遠隔教育特集の第3回では、千代倉弘明研究室の取り組みについて紹介する。千代倉研究室では講義自動録画システム、多地点画面共有型遠隔会議システムを開発し、運用を行っている。特集第1回で取り上げたAVホールには既に配備されているほか、これらのシステムは、SFC Global Campusとはまた違う方法で、SFCの遠隔教育に大きく寄与している。今回は千代倉研究室の板宮朋基さんに、システムの概要、目指す方向性について訊いてみた。


まず、講義自動録画システムとはどのようなものでしょうか。
 3年くらい前より、21世紀COEプログラムの予算を頂いて開発してきました。先生のPC画面に映っているものをリアルタイムエンコーディングして、丸ごと一つのコンテンツにしてしまおうというものです。通常はこのように、先生の顔が右下に出て、裏側にパワーポイントを表示させています。PC画面を丸ごとエンコードするので、パソコンに映るものでしたら、普通のパワーポイントはもちろん、丸ごとCGのアニメーションなど、何でも授業の資料にすることが可能です。実際の操作を映すことにより、ソフトの操作説明などにも便利です。つまり、パワーポイントだけではないという点で、SOIや他社のE-learningのシステムより利点があります。

▼録画画面
 また、先生がPC画面に、手書きで板書をすることもできます。実はこれを作った動機のひとつとして、千代倉先生の苦い経験があって、先生はもともと大学が数学系で、当然数学とか物理の授業を取っていました。それらの授業は、よく板書を行いますが、板書に書いたものはすぐに消されてしまいますので、生徒は板書を取るのに必死になって、授業内容をあまりよく理解できないんですよね。
 ですので、この仕組みでは生徒はもう板書をしないで、授業に集中して後からビデオを見て繰り返し学習して欲しいという願いが込められています。自分が昔苦労した分、今の生徒にはいい環境で授業を受けてほしい、という思いがあるのではないでしょうか。
現在のSOIのシステムとはどう異なるのでしょうか。
 SOIはとてもよいシステムだと思いますが、問題点もあります。というのも、細長い画面で、左側にパワーポイント、右側に先生の映っている姿という構成は、見る側にとっては良くても、作る側にとっては苦労をします。
 三脚を使ってビデオを撮る人がいたり、左側のパワーポイントを先生の画面と同期させたり、編集したりと、結構面倒くさいことになっています。スタッフが沢山いて、設備もあれば良いのですが、我々は先生が一人で教室に来て、ボタンを押すだけで同じようなコンテンツが作れないかを模索してきました。
 それが今実現して、千代倉先生の授業では、すべて講義自動録画システムで授業を撮っています。生徒は授業サイトに入ってビデオを閲覧することができます。
 なぜ「一人で録画」にこだわったかというと、授業が終わったら、すぐに配信したいという要件がありました。SOIなどでは、編集作業が必要なので、アップロードは早ければその日ですが、遅い場合には3、4日後になってしまいます。生徒はその時には、授業内容を既に忘れてしまっているんですね。
 しかしこのシステムは、パワーポイント画面、先生の画像、板書を一緒くたにリアルタイムにエンコーディングして、編集をやりませんので、授業を終えてすぐにアップロードすることができます。もちろん、無料で編集をするソフトもあります。オフレコなどにも対応できます。
生徒さんはどのように活用されていますか?
 授業が終わったら、すぐにアップロードされますので、ビデオを自分のデスクトップ上に流して、別のウィンドウでソフトを操作してみて、先生と同じことをしてみるという人が多いです。
同時に、一緒に作業できるのが面白いですね。
 また、現在我々の授業ではマイクロソフトのWindows Serverに付属するShare PointサービスというWEBアプリケーションを使用しています。例えばオンラインテストというのをやっていて、出席点代わりにクイズなどを出して、回答させています。この内容も、講義ビデオを見て復習しつつ、問題も解くことができます。
ビデオの画質はどうなのでしょうか?
 非常に高画質です。細かい字も、完璧に見えますし、先生の表情も詳細に映ります。しかし非常に少ない帯域で見られるようになっています。大体1000kbpsでやっていますので、ADSLの8Mpbsあたりで契約している回線があれば、自宅でも普通に見られることができます。エンコードフォーマットには、WindowsMedia9を使用しています。高画質かつ低容量、ストリーミングが可能ということで選びました。
まとめると、このシステムの特徴は、「先生のみで簡単」「すぐに配信」「教材は何でもOKということですね」
そうです。
このシステムを使った、生徒の反応はいかがでしょうか
 好評をいただいております。今、3Dシステム構成論という授業は、このビデオシステムを使って3年目ですが、SFC-SFSで、85%位の人が、ビデオシステムは有効だったと回答した、という結果が出ています。
 また一昨年から、3Dシステム構成論、CGモデリングという授業は、インターネットビデオ講義ということで、正式に慶應義塾に承認されました。つまり、その時間授業に一切来なくても、単位が取れるということです。例えば、その授業中に他に受講したい授業がある場合は、現在では重なってしまって、両方受講することは出来ませんが、このインターネットビデオ講義は、例外的に受講することが可能です。
 実は既に時間割にも書いてありますが、お気づきになられたでしょうか。意外と知られていませんが。もちろん、単位は同単位付与されます。
 これはつまり、ビデオのクオリティが認められたということで、実際もうビデオを見ていただければ分かるとおり、教室にいるものと同等のものが得ることができます。課題の提出はWEBで、質問があったら普段どおり、メールですね。
このシステムを運用するに当たって、どのようなハードウェアが必要になりますか?
 教材を映すPCと、それぞれを録画するPCが必要になります。エンコーディングのためのスペックの必要上、現在ではデスクトップPCが必要になりますが、画質を若干落とせば、ノートパソコンでも録画することが可能です。また将来的に、ノートパソコンのスペックが向上すれば、すべてノートパソコンでまかなえることになると思います。

