シラバスだけではわからない研究会の実情をSFC CLIP編集部が実際に研究会に赴いて調査する「CLIP流研究会シラバス」。今回は、新たな地図図法から世界を俯瞰する、鳴川肇研究会を取材した。

なぜ建築家が地図の世界へ?

2015年春学期より着任した鳴川肇准教授は建築家である。大学・大学院では、シアターの設計やドームの構造について研究していた。
 大学では、1960年代の新宿に合うようなシアター、劇場を構想する。当時の新宿は、喧騒でコマーシャリズムが行き交うようなところだった。そこにひっそり、芝居が打たれるのにふさわしい施設の設計を考えた。そのころから図法に興味を持ち始めたという。
 大学院に入ってからは、同じく1960年代に発明されたテンセグリティ構造という史上最軽量の構造体に興味を持った。棒と紐でできており、棒は互いにくっついていないが、紐でバランスよく縛りあげられているため、バスケットボールのように弾む。ほかにも、バックミンスター・フラー(米建築家)が考案したジオデシックドームは、鳴川准教授が学生時代だった1990年代にはあまり主流ではなかったが、とてもロマンを感じていたという。このような、よりサスティナブルで地球への負担が軽い構造の研究に取り組んでいた。地球を大切にするというハートフルな考えは現代になって一巡してまた受け入れられている。このころから、「地球を俯瞰する視点をつくりたい」と思うようになった、と振り返った。

自作のテンセグリティ構造を説明する鳴川准教授

カメラから地図へ…そのつながりは歪みの解消

カメラと世界地図は、同じく図法でつながっている。なぜなら、両方とも投影幾何学だから。図法の根幹をなす幾何学を道具に見直しを測れば、画角や面積の歪みが解消されるのではないか。ならば、写真を撮るとき、ある一視点ではなく、全方位にちりばめられた視点を持つカメラがあったらどうか。
 19世紀に開発され、今や多くの人が使用するパノラマ撮影も広い視野を実現できているものの、真上と真下は見ることができない。そこで、オランダ・アムステルダムの大学院在学時につくったのが、全方位カメラだ。これこそが、鳴川准教授が開発した、極力歪みのない状態で平面化した世界地図「AuthaGraph」の原点だった。

全方位カメラと地球の紙模型

時系列で並べることの可能性

以降、AuthaGraph株式会社(2009年設立)として、日本科学未来館などで様々な世界地図を製作してきた鳴川准教授。しかし、社長の身では、経営とデザイン業務に追われ、クライアントの要求に応えるので精一杯だった。このとき、研究室を持って腰を据えて研究開発を続けたいと思ったという。「SFCの多彩な教員や学生から、一緒に世界地図をつくるメンバーを集めたい」と意気込む。
 世界地図を使って何を表現するか。例えば、時系列で並べれば、それは4700年間の時間情報を並べるということになる。世界史は、一般的な教科書に基づくと西洋視点で世界地図が描かれている。しかし、イスラーム的視点の世界史から地図をつくったとしたら、まったく違うものになるだろう。鳴川准教授はそんな展望も語った。

紀元前500年の世界史地図(鳴川准教授提供)

多種多様なメンバーが集まり、学問知識を融合する研究室

春学期より開講の鳴川研はどのような研究会なのだろうか。SFCだからこそ実現する研究のカタチがあるようだ。
 地図図法自体を進化させるために、数学の知識が必要であり、様々な歴史的視点から見た世界地図をつくるために、人文社会の知識が必要であり、そして視覚化する上でデザイナーの知識が必要である。しかし、理系文系美術系の3つを兼ね備えた学生はそうそういない。だからこそ、鳴川研では、「美術に強いエンジニア、エンジニアに強い美術家」の育成を目指すため、理系の学生は文系の学生に、逆に文系の学生は理系の学生にわかりやすく説明する力を求める。実社会のデザイン界においても、専門以外の基礎知識も身につけることにより、デザインとエンジニアリングが両方できる、本当のデザイナーになれるからだ。
 今学期の成果は、学生各個人がAuthaGraphを使って制作した、テーマ地図と全方位カメラだ。より研究環境の整った研究室にするために、現像室を確保したり、研究会用の机を製作したりもした。

学生の作品。日本への観光客の増減を立体的に示したもの。

学生の作品。今学期中に全員が全方位カメラを作ることに成功した。

来学期以降、新規履修者向けにグラフィックデザインや図面製作に必要なソフトのサブ講座も実施する予定で、「学部1・2年生の履修も歓迎」と鳴川准教授は呼びかけている。来学期は、今の世界像をユニークな世界地図を用いて視覚化するほか、軽量構造のドームを1/1サイズでキャンパス内に設計・製作する予定だ。

今年の春学期にできたばかりの鳴川研。幾何学、数学、デザイン、世界史といった知の融合が成す姿は、まさにSFCらしい研究会のように感じた。
 鳴川准教授担当の秋学期開講授業・研究会の情報は以下のとおり。興味を持った人はぜひ履修してみよう。

2015年度秋学期 鳴川肇准教授 担当授業・研究会
授業・研究会名 開講時限
デザイン言語ワークショップ(観察・定着)【学期前半】 月3,4
ノーテーションと表現 【学期後半】 月3,4
クロノロジーとジオデシックス(研究会A) 木5,6