昨年12月に行われた塾生代表選挙の不適切な運営。3人の候補者の1人だった荒井暢史さん(総4)が、当選挙を通して考えたことについて語ります。

前回まで5回にわたって寄稿させて頂く機会に恵まれたこと、こうした内容にもかかわらず予想外のPV数や"いいね"といった歓待によって答えてくださった読者の方々、そして掲載にさいしてご尽力いただいたCLIP編集部に深く感謝しています。
総合政策学部4年の荒井暢史です。

第4回まで、慶應全学や湘南藤沢での学生自治や今回の一連の問題について記述しました。前回は、慶應全学についての所感を述べさせて頂きました。最終回となる今回は、自身の所属である湘南藤沢について書かせていただきます。

湘南藤沢について

私の大学4年間の履修においては、いずれの学期にも湘南藤沢の講義の曜日に加えて、日吉か三田の講義の曜日がありました。前回の稿でも述べましたが、そうしたキャンパスを横断した履修は私にとって必要な講義について考えるうちに自然となったものでした。そのため、私にとって「自分の大学」というもののイメージは、湘南藤沢のメディアセンターの窓から見えるキャンパス正面側の景色であり、SUBWAYのあるラウンジから見える美しい芝生が見える風景でした。そして同時に、日吉の並木や仲間内で集まった「ファカルティラウンジ」、三田の大銀杏や図書館の窓から「塾観局」が見える光景でもあります。

それでもやはり、所属となるキャンパスには思い入れが強く、特に研究会で過ごした時間は印象深いです。「湘南藤沢の強みは研究会」とキャンパス案内のページで紹介されていましたが、本当にその通りだと思います。条件がつきますが1年生の段階からでも研究会の履修が可能なので、積極的に検討するのもアリだと新入生のみなさんへ向けて付け加えておきます。

慶應による"湘南藤沢の新設"という選択

そもそも総合・環境の両学部、そして湘南藤沢は、新時代に対応するための慶應の新たな選択でした。1986年1月の新学部設立の構想発表から1987年のカリキュラムの作成、認可申請、キャンパスの設計、それらは一大プロジェクトとなりました。

以前、設立委員会のメンバーを務められた鈴木孝夫名誉教授に用地選定の際のお話を伺ったとき「候補地に行ったとき、野鳥が飛び立つのを見て『ここだ』と決めた」とおっしゃっていました。鈴木教授らしいお話であり、環境アセスメントに沿ったキャンパスである湘南藤沢らしくもあると思ったものです。また、私が研究会でお世話になっている曽根泰教総合政策学部教授には、文理という捉え方によらない学問領域とリベラルアーツ、そして当時の最先端の環境を整え、これからの大学の手本となる環境を実現すべく尽力したことを伺いました。曽根教授は、法学部在籍時に委員会メンバーに加わられた後に、湘南藤沢で教鞭を取っておられます。

湘南藤沢は旧来の認識や領域によらない取り組みを志向し、当時すでに到来しつつあった新時代に対応する為の慶應の持てる限りの粋によるものでした。同時に現在もその真只中と言って良い状況であり、当時の構想は限りなく遠くまでを志向したものであったと言えるでしょう。

そのような志向のもと、他の学部のそれとは比べ物にならないぐらい柔軟な研究会の制度や講義群が実現され、現在に至っています。そうした変化や新潮流はそれを取り巻く環境や受け手による反応に晒されることになります。例えば、一括に入ゼミの試験を行う経済や法などの他学部の感覚からすれば、早い段階から複数の研究会に出入り出来る制度は全くの別物に映るでしょう。また湘南藤沢キャンパスの愛称として掲げられた「SFC」というフレーズも当時においては全くセンセーショナルなものに映ったように思います(2017年の現在では神奈川大学が「KU」と称したり、立命館大学が大阪いばらきキャンパスを「OIC」と称したりと、一般的なものとなりつつあります)。

そして、革新性が目新しさに転じ、奇異としての扱いも生じるようにもなりました。

湘南藤沢は"慶應であること"を選択した

革新の当事者である湘南藤沢にも、そうした好奇心からくる奇異の目に対する反目にも近い自負のようなものが芽生えることになったのではないでしょうか。こうした場合、新参に当たるものにはその母体となるものに対して、「青は藍より出て青し」というようにそれ自身の掲げる理想に従い、袂を分かち別の歩みを進める選択肢が与えられます。

湘南藤沢にもそうした選択の時期があったことでしょう。その選択の結果は明らかです。先の選挙における公約作成の際に、学部やキャンパスに対する要望を募りました。湘南藤沢の仲間内から出る意見と日吉や三田のから出るそれらは、例えば休学費用や履修に関する要望や実現して欲しい施策において細かな制度上や環境の相違はあれど、「自分たちの大学やコミュニティを良くしたい」というような興味・関心の根底での共通が見られました。湘南藤沢は"慶應であること"を選択したと言えるでしょう。

