昨年12月に行われた塾生代表選挙の不適切な運営。3人の候補者の1人だった荒井暢史さん(総3)が、当選挙を通して考えたことについて語ります。

第4回では、湘南藤沢キャンパスにおける塾生自治の歴史と現状を解説します。

前回までの計3回の稿がいずれも皆様に反響を持って受け止めて頂いていることを励みに、寄稿に取りかかっております。総合政策学部3年の荒井暢史と申します。今回は、湘南藤沢キャンパスの事柄に多くの部分を割いているので、SFC生の本領発揮と行きたいところです。

第4回では、湘南藤沢キャンパス(以下、湘南藤沢)における塾生自治の歴史と現状の問題点について書かせていただきます。

湘南藤沢キャンパス設立期の全塾協議会の対応

1990年に産声をあげた湘南藤沢。当時の湘南藤沢の塾生による、「自分たちの手でキャンパスを創設する」という気運の高まりは、最新の環境の中で行なわれる講義や研究会での取り組みに加え、サークルや学生団体の旗揚げと活動にも注がれました。その代表例が、キャンパスにおける学生活動の晴れ舞台の一つとなる文化祭、湘南藤沢においては七夕祭と秋祭です。2015年に湘南藤沢は25周年を迎えましたが、七夕祭と秋祭それぞれの開催回数がそれとほぼ同じであることは、キャンパスの歴史が学生による活動の歴史と歩みを同じくするものであったことの紛れもない証です。

それでは、そうした学生団体と全塾協議会との関係はどうだったのでしょうか。全塾協議会は塾生から徴収した自治会費を、参加団体に交付することによって塾生生活の充実を図ることを主な目的としています。つまり、出来るだけ多くの塾生が恩恵を受けるようにする必要性があるのです。そこで、新設の湘南藤沢にどのように自治会費の還元を行っていくか、という問題が発生しました。

1990年4月に開催された協議会で、湘南藤沢に学生組織が成立するまで予備費として計上しておくという案と、湘南藤沢の学生が一定数参加すると見込まれた共済部などの団体に湘南藤沢の学生から徴収された自治会費をまわすという案の2つが議論されました。しかし、その後湘南藤沢有志の学生による団体が設立されてからもいくらかの交渉が持たれましたが、それを決定する為の協議の場への参加に必要な上部団体への加盟すら実現しませんでした。結局、湘南藤沢への自治会費の還元は「継続的に審議する」といった形で棚上げされることとなりました。

1992年以降の先送り対応 「湘南藤沢協議会」と「湘南自治会」の発足

その後、1992年に全塾協議会が学生部からの警告を受け、あくまで暫定的に交付金に関する権限を取り持つ機関から、公選制による事務局長の設置などにより、なし崩し的に「塾生の意志を代表する唯一の機関」を謳うようになりました。それに際してようやく、湘南藤沢への自治会費の還元が実施されることとなりましたが、その還付率は他キャンパスに比べて著しく低い水準のものでした。当時から、全塾協議会の予算状況は自治会費値上げが必要とされていたため、新たに参加する団体に予算を割くことが難航したのでしょう。

ですがそれ以上に、湘南藤沢からの代表者が協議の場に参加することができなかったことによる影響が大きいと考えられます。その新キャンパス=湘南藤沢からの代表者参加の実現こそが、自治会費の還元問題や同時期の全塾協議会の問題に乗じて棚上げされた最も重要な事項です。

その後、1999年にクラブハウス棟執行委員会や花火師会の参加した「湘南藤沢協議会」が発足し、「湘南藤沢協議会」の全塾協議会への加盟は実現したものの、上部団体への加盟つまり代表者の協議への参加は実現しませんでした。そして、2006年に「湘南藤沢協議会」に代わり「湘南自治会」が発足しましたが、この際も上部団体への加盟は実現しませんでした。

湘南藤沢の塾生自治の喪失とその遠因

それどころか、2009年に起きた「湘南自治会」内のトラブルとそれを受けて2011年に全塾協議会が出した勧告によって「湘南自治会」は解散となり、湘南藤沢の塾生自治の場は喪失することとなりました。その後も一部において湘南藤沢への自治会費の還元は継続していますが、規模はごく限られたものです。そして、その交付金の手続きにおいて、参加団体は通常は全塾協議会の事務局から監査に際してのサポート等を受けることとなりますが、私が事務局に所属し見聞きしたかぎりでは十分な連絡ややり取りがあるとは言いがたいものでした。一方で、日吉や三田の団体は事務局からのサポートを手厚く受けることにより監査を十分な準備のもとで受けることが可能となっています。また、湘南自治会が勧告によって解散となったのに対して、2008年に新設となった芝共立キャンパスの自治会の上部団体への加盟は早々に実現しています。

そして、第3回にて取り上げた2012年・2015年・2016年の選挙不正においていずれも、芝共立キャンパスで上部団体に近い候補に利する不正運営が確認されています。本来、塾生自治の為の唯一の場を標榜する機関ならば、新設のキャンパスにおける塾生自治の気運に対して積極的な協調をはかるべきですが、実態はこれまで述べたように予算の関係や協議の政治的紛糾により、ここでも建設的な姿勢をとることが全塾には出来ませんでした。それどころか、2011年の湘南藤沢への勧告と、その後の芝共立の自治会の加盟と過去の選挙不正の関係を踏まえるならば、全塾と冠した機関がそれ自体の意向により団体に対して「選り好み」を行っているように見えます。予算の配分を中心とした政治的状況により、加盟団体への一貫した対応が行えないということは問題です。

これからの湘南藤沢、そして慶應義塾全学部の為に

これまで記述したように、湘南藤沢の塾生自治が置かれている状況は厳しいものです。しかし、そうした状況下においても、自治会費による予算の交付を受けている団体は、財務によって監査に備え、予算の確保の為に企業からの協賛/自治体からの協力を得て、行事や活動を継続しています。この連載への三田や日吉の学生からに止まらない皆様の好意的な反響は、湘南藤沢の気風や慶應義塾大学の叡智の最新の結実となった湘南藤沢の気運によるところが大きいのではないかと考えています。この連載を始め湘南藤沢での取り組みが現状の打破に加えて、慶應義塾大学全体での塾生自治の危機に光明を与えるものとなるように願ってやみません。

次回は、選挙公約の作成の際に募った学内の制度やキャンパスに関する意見等を踏まえ、慶應義塾大学と湘南藤沢にたいする所感を述べさせて頂きます。

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