生まないし、表明力もない。

だから、専門を頑張ろうとしても他の学部に負けん点じゃねぇかというコンプレックスを持つようになるんだろう。
第一、勉強を頑張らない学部には何十年たとうが学風なんて生まれない。
この学部には学問の香りが無い。

日本語でおk。外部からのイメージとか。世の中の評価とか。他の学部に負けてるとか。学問の香りとか。なんだか薄っぺらいねえ。

学科には定員とカリキュラム(科目)を設定して,設置と改廃にも文科省の認可を受けることが必要となる.
それを柔軟にするために開設当初は「コース」(環境情報では知識情報,社会環境,メディア環境)を設置して,ある程度の方向性を持たせようとしていた.その頃は卒業制作なんて無かった.
自由度・主体性とカリキュラム・専門性の間で揺り戻して答えが出ないのが現実.もっと前に何をしてきたかも見ましょう.

ここにコメントを寄せている人たちの一部の意見は、どうも負け惜しみか、あるいは自分の学問に対する偏見性を正当化しているように見えてならない。
とてもSFCをよくしていこうという建設的な声には感じられない。
この人たちは学内の人なのか、卒業生なのか知らないが、もしそうだとしたら、まずは自分の不勉強さを反省することが先ではなかろうか。

SFCに対して批判的な意見が出ると、すぐに負け惜しみだの、さぼっていたからだのという反論が出るが、それこそが問題を隠ぺいしているに気づくべき。
向学心がある人間さえ、ちゃんとした学問しか身につけられない恐れがあるのがこのキャンパスの現状ですから。

大学案内のパンフレットに書かれているような「総合政策学」をまじめに勉強したいと思って入学した学生(どれだけいるのか知らないが)は、失望するしかないでしょう。

そういうちゃんとした学問があるかのようにパンフレットには書いてあるけど、実際は(いまだに)存在していないし、よく勉強をした「優秀」とされる学生であっても、特定の教授のもとで、その教授の専門分野のみを深めている場合がほとんど全てで、決して「総合政策学」を身につけているわけではないのが現状です。

これでは「看板に偽りあり」になっていると言わざるを得ないのではないでしょうか?

そもそも「総合政策学が現実問題を解決するのに有効」と言うなら、学生に講釈を垂れる前に、そういう教授達自らが、世の中相手に「総合政策学」を実践して、問題解決をはかることをなぜしないのだろうか?
それが実践できないなら、「総合政策学部教授」なんて肩書きで学生に物を教える資格はないのでは?

僕は、教授たちと本気の学問を闘わせて、一時的にノックアウトされて自分のやりたいことが見つかり、今がある。あのとき、真剣勝負に付き合って頂けなければ、今の僕はない。その点、卒業式の時の冨田さんとの握手は、僕にとって、貴重な瞬間となると同時に、別れでもあった。もう、sfcには戻れないけど、そこで過ごした日々に、何の無駄もなかった。感謝しています。愛を込めて。

「看板に偽りあり」なのは、学校ではなく自分自身なんだよ。
小学生じゃないんだから、そろそろ自分で気付こうね!

この種の問題は小学生ではなく、立派な大人でも悩む問題だ。そのようなことすら斟酌できないようなら、バランス感覚が欠けているという。議論を中断するような意見しか書き込めないあなたの様な人種こそガキだ。
個々の学生は育ちを含め恵まれすぎていて、自分が満足していれば、それでよしとする感覚がある。あんたのように。教授の言を聞いてても庶民感覚からづれているように感じることがある。

確かに。ページに粘着したり、だらだら長文書いたりして自己満足に浸るのは庶民感覚とのずれですね。他人や環境のせいにせず、悩みを自分の行動で解決できる立派な学生が育ってもらいたいものです。

どんどん理想を追い求めて、現実離れしていくんじゃないかという印象。出資したり、支援したりしたいと思わせる人間は育たないなこれじゃ。

確かに。制度の欠陥を全部学生に押しつけるようなキャンパスに入ったことは自分の不徳の致すところだったと思っています。

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