湘南藤沢から学生が三田や日吉の講義を取りにいくのと同様に、日吉や三田からこちらに講義を受けにくる学生が居るとも見聞きしています。また、湘南藤沢の取り組みは革新的なものとしましたが、慶應がその出自を幕末の蘭学塾から転じた英学塾に持つことをふまえれば常に革新を図る姿勢は慶應の本質であり、その最右翼である湘南藤沢は慶應であることを実践しているのです。

「SFC」をやめよう

ここまでにおいて、創設と気風そして慶應の新時代への選択の結実である湘南藤沢それ自体が慶應であること選択し実践していることについて書いてきました。それがこの25年と現状の歩みがどのようなものであったかと定義づけるものとするならば、以下は総合と環境のこれからについてとなります。環境や時代の変化に対応することも歴史となるとしました。

私は、その為には湘南藤沢の両学部の「SFC」という言葉の前面押し出しからの脱却が必要だと考えます。充分に浸透した言葉ではありますが、そのあまりに「SFCキャンパス」(キャンパスキャンパスとなりますね)というような誤用まで広がる有様です。本来キャンパスの愛称にあたるものが、その響きの新しさによって受けのよいキャッチコピーのような形で一人歩きしているというところでしょうか。

しかし、湘南藤沢が25周年を迎え充分に周知の期間を終えた今となっては、仲間内でキャンパスを指して「明日はSFCで2限がある」といった程度に控えて学部である総合政策と環境情報をしっかり用いていくのが望ましいと思います。そうすることで、コピーや先入観に負けずに実際の取り組みが評価されるようになれば、湘南藤沢の新たな強みにつながるでしょう。

総合政策・環境情報の意味

一方で、「総合政策と環境情報の違いがわからない」「最初の学期の必修の総合政策学・環境情報学をうけてもわからなかった」というような半ば冗談のような声を聞くことがあります。これについて総合政策学部の学部長も務められた國領二郎総合政策学部教授は2つの学部という形について「受験日が2つあってお得」とこれまたユーモアの聞いた返答(とてもdoublemeaningが利いています)を残されています。

学事Webの英語版を閲覧すると、総合政策には 「Policy Management」、環境情報には「Environment and Information Studies」 の語があてられているのがわかります。「Policy Management」は1979年にオックスフォード大学が設立したコンサルティングファームが初めに掲げています。「環境情報」の語の方は当初、湘南藤沢キャンパスでの新学部開設にあたり総合政策の一学部を想定していたところ、申請の段階においてもう一つ学部を、とのこととなりその際に用いられるようになったとのことです。

総合政策・環境情報のいずれの語も、特に環境情報はその経緯もふくめて、驚きをもって迎えられましたが。それは同時にそうした目新しさと奇異の目に対して、当事者の私たちが2語の在り方を示していく機会と義務を負ったことと同義です。

そのために、私の考えをいくらが記しておきます。少なくとも、総合と環境はそれぞれ"必要最低限の棲み分け"という意味で、総合が「文」、環境が「理」を冠しています。また、総合の字面の中で重要なのは政策(=policy)の語であり、環境のほうでは環境と情報が同列されている(Environment "and" Information)事が肝要なのではないかと思っています。つまりは、総合においては「出来るだけ遠くまで見通すこと」を、環境の方では「状況に対して出来るだけ深い理解を持つこと」が目指されるのではないでしょうか。この「遠くまで見通す」「深く理解する」の部分こそが新入生の皆さんに特に考えてほしいところでもあります。

加えて、私が「総合政策学」の講義を受講していた時に特に印象に残った場面がありました。最終回の各コーカスグループへの投票とその結果を受けて、河添健総合政策学部学部長が「皆まとまりすぎているというか、例えば(その年のテーマはアフリカでした)『俺はアフリカで大儲けしてやる』というグループがあっても良かった」 と仰られ、それはその年のコーカスへの投票結果が当時の自身にとっていくらか衝撃的なものであったことと同様に今も鮮明な記憶としてあります。

所感と一連の問題との関連

第4回までに扱った昨年度12月に実施された塾生代表選における運営問題とその直接の原因となる全塾協議会の構造とそれに至る経緯、と前回と今回の所感を中心とした記述は一見異なるものに思えるかもしれません。しかし、第5回と今回は、それぞれ新入生となる皆さんを迎える時期に掲載されるということも踏まえてでしたが、慶應全学についてや総合・環境と湘南藤沢の立ち位置や意義の確認となりました。

これら2つの意義と相関性は一連の事物の詳細な記述が多くの方の目に触れ、残ることで、期間を遡っての文脈的位置づけを行うための手助けとなるところにあります。

文脈をおさえる必要性

先の12月の不正について指摘がなされSNS上で騒ぎとなった際に、過去の全塾協議会による選挙での同様の問題やそもそもの塾生代表新設に至るまでの経緯について言及する投稿は全くありませんでした。その騒動を報じた学内メディアにも、過去の案件への言及は見られませんでした。

問題について協議する当事者である全塾協議会に至っては、2015年の刷新表明すら全くなかったように振る舞い、あのたった424字の監査報告書1枚を公表することによって処理しました(やはり、424字たった文面1枚の監査報告が公開されたのみということは未だに信じがたいことです)。

この"424字の書面一枚による報告書"とそれに至るまでの経緯については第4回までに繰り返し触れました。そこに見られる倫理的な破綻は全くひどいものです。そして、事態はより深刻なものである可能性があります。本来ならば監査報告として公開されるべき資料が伏せられている疑いが拭えません。根拠を伴わない不十分な形ばかりの審議を伏せるためか、あるいはそれ以外の不都合な事実を隠蔽するためか、いずれにせよ公表することで何らかの不都合が生じるために本来は存在するはずの資料が内部のものとして処理された可能性が残ります。

大学の理念や学生の本分とは正反対の出来事

こうした振る舞いは、大学という場の掲げている理念や学生の本分というものから、おおよそ正反対のものです。物事の詳細や経緯を正確に把握し、その前後の文脈を捉え、因果関係を解する。理性や知識、論理といったものが大学という機関やそこでの営み、学生間の協力や交流を成り立たせます。それらを放棄するようなことが破滅的な結果につながることは明らかです(今回の一連の選挙と不正、第5回と第6回の所感部分で指摘した事項においてもしかり)。

実際に状況は悪化し、破滅的な結果につながりつつあります。今回当選した塾生代表は、公約として学内設備の充実といった施策を大々的に打ち出していました。一方で、実際の就任後には次の塾生代表選において自身の後継が当選するための地盤作りといったものになにより尽力しています。「学術活動の充実」のためとして、私的なものとして開催していた勉強会を公的なものとして拡大させようとしているのもその一環です。

加えて、塾生代表選と同時期に協議会における上部団体の公選制を"抱き合わせ"として実施するようです。ここでの"抱き合わせ"とは、協議会の公選制が自身の後継となる候補が塾生代表に選出された際により障害のない議会運営を行うための地ならしとしての意味を持っています。また、公選による選出となると聞こえはよく通りますが、現状において選挙管理委員会があの最低限の監査報告書においても認めざるえなかったように満足に選挙運営を行うことが出来ないことは明らかであり、また低下し続ける投票率をふまえれば、まず必要となるのは根本的かつ慎重な全塾協議会立て直しのための施策であるはずです。

全塾協議会内部の改善が不可欠

そうした施策がなされなかった場合、ほぼ意図的であった長年の全塾協議会の湘南藤沢に対する非協力的な姿勢(予算の限度の都合上湘南藤沢の団体への交付金が絞られていたこと、そうした状態を維持するために湘南藤沢の団体からの代表者との協議の実現に、消極的な姿勢を取り続けたこと等)による著しく低い投票率によって、塾生代表や上部団体選出への意見反映が一層困難なものになることは明らかです。役職の新設や公選制の実施よって現状の問題点が追求されるどころか、その正当化にすらつながる可能性があります。現状の問題点を直視しない形ばかりの刷新は、今ある問題を悪化させその根をより深いものとするだけです。その先にあるのは断絶とその結果としての崩壊のみです。

最後に この寄稿の意味

逐次歴史的な文脈や遠近法の中で事柄を把握することの意義、第5回と第6回所感部分とそれ以前の事実の記述中心の回との関係について先に書かせていただきました。これにいたる動機や目的を最後に記しておきます。

通常、SFC CLIPやその他の学内メディアが掲載する記事は事柄に関する報道の記事、あるいは告知やそれらからいくらか掘り下げられたものになる特集記事やインタビューといった形式になります。そうした形式は事実に対して、的確に伝達の目的を果たしますが、的確な伝達の為に削ぎ落とされることとなる部分が今回の件に関してはあまりにも多くにおよぶことになります。そして、削ぎ落とされた形で扱われる物事は、一時的な注目を集めることはあってもそれ以上の意味合いを持つものとはなりません。

そうならないために、当事者として見聞きしたことや、実際に渦中においてどのように動いたのかということを自身の言葉で残すことが必要でした。同時に、寄稿という形で始まったものに意味あるものとして区切りをつけるには、自身の言葉で記したものがあくまでも個人的な意味合いの範疇に止まり続けるものとならないように、それに至るまでの過程を明らかにするための手助けとなる第5回・6回の所感部分がどうしても必要でした。

この連載の、不正を指摘する部分であっても、所感で学内の事柄について触れている箇所でも、どこか一部分が読んでくださった皆様の印象や記憶に残るものとなり、何か新しく物事について考えるきっかけとなれば、十二分に役目を果たしたと言えます。

仲間を募集しています

最後になりますが、一連の問題に関して湘南藤沢から出来ることは、湘南藤沢での自治活動や自分たちの代表者を立てるための機構づくりであるとしてきました。所感の部分、特に湘南藤沢の2学部についてのところでは、それらの発足の経緯や特色から現状の慶應における諸問題を、解決に導くポテンシャルを秘めているとしました。

その実現のための一歩として、湘南藤沢における協議会の再建とそれを取り仕切る役割を中心として担う学友会の立ち上げに向けて、実務的な交渉等を進めております。同時に、学友会や協議会運営の担い手として参加して頂ける仲間を募集しています。新入生の方に限らず2・3年生の方も大歓迎ですので、下記のFacebookページあるいはメールアドレスへご連絡ください。

Mail: [email protected]