「SFC ジパング」では、これまで2回続けて日本研究概論1に関する対談をお届けしてきました。今回は対談の最終回です。参加していただいたのは、土屋大洋政策・メディア研究科教授、加茂具樹総合政策学部准教授、清水唯一朗総合政策学部准教授の3名(以下、敬称略)。

日本研究概論2・演習に向けて


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土屋:
 日本研究概論2(以下、概論2)・演習と続く来学期以降の展望を話しておいたほうが良いと思います。
 日本研究概論1(以下、概論1)は、古典とは必ずしもいえないけれども名著といわれる著作を見ながら、日本の本質は何かということを考えてきました。さて、概論2では何をどう扱いましょうか。

加茂:
 日本の政策が授業の共通のテーマです。例えば日本の少子高齢化対策の政策であったり、安全保障政策であったり、そういう具体的な政策に焦点を当てた授業を概論2では行う予定です。日本のこれからを展望するためには、これまで、そしていま起きていることを知っておかなければいけません。そのために「政策」を軸にしたいと思います。

清水:
 「政策」と表現してしまうと、環境・技術系の学生は「いらない(履修しない)」と考えてしまうのではないかと思います。ですから、概論1が「日本を知る足腰を作る」としたように、概論2は「現在の日本で起こっていることを考える」とするのがいいように思います。

土屋:
 最近の社会問題について、どういう論点があって、なぜそれが問題になっているのかを説明しながら考えてもらうということですよね。だから、卒業制作や卒論に向けた話題提供みたいな側面があります。
 一連の日本研究概論の授業を問題発見・問題解決と分けるなら、概論2では問題解決ってところを意識しなくてはいけません。この場合の「解決」っていうのは、あらゆる意味における政策でもって対応することを指します。もちろん、行政がやる政策もありますが、英語の”policy”には「自分の中の信条・心構え」の意味もあります。そういう意味も含めたポリシーで、どう問題解決していこうかということです。

清水:
 環境情報学部の先生たちは「環境(技術系)の学生にこそ実社会に則した政策系の授業を履修してほしい」と言いますよね。学生のアイデアが付け焼き刃で、自分たちにとって身近な視野でしか問題を捉えられていないと見ているようです。先生方は「もし、政策系の授業をもっと履修してくれたら、もっと広くて違う見方ができるだろうね」と話されます。そういう意味では、概論1を環境(技術系)の学生たちが多くとってくれていることは、今回の授業のひとつの成功かもしれないと思います。

事前の映像配信、「反転授業」の思想について


今回の日本研究概論では、SFC-SFSを通して予習映像を事前に配信する取組みを行いましたよね。それには「反転授業」という考え方もあったと思うのですが、それについてお話しいただけますか。


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土屋:
 今までは、大教室で授業をぼーっと何かを聞いて、それで終わりでした。でも、それだと身に付きません。ぼーっと聞いていられる部分は、もう授業の前の段階に出して、実際に教室に集まるときには、そこでしかできないことをやりましょうというのが反転授業の考え方なのです。

 10分間の映像を視聴してもらうことによって、先に学生たちの頭を働かせてもらいました。映像には、たくさんメッセージが入っているし、参考文献も載せていました。もしかしたら、先生から実際の授業で聞いたことと、事前に映像を観て聞いたことと違う内容を話しているじゃないか、という批判があったかもしれません。ですが、事前に映像で聞いた話が実際の授業でも出るだろうなと予想しながら聞く方が、何も知らずに聞くよりは、やっぱりおもしろいはずです。

加茂:
 授業のカタチは先生によっていろいろありますが、僕は授業を学生とのディスカッションをする場所にしたいと思っています。そのディスカッションする場、あるいはそれを喚起する方法というのは、どういうカタチでできるのかを常々考えていました。その1つの方法が、今回の映像配信だと考えています。

清水:
 事前に映像を配信する方法は、SFCにとてもよく合っている気がします。日本の大学の講義は1週間に1回ずつですよね。他に履修している授業もいっぱいあるわけだから、翌週になったら、先週の授業で何をしたかはまず忘れている。そこで事前の映像配信を活用すれば、次週の授業でやることを頭に入れておきながら、実際に授業を受ける体勢まで持っていくことができます。現在のシステムのなかで、講義への姿勢を変える上ではきわめて有効だと思います。

SFCで「日本研究概論」を行う意義とは


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土屋:
 他の大学でいわゆる「一般教養」と呼ぶような授業をされている先生方をお呼びしても、今回の日本研究概論のような話はできませんよね。

清水:
 まず価値観共有ができていないから、それぞれの先生が自分の喋りたいこと喋って終わってしまうでしょうね。

土屋:
 やっぱりSFCは、とりあえず、面倒くさいけど話し合おうというカルチャーがあるから、価値観共有ができます。

清水:
 他の先生の授業で話したら、何かおもしろい化学反応が起こるんじゃないかなという期待も共有されていますよね。

土屋:
 現代の社会問題に対処するには、それぞれの研究がたこ壷化せず、各分野を横断する考え方が必要です。
 今回の日本研究概論は、これからの大学における授業のあり方を変えてくための一つの実験という意義もありました。いつまでも大教室で先生がダラダラ喋って、学生がぼーっと聞いているだけの授業を続けていてはいけません。思い切って新しいことにチャレンジして、「あの授業受けたいな」と学生に思わせるような授業を作らないとまずいという議論があったわけです。その実験のひとつパーツが反転授業であり、今回の映像配信ですよね。

清水:
 ネット上にはテキストベースのリソースが溢れているなかで、わざわざキャンパスに集まってできることはなにか、何をやるべきなのかを、考えていく時なのだろうと思います。

加茂:
 この日本研究概論という授業を、ただ来て、座って、漫然と先生の話を聞くというスタイルにならないようにするにはどうしたらいいのか、というのが課題ですね。「概論」ですから、この授業を聞いたら「何かが分かる」ということにはならないと思います。この授業をどのようなものとして位置付けるのかは、受講者皆さんの自由です。例えば、先生がそれぞれの専門研究の分野と日本を引きつけて話をするのですから、ゼミの紹介として受けたり、受講者一人一人が心のなかであたためている問題関心を軸に授業をきいて、あらたな学びを見つけ出したりするというのもいいと思います。ただ、「何かを教えてもらう」といった、「口を開けて待つ」という姿勢では授業を受けないようにしてほしいです。また、私たち教員は、そうならないように、どういう仕掛けが必要か、我々で考えないといけませんね。

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本日はお話しいただき、誠にありがとうございました。


 いかがでしたか。次の春学期には日本研究概論2が開講されます。今後、SFCでの日本研究はどう発展していくのか、目が離せません。