今年4月、中国の都市部で大規模な反日デモが相次いで発生した。終戦後60年となる8月には、大規模なデモが発生するとの憶測も流れる中、SFC CLIPでは反日デモに関して、中国人留学生を中心としたメンバーに呼びかけ、彼らがデモに関して、どう考えているのか、日中関係をどう思っているのかを聞いた。


 一般に中国からの留学生と言っても、出身や日本滞在暦などは様々で、それぞれの立場から、多様な意見が得られた。SFC CLIPでは今回から数回に分けて、座談会形式のインタビューの様子をお届けする。座談会では留学生らの意見を聞くことに集中したため、ぜひコメント欄やトラックバックなどを活用して、読者からも意見・感想を出して欲しい。
自己紹介

大坪:大坪日中と申します。「日中」という名前は、日本と中国という意味で、僕は留学生というわけではなくて、父親が中国残留孤児で、その2世になります。NHKの「大地の子」をご覧いただければ感じをつかめると思います。
 今日のテーマとして、上海や北京などのデモに関連して日中関係がどうなるかという問題ですが、実はそれに関して、中国での経験を思い出します。中国に生まれて現地の小学校に通い、92年の暮れに日本に永住帰国という形で日本に来ました。小学校5年生までいたのですが、そのようなデモみたいなものは毎日経験していました。だから割と、上海や北京などのデモは懐かしい話かなと思いますね。僕は留学生の方とは違った見方になると思います。
CLIP:毎日経験していたデモというのは?
大坪:通っていたのは田舎の小学校で、日本人であるということで、学校に行くだけで「日本人のクソガキが来たな」とか、「早く死んじゃえ」というバッシングが結構ありました。それを1年間365日、という感じで経験していました。
:総合政策3年の朱永青です。中国の上海で生まれて、小学校の5年生から、東京に来て、今に至ります。なぜこれに興味を持ったかというと、私は上海生まれですが、個人的には上海でデモが起こるというのは信じられず、メディアの報道などを見て、「これはどうなっているんだろうか」と、疑問を持ったのがきっかけです。私は中国人という自覚よりも、日本人と中国人の中間的な感覚が強くて、そういう関わり方をしていきたいと思っています。
:総合政策学部2年の韓暁光と申します。国際コミュニケーションとマスコミュニケーションの勉強をメインにやっています。国際政治も、土屋大洋先生の研究会に入って、勉強しています。出身は中国の山西省で、高校3年生の時から日本に来ています。
:陶信元と申します。去年9月に入学しました。出身は、紹興省です。
:小檜山研博士課程3年の華金玲です。よろしくお願いします。
:政策メディア研究科博士課程4年、小島研究室の王雪萍と申します。実は、先ほどこのテーマについての発表をしてきたばかりでした。中国人留学生の日本認識と、教科書の問題です。
:政策メディア研究科修士1年の薛亮と申します。小檜山研究室に所属しています。中国の大連です。2003年9月に日本に来ました。よろしくお願いします。
五十嵐:ドキュメンタリーを撮影している日本人の五十嵐です。よろしくお願いいたします。
反日デモは遊び半分?
CLIP:はじめに、この座談会のきっかけともなった、上海のデモについてですが、テレビを通じてどう感じたのか、彼らの行為に関してどう考えていますでしょうか?
大坪:テレビを見ている限りでは、真剣にデモをやっているというよりは、遊び感覚でやっているというのが多い印象でした。先ほども言ったように、学校での経験があって、私を見ると、「あぁ日本人のクソガキが」と、軽々しく言うんですね。それに似ている、という感じがします。
 真剣に考えての行動ではなくて、周りが参加しているからとりあえず自分も参加するというのが多いと思います。しかし真剣ではないから、逆に深刻だと思います。つまり、自分の意見を持たずに、簡単にそういう風潮に乗ってしまうのは、長期的に見て危険ではないかと思います。
:日本のテレビで流される中国のデモは、暴力の画面ばかりでした。私は反日デモの後、5月13日くらいに上海に行きました。地元の大学の先生たちと、その生徒達とで話しましたが、彼らの話を聞いて、実はそんなに深刻ではないということを感じました。上海では、ほんの一部の3つの道路で反日デモがあっただけで、他の部分はそんなに悪くはありませんでした。
 実は私の友達の数人も、デモに参加していました。彼らが反日デモに参加した動機は、反日というわけではなく、「私は中国人だ」という民族の意識があり、デモの後にその認識が高まることがうれしい、ということを言っていました。1999年の時は、反米デモがありましたが、その時も同じ感情があったのだと思います。
CLIP:遊び半分だということに戸惑ってしまいますが、ではそれをこちらは、どのように捉えるべきなのでしょうか。
大坪:必ずしも、一つの概念に捕らわれる必要はないと思います。参加している人たちにはそれぞれの背景があります。農民・労働者・学生など職業もバラバラです。ナショナリズムの高揚に浸っていて、「あぁ中国人でよかった」と思っている人たちもいれば、実際の利害関係があってからのことかもしれませんし、それはわかりません。それを一つの概念で理解する必要はないと僕は思います。
:ただその時日本は、靖国問題、教科書問題などがあったので、全く関係なくはないのですが。
:デモに暴力行為と、本当のデモ行為と、二つに分けて考える必要があると思います。デモを最初に始めたのは学生でしたが、実際に学生の中で暴力行為を行ったのは非常に小数でした。デモは大学で始まって、結局歩いているうちに、様々な人が参加してきました。
 結局上海で逮捕された人たちの中で、学生は一人か二人と、非常に少ない人数でした。デモに参加したのは、90%が社会人だったということで、最初デモが始まった趣旨が、途中で変わってしまったというところは注目しなければなりません。
上海市の裏工作
 特に、上海のデモがなぜここまで大きい暴動になってしまったのかということに関して、少し背景を知っています。中国政府は非常にか努力をしていました。北京でデモがあった際に、彼らは上海でどうしてもデモが起こって欲しくないと思っていました。上海のスポークスマンが自信満々に「上海にデモはありません」と宣言していたのは、上海市政府と上海市公安局は裏工作を沢山やっていたからなんです。公安局が上海でデモが組織されたということを、あらかじめ知っていました。
 中国政府が考えたのが、組織したリーダーシップをとる人を監禁すれば、デモを行えなくなるのではないか、と考え、当日に公安局がデモのリーダーの家に行きました。とあるリーダーシップを取っている女の子の例ですと、デモの当日の朝に、警察は彼女の家の前にいました。マンションの下にいて、「私たちは下に居るから、もう出かけないで下さい」と呼びかけていたそうです。待ちながら心配し始めたかどうかは分かりませんが、他の場所から飛び降りたりするのを心配して、彼女の家まで行き、彼女の親と彼女と「じゃぁ一緒に座ってお話でもしましょう」と、ずっと話をすることで、彼女が出かけないようにしていました。彼女以外のリーダーも皆同じ状況でした。
 ただそのデモを行うのは、以前から決まっていたことなので、リーダーがいなくても他のメンバーが集まりました。そのまま解散せず、始まりました。つまり、リーダーがいないからこそ、コントロールできる人間もいなくなった、というわけです。最初から日本総領事館に行くというのは決めておらず、途中歩きながら決めたようです。
 上海市政府も2万人も来ると思っていなかったようです。警察官は5000人出動して、それで対応できると思っていました。明らかに人数が足らなかったのですが、総領事館を守らなければならないということで、最終的に外部にいる警察官は全て総領事館の前に来なさい、という命令が出されました。正門を確保しようとしていたのですが、結果的に裏門まで対応しきれなく、あのような形になってしまいました。
 中国政府は違法だといいますが、私はデモをすること自体は問題ないと思います。もちろん暴力行為はいけないですが、今回はなぜそこまで発展したかを考えなければならないと思います。
「抗日教育」とは
CLIP:「反日」というキーワードで、よく反日教育が取り上げられていますが、実際皆さんがちょうど受けている世代だと思うのですが、実際どのようなものだったのでしょうか?
:まず、反日ということは、日本を批判するという教育という意味で、中国では反日という言葉は使っておらず、「抗日」という言葉を使います。反日教育が問題だというのは、本当のことを知らない立場から言っているもので、正しくは、愛国主義教育による中国人の日本認識ということです。
 現在の愛国主義教育は、1994年に江沢民政権が出した、愛国主義指導要領によるものですが、日本でよく取り上げられている問題点は教科書です。これは高校生向けの中国の近現代史の教科書ですが、特に第2章の「中華民族の抗日戦争」という、部分になると思います。

なぜこの章があるかというと、もちろん中国の歴史なので、侵略されたことを書くのは当然です。第2章を、「抗日戦争の暴発」、「日本帝国主義の戦力での植民統治」、「国民政府の内外政策」、「共産党の抗戦と抗日戦争の勝利」と、4節に分けています。一番日本人が嫌がる点は、なぜ侵略戦争をしたのかという点と、統治における残虐行為が書かれている点は事実です。愛国主義教育というのは、共産党が指示する政権の正当性を強調するためなので、どこにも反日という文字は書いてありません。
 ただ共産党の一番大きな功績というのは、抗日戦争に勝利したということなので、それは強調されています。理解して欲しいのは、日本の残虐行為というよりは、むしろ「国民党は何もやらなかった」ということが強調されています。国民党だけでは、抗日戦争に勝利できなかったというような書かれ