▼上が教材用PC、下が録画用PC
 また教授の顔を写すカメラが必要になります。これらの2台のPCと、カメラを持っていけば、どこでも講義を録画することができます。USBカメラ、ネットワークカメラ、教室に配置してあるカメラ、DVカメラなど、Windowsが認識できれば、何でも接続できます。
 ο12には、すぐに録画が出来るように、これらすべての設備が配備済みです。
ソフトウェアは?
 一本入れるだけでOKです。エンコーディングするハードウェアと、キャプチャを行うソフトがあればOKです。それらの組み合わせは既に製品していて、「Power Rec Plus」というのですが、そこそこ売れていますよ。
今のところ千代倉先生の授業だけですが、他に採用実績はありますか?
 今のところ、他はまだありません。ただ、授業以外ではこのシステムは積極的に活用されています。21世紀COEプログラムのワークショップや、会議では日常的に使われています。
 先ほどの講義画面では、教授の顔を右下にウィンドウを一つだけ出していましたが、カメラのウィンドウは無制限に出せます。実用上は4画面だとは思いますが。今年の1月のワークショップの例では、発表をしている人、聴衆、質問をしている人など、一度に出して録画していました。この3画面ですと、非常に臨場感が出て、質問している人、されている人の表情がわかります。鋭い質問されて「まずいなぁ」という回答者の表情もこれならば分かります。

▼会議の様子を録画した映像
 21世紀COEプログラムでは、毎月全体ミーティングでもこのシステムを使っています。すでにリニューアルされたAVホールには配備されているため、セットアップの時間も要らず、手ぶらでこの場に来るだけです。
 21世紀COEプログラムに採択された拠点は、既に100件近くになりますが、毎月高画質にビデオアーカイビングをしている例は、我々だけです。昨年中間評価を受けましたが、他の拠点は論文集などのペーパーをどっさり提出したそうなのですが、リーダーの徳田先生はこのビデオを提出したそうです。
 非常に説得力があったとのことで、幸い一番良い評価が得られたそうです。また、このようなミーティングは参加される先生が多いので、当日用事などで出席できない場合でも、後でビデオを見ることで、何が行われてどういう話し合いになったかも分かります。
 我々の夢としては、このようなワークショップ・会議・学会に、標準システムとして入れたいと考えています。
そういえば、これらのシステムに名前はありますか?
 特にありません。もともと、論文的には「ワンマン講義可能な講義ビデオ作成システム」というものでしたが、徳田先生などは「千代倉システム」と呼んでいて、商品化されたものは「Power Rec」ですね。
会議システムでは、アプリケーションの共有もできるそうですね。
 はい。アプリケーションを共有して、遠隔地でコラボレーションをして、それらを録画できたら、おもしろいのではないか、と思いました。
 遠隔システムの仕組みとしては、ディスプレイサーバに、画面共有ソフトで複数の人がそのマシンに入ってもらって、かつそれを録画マシンで録画します。ディスプレイサーバは一つのクライアントを兼ねることもできます。
 最初に実験したのがお医者さん同士で、患者さんのCTから作られたモデルを共有しました。画面は左側が信濃町キャンパスの先生、右側が横浜にいらっしゃる別の先生です。両先生とも、初めてこのシステムを使ってみたのですが、違和感なく使えてしまいました。

▼中心ののプログラムを2人が共有している
 形成外科の先生だったのですが、難しい症例などの場合は、やはり他の先生の意見も聞きたいということがあるそうです。しかし今の遠隔医療というのは、2次元でCTとか、MRIなどの画像を送っているだけです。我々はそれより一歩進めて、お互いが3D画像を、グリグリ操作を出来て、書き込みとコラボレーションができる環境を実現しました。
 また、このシステムを遠隔教育に応用しようということで、英語科の先生方に興味持って頂きました。これは、アルゼンチンからSFCの画面にアクセスしてもらって、真ん中の共有しているWordで論文を遠隔で添削してもらっている様子です。上は飯沼先生、真ん中はSFC、下はSFC研究所員のアルゼンチンの方です。

