現在、米国ワシントン大学で語学留学をしている元SFC CLIP編集部員、藤田夏輝(12年9月総卒)が、私たちが日本から発信すべき日本研究について考えていく。今回は、シアトル(ワシントン州)で日本文化を発信している非営利組織「Japan Arts Connection Lab」(JACLab)の代表者、Kenneth Lawrence(以下、ローレンス)さんに話を聞いた。

JACLab

JACLabは、世界に日本芸能を発信するWebサイトや、シアトルでのイベントを運営している。

 Webサイトでは、能楽、三味線、日本画といった日本の伝統芸能や、日本刀、鎧兜といった伝統工芸を、それぞれの役者や職人と合わせて紹介している。そのスタイルは一般的な解説や関連イベントの紹介にとどまらない。役者や職人へのインタビューを実施し、写真付きで現場の紹介までしている。

 イベントでは、能楽や薙刀といった日本の伝統芸能・武術の紹介をしつつ、異文化とのコラボレーションにも挑戦している。例えば、現在、能楽をオペラで演じる創作「能」の公演を企画している。



日本文化を世界に発信する、ローレンスさん

ローレンスさん


 ローレンスさんは、JACLabの代表だ。日本人の妻をもち、一時期日本に住んでいた経験があり、日本文化への造詣が深い。

 今回は、彼が率いるJACLabのサービス開始のきっかけや今後の展望を聞きながら、日本文化が持つ可能性について語ってもらった。


日本文化との交流、日本人の家族がきっかけに

— なぜ日本に興味を持ったのですか?

 能楽師の家庭の娘と結婚し、能をたくさん観賞する機会を得たのがきっかけです。はじめは、妻の両親に対しての責任感のようなものでしたが、すぐに能の楽しむを知り、すっかり心を掴まれました。当時の私はまだ何が舞台で起きているのかまでの理解することはできなかったので、能についての本をたくさん買い、平家物語や義経記などを読みました。その過程で私は日本史に魅了されるようになり、日本史が描かれる書籍、漫画、アニメ、映像、そして演劇に夢中になりました。私は、今でもそのすばらしい物語表現に感動し続けています。
 1987年、国立能楽堂の国際演劇協会で働き始めました。私は日本の演劇に関する2つの学術誌の編集員を務め、同時に古典、現代を問わず日本の演劇を学びたい外国のアーティストのアシスタントもしていました。さらに、『ジャパン・タイムズ』の日本の伝統芸能を伝えるコーナーに月刊コラムを書き始めました。これらの仕事を経験したおかげで、凄まじい数の公演へ足を運び、役者や作曲家、作家と出会うことができました。有名な役者たちと楽屋で会ったり、イベントの舞台裏にも入ったりすることができ、とても幸運だったと思います。自由時間は能に関する勉強を続けながら、ジャズ、モダンダンス、ネオクラシカルといった他の分野における創造的で才能豊かな人々のコミュニティと関係を重ねていました。

「アーティストと観客、職人とコレクターとの間に長期的な関係を築きたい」

— なぜJACLabを始めたのでしょうか?

 もともとは日本文化に興味を持っている人が、同じ興味を持っている人を見つけ、交流できるようにするWebサイトを作りたいと考えていました。

— 手応えはいかがでしたか?

 実際の利用者の数の多さ、そして彼らの情熱には驚かされました。あらゆる年齢層や階層が集っていて、世界に対する日本文化の影響はとても重要で長期に渡るものであり、世代間すら乗り越えています。私たちの活動を通して、同志の仲間を繋ぎ合わせて来ました。例えば、コレクションの管理や維持に困っているコレクターたちに、それらの悩みを解決することができる職人を紹介してきました。これらの結果はとても満足がいくものになっています。

これからも躍進し続けるメディアに

— JACLabの戦略と、今後の展望について教えてください。

 現在、明らかに欠けているものがあります。日本文化に興味を持っている人々のために、解決すべき問題がたくさんあります。
 一般的にポップカルチャーは身近に溢れていますし、真剣に研究をすれば、綿密な分析ができることにも気が付きます。しかし、そんな貪欲に日本文化を探求する人ばかりではありません。どう表現すべきか難しいですが、学者ではなくて机上の理論にはあまり興味はないけれど、ただ面白いだけでも満足しない人たちがいます。市場はそういった人たちを無視してきました。残念なことに、英語で楽しめる日本の作品は驚くほど少ないのです。
 同時に、私は一時的な「イベント」で満足してはいけないと思います。例えば、ミュージシャンを外国から連れて来るには多大な労力がかかります。企画を承諾してもらい、ビザを取得し、ホテルを予約するなどして、やっと最終的に頷いてもらえます。そこまでできれば嬉しいことです。そしてイベントが終わると彼らは家に帰って行きます。可能であれば、その後もファンとの交流を継続してほしいと願います。
 私が日本に住んでいたとき、すばらしい劇場やダンスパフォーマンスを目にしたり、本当にすばらしい音楽を聴いたり、最高の展覧会を見てきたりしました。米国、特にシアトルでは、日本文化の影響がとても強いです。私たちは、コレクターや鑑定家と長期に渡って交流しながら、より真に迫った体験を観客に与えてくれるアーティストを集めたいと思っています。

— ローレンスさん、どうもありがとうございました。

 JACLabのイベントで出会ったある役者さん曰く、日本国内ではなかなか実現できないような日本の伝統芸能と異文化のコラボレーションも海外では実現しやすいとのこと。彼は、まずは海外での公演を通して芸を洗練させ、日本に持ち帰りたいと意気込んでいた。
 もちろん、古来の方式をしっかりと守りながら文化を広げていくことも重要だ。しかし、伝統芸能を軸にもっと自由に創作をしてみたい場合、日本ブランドを活かしながら海外で試してみるという選択肢は大いに有り得る。JACLabは伝統文化そのものの発信との両輪で、挑戦し続けている。

 JACLabのWebサイトの[Contact Us]から連絡が可能だ。日本語ができるスタッフもいるので、英語が苦手でも連絡ができる。日本芸能の国際発信や異文化とのコラボレーションに興味のある学生は、サイトにアクセスしてみてはいかがだろうか。