シラバスだけではわからない研究会の実情を、SFC CLIP編集部が実際に研究会に赴いて調査する「CLIP流研究会シラバス」。第13回は、オルタナティブ建築設計プロジェクトを通じてものづくりの楽しさを学ぶ、松原弘典研究会(以下、松原研)を取材した。

国内外で行われる「オルタナティブ建築設計」


 松原弘典総合政策学部准教授(以下、松原准教授)は、東京松原弘典建築設計事務所にて、現役の建築家として活躍しながら、SFCで教鞭をとっている。研究会には「オルタナティブ建築設計(国内編)」と「オルタナティブ建築設計(国外編)」があり、それぞれいくつかのチームに分かれて活動を行っている。

lab4取材に答える松原弘典総合政策学部准教授



教授の印象、学生の印象


 研究会の取材に伺ったところ、松原准教授が、学生の書いた図面に手書きで修正を加えながら、アドバイスをしているところだった。周りに数人の学生が集まり、真剣な面持ちで話を聞いていた。単に図面の修正を行うだけでなく、施主、つまり建築を設計する相手に設計の意図ををどう説明すればいいのかという話し合いも行われ、本物の建築設計事務所のような雰囲気だった。
 履修者の学生に、松原准教授の印象を聞いてみた。
 「学生の面倒をとてもよく見てくださる先生です」「研究会での決まりを守らないと、とても厳しく注意されます。でも、怖い先生かというとそうではない。普段はすごく陽気でやさしい先生です。厳しいけど怖くはないってかんじですね」と語った。


 反対に、松原准教授に学生達の印象を聞くと、「マゾヒスティクに打たれ強い人が多いですね(笑) 8年前に初めてここに着任したときは、ちゃらちゃらした学生ばかりだという第一印象がありましたが、実際に活動すると、『図面を引く』『模型を作る』という作業を地道に続ける持久力がある人たちだった。私が出す課題を文句言わずにやり、馬鹿な事をやって私にきつい事を言われても折れない。そういう人たちは伸びます」と答えた。

架空の問題ではなく、実際の問題を考える


 松原研では、架空の課題敷地に建物を設計するのではなく、施主からの依頼を受けて設計を行い、そして実際にそれを造りあげるプロジェクトが多い。現在活動中の「口永良部島(くちのえらぶじま)寄合所」は、島の青年会や島との交流を計画する高校生が施主となり、「コンゴ民主共和国日本文化センター」は、日本国外務省が施主となっている。
 「学生に任せて大丈夫なのか、と疑問に思うかもしれませんが、私がちゃんとチェックをします。時間をかけてちゃんとサポートすれば、学生でもちゃんとした図面を引けます。もちろん通常の授業のような架空の課題を扱うより大変ですが、実際にお施主さんがいると物事が真剣になるんですよ。これはとても勉強になる」と松原准教授は語る。

既存の建築を理解するプロジェクトも


 研究会では、実際に建築をつくるプロジェクトのほか、これまでに研究会で設計し実際に建設された建築物をプレゼンする課題もある。
 現在は、松原研が設計した「コンゴ民主共和国日本文化センター」がグッドデザイン賞ベスト100に選ばれたため、学生達は10月30日(水)から始まるグッドデザイン賞受賞展での発表に備え大忙しだ。これも大切な勉強だと松原教授は言う。
 「文化センターのコンセプトは『最新ではなく最適』。最新の技術にこだわらず、コンゴの人と土地にぴったりなものを造ろうと考えました。中庭には風と光を効果的に取り込む工夫が凝らしており、雨水を貯める仕組みもつくりました。こういうコンセプトや具体的な工夫についてをきちんと理解して、人に説明することができるというのも重要な事です」。

 この他に、「16th DOMANI・明日展」にて、以前研究会で設計した松原准教授の自宅を出品する予定もあり、学生達による模型製作も着々と進んでいる。

lab1松原准教授の自宅模型



「建築というのは、究極のコミュニケーションです」


 松原研は建築のコンセプトの構想から始め、それぞれ分担して図面を描き、それをもとに、実際の建設まで携わる、とても作業量の多い研究会だ。実際に建築物を建てるには、様々な作業が必要となるし、それが海外でも行われるとすればなおさらだ。履修者はどうして大変な研究を続けられるのだろうか。
 「自分が考えてきたものが、実際に建つというのはすごい感動があります」と、AcadeX小学校の設計に携わっている学生は語る。今夏、コンゴ民主共和国に渡航し、自分が引いた紙の図面が実際の建物になった時、建築設計をやっていて良かったと思ったという。

lab2ものづくりの楽しさについて語る松原准教授


 「建築は設計者がひとりで造るわけではありません。設計者が引いた図面を、他の誰かが一生懸命読んで、設計者のやりたいことを理解して造ってくれる。それは、究極のコミュニケーションなんです。自分の気持ちが伝わったという喜びがある。この喜びを松原研の学生は知っているから、きっと卒業してからも何らかの形で、そういう喜びを忘れないで生きていってくれるんじゃないかと思います」と松原准教授。お金を受け取って建築設計をするのとは違い、自ら進んで設計に携わるという、大学ならではの「オルタナティブ建築設計」を通じ、建築設計のたのしさを、ひいては、ものづくりの楽しさを学ぶことができる活発な雰囲気があった。