▼ワード画面を共有、画面は同時に録画されている
 画面同期は、距離があるので若干ディレイがありますが、実用的な速度です。この画面は、遠隔で先生が指示して、生徒が直すというところです。時々生徒が英語を分からなくなった時、飯沼先生がヘルプに入るという感じです。
これはオンラインチュートリアルと言っているのですが、特にライティングにおいては有効みたいですね。ライティングが専門の先生もそうそういるわけではないので、遠隔地に散らばっている名教師の方々の指導を、自宅からでも簡単に受けることが出来ます。
 遠隔会議ではSFCでスタンダードなポリコムがありますが、このシステムはそれらポリコムへのアンチテーゼとして考えたものです。ポリコムは画質が良いのですが、基本的にテレビ会議なので、アプリケーションの共有はできないですよね。またポリコムは1対1で、マルチアクセスユニットという100万円くらいする機械がなければ3地点通信はできません。また両方ともグローバルIPがいります。大学ではグローバルIPがありますが、自宅では厳しいですよね。これらの問題を解決しています。
 回線も安定していて、海外との通信も安定していると思います。この間、三田とSFCと医学部で結んだ例があって、先ほどは3次元CGでしたが、今回は動画を共有しました。フレームレートもかなりいいものです。慶應のキャンパスはいろいろなところに点在しているので、この多地点会議は、結構評価いただいております。
 我々は本業の3DCGの分野で医学部と共同で研究をしていますが、このシステムをフルに使って、信濃町に行かない会議を毎週やっています。千代倉先生がよく言われるのですが、遠隔でやる方が実際会うよりも効果的だそうです。それは我々が医学部に行くとすると、医学部に持っていくノートパソコンでは非力なので、スムーズなデモが動かせません。逆に医学部の先生がSFCに来ると、早いマシンを使えますが、医学部の方にあるCT、MRIなどの画像資料を持って来られません。このシステムだと、それが両方とも解決されるわけです。つまり、単なるテレビ会議システムの延長だけではなく、もっと何か新しいことができる仕組みではないのか、と考えています。

▼信濃町との会議の様子
このシステム自体、誰でも考えそうなシステムのように思えますが。
 誰もが考えるようでいて、考えなかったということですよね。録画システムの方は、今までは先生の顔があって、資料と別々に合成させるという考えしかなく、このように画面をまるごと力ずくでキャプチャしてしまうということを、技術的には可能だったが考える人がいなかったということです。
 遠隔会議のほうですが、VNCというのが昔からありましたが、VNCは、画面共有は基本的に1対1で、サーバ保守の目的くらいにしか使いませんでした。我々は画面共有を広げて他地点で結び、ビデオキャプチャ画面を一緒にデスクトップに並べました。画面共有とビデオチャットが一緒にできてしまうというのが、発想の転換ですね。
数年後にはこのシステムを使う授業が増えるかもしれませんね
 そうですね。今のところ言語研究室の先生方に注目をいただいています。中国語、フランス語、ドイツ語などです。中国語研究室では、台湾と結んだ例がありました。面白いなと思ったのは、手書きでコミュニケーションが取れるので、例えば普通のビデオ会議では身振り手振りで説明するのは難しいのですが、このシステムなら筆談ができます。例えば、日本の地図を描いて地名を教えたり、漢字で発音を教えてもらったりすることができます。
 学校の先生方は、先生方同士のやりとりはポリコムで、生徒の課外授業や、カジュアルコミュニケーションはこちらでやればよいのではないか、ということをおっしゃっています。遠隔で何かやりたいというニーズは多いですが、やはり、ポリコムは敷居が高いですからね。このシステムでは、気軽に効果的なことが出来るということがお分かりいただけるかと思います。我々は、「日常的に使ってもらって、なんぼかな」と考えているので、今あるリソースを活用してうまくやっていきたいと思っています。
今後、どのような取り組みを行われますか?
 千代倉研究室ではインターフェイス系のことも若干やっていて、現在は空中黒板というものをやっています。指先につけた、色のついたビニールテープをカメラで認識させて、デスクトップのポインタを動かせるというものです。例えば、左手でカーソルを動かして、右手でクリックと解除を指定します。右手と左手は、それぞれ違う色を使うことで、認識させています。マイノリティリポートみたいな感じですね。特にこれといった、デバイスなどが必要ありません。
 既にこのシステムもAVホールに導入されています。せっかくここには、サラウンディングなディスプレイがあるので、手元でちまちまマウスを操作するのは、もったいないですよね。
ありがとうございました。