「SFCらしさ」を再発見し、激変する社会におけるSFCの役割を見出す「復刻! CLIP Agora」。今回は、2014年に作詞作曲家としてデビューし、25日(水)に初のミニアルバム『リリィ、さよなら。』(全6曲)をリリースした「ヒロキ」こと村上啓希さん(環3)に話を聞いた。

運命を感じたSFC AO入試で一発合格

— 入学前から音楽活動をされていた村上さん。なぜSFCに入学をしたのですか?

SFCを受験したのは20歳のときです。SFCに通っている高校時代の親友が「遊びにおいでよ」と誘ってくれて、実際にその友だちの住むところに遊びに行ったことが、SFCを受験するきっかけになりました。辻堂にある友だちの家に1週間ずっと泊めてもらって、最後の日にSFCの授業に潜ってみたんです……デザ言(デザイン言語、07学則先端発見科目)だったかな。おもしろ! って感動しました。
 キャンパスもすごい田舎だけど、のびのびしていていいところだな、俺はここに入る! と運命を感じました。帰り道に坂の下の警備室でAO入試の募集要項を買って、友だちに「俺、ここ来るわ」と言ったんです。「そんな簡単に受からないよ!」と言われたけど、さっそく高校の恩師に推薦書を書いてもらって、その年(2012年度)のAO入試でSFCに合格しました。
 

普通の自分がいるから等身大の音楽ができる

— そのような経緯があったのですね! AO入試はどうでしたか?

2次選考の面接のとき、「音楽がやりたいなら音大に行けばいいじゃない」と面接官の先生に言われて、「そうじゃなくて、俺は音楽以外のすべてをここ(SFC)で学びたい」と返しました。
 自分の楽曲はすべて実生活に根づいています。俺は、漠然と世界の愛とか平和とかを歌えないし、作っている曲も「昨日は終電で帰った」とかそんな日常の些細なことばかり。勉強したり遊んだり、普通の20歳の自分がいるから、それを等身大の音楽にできる。そういうことに気づいたから、ここに入りたい、ここで仲間を作りたい、と言った覚えがあります。
 

「SFCじゃなかったら、また俺は続かなかった」

— SFCに入ってみてどうでしたか?

SFCに入って、自分はすごく変わったと思います。本当に素敵な出会いがたくさんあって、人を信頼することができるようになりました。
 SFCにはいろんな人がいます。“変な人”も多いです。今まで対人関係に冷めて生きてきましたが、SFCに入って、初めてこんなに人のことを好きになったし、初めて仲間ができました。音楽ばっかりやっていたからあんまり友達がいなかったんです、正直。
 今回出すアルバムに入っている曲は、SFCに入ってから書いた曲が多いです。SFCに運命を感じたことは間違っていなかったと今でも思っています。SFCじゃなかったら、また俺は続かなかった。今まで、何事もすぐやめてきたから。
 

— SFCでは何を勉強していますか?

森さち子研究会(心理学、精神発達)に所属しています。人の心の仕組みや感情について知りたいという思いがあります。具体的には、人の喪失体験において「人が愛想を尽かすとき」というテーマで研究しています。「愛想を尽かす」ということは、愛想を尽かす側と尽かされる側がいて初めて成り立ちます。大事な関係が終結を迎えるときは、両者の間で喪失が起こっています。わかりやすく恋愛に例えると、振られた側だけではなく、振った側も喪失を体験している。そういうことを踏まえて、人はどうやって喪失体験から立ち直っていくのかを考察しています。

「歌手になりたい」大きな夢にもう一度チャレンジ

— 音楽活動について聞かせてください。

歌手になりたいという夢がずっとあったので、SFCに入ってから、もう一度音楽を頑張ろうと思いました。2年生のとき(2013年)、事務所と契約して、『約束』という曲を配信限定シングル(ダウンロード販売)で出すことができ、夢が少し叶いました。だけど、結局CDデビューまでは行けないまま、2年生の3月で契約が終わって、またフリーになってしまいました。
 それでも諦めずにやっていた2014年の初夏、たまたまたライブハウスで歌っていた自分の才能を見初めてくれる事務所さんが現れました。それが現在所属している事務所です。
 ちょうど同じ時期、酔っ払った勢いで応募した深夜番組『musicるTV』(テレビ朝日系列)の「ミリオン連発音楽作家塾」というコーナーの最終選考(第2期生)に合格して、テレビに出ることが決まりました。9人のなかから1人生き残った音楽作家が、著名アーティストへの楽曲提供を通して作曲家としてデビューできるというサバイバル形式のコーナーです。テレビの収録は苦手でしたが、頑張った結果、運良く勝ち残ることができました。
 2014年11月、音楽グループ「超特急」(スターダストプロモーション、2014年11月結成)への楽曲提供が決まり、その曲『Star Gear』(2014年11月12日発売)がオリコン7位(週間シングルランキング、11月第2週)になりました。さらに、作詞作曲家としてCDデビューが決まるなど、2014年は怒涛の年でした。今まで辛かった分、一気に夢が叶った気分です。
 

バカなことだってなんでもできる青春の日常を歌に

— 地道な活動が報われた快進撃ですね! 先日発売されたミニアルバムはどういう思いが込められてるのですか?

ミニアルバム『リリィ、さよなら。』のテーマは「セカンド思春期」。大人でもないし子どもでもない時期で、なんでもできるようになって、バカなことも思いっきりできる、モラトリアムの時期。学生時代のなかでも大学時代は一番楽しい時期だと思います。
 歌詞に「小田急」「レポート」「煙草」「お酒」という単語が出てくるように、青春の日常生活に焦点を当てて書きました。実体験をもとに書いています。実体験が20%の曲もあれば、ほぼ100%の曲もあります。1曲1曲に主人公がいて、それが自分のことだったり、ほかの人のことだったり、「君」「あなた」に当たる人がいたり。
 例えば、2曲目の『流星ドライブ』はほとんど実体験です。友だちと徹夜で映画をみているとき、そのまま寝ればいいのに、変なテンションになっちゃう場面。「今から江ノ島に朝焼けを見に行きたい!」と俺が面倒臭い彼女みたいなことを言ったら、本当に友だちが車で連れて行ってくれて! 日の出の時間を調べたら、あと20分でばたばた準備して、赤い車を飛ばす。それで江ノ島に着いた瞬間、パーって朝日が昇って来たんですよ。そのまま俺は朝焼けの海辺でずっとギターを弾いてました。帰り際にお互い「彼女欲しいなー」とかつぶやくのだけど、男友だちと一緒ということが、むしろ大学生らしくて青春なのかもしれない(笑)。
 

「生産性のあるメンヘラ」を体現

— 歌を書くときに意識していることはありますか?

俺はダメ人間だから、周りにお世話になることが多い。だけど、俺が何かを伝える手段は歌しかないんです。だから、「ありがとう」という気持ちで、いつも歌を書いてます。
 あとは、俺自身のテーマとして「生産性のあるメンヘラ」というものがあります。メンヘラ(精神・心が不健康な人を意味するネットスラング)はあんまりいいイメージを持たれませんよね。じゃあ、どうすればメンヘラが肯定されるのかを考えてみたんです。その答えとして、生産性があったらいいんじゃないかなって(笑)!
 喪失とか失恋とかを経験しても、ただじゃ起きねぇぞ、という気持ち。いろんな悲しいことがあっても、それだけで終わってしまえば、ただ悲しかっただけ。俺はすぐにくよくよしたり、人のことを信じられなくなったり、疑ったり、悲しんだり、いたずらに傷つけ合ったりする。でも、そういうことがあるからこそ、曲を書こうという気持ちになるんです。
 俺のなかでの認識として、いい曲は悲しい。人に共感してもらえる曲は、ちょっと悲しかったり切なかったりする。いい曲は、傷ついたり悲しんだりする人の感情の機微から生まれるのではないかと考えています。
 

目指すはユーミン―自分の音楽が世に溢れるようなアーティストに

— 独特の音楽観ですね! これからの夢は何ですか?

尊敬するアーティストの松任谷由実さん(ユーミン)みたいになりたいです。ユーミンの曲はもちろん、ユーミンが提供したいろんな曲も世の中に溢れています。自分の音楽で世の中が溢れるような、そんなアーティストになりたいです。歌を世の中の人に届けたいという、その夢のために、歌手も作詞作曲家も両方を続けていきたいと思っています。
 

— 今後の活動について教えてください。

3月1日(日)にタワーレコード池袋店でインストアイベントが、3月21日(土)にはリリース記念のワンマンライブがあります。23年間生きてきて初のワンマンライブです。きっと、今までお世話になった人たちがたくさん来てくれるので、音楽を通して「ありがとう」を伝えることができるようなライブにしたいです。

悲しいことや辛いこともばねにして、人に共感される曲を生み出し続けるヒロキさん。今後の活躍が楽しみです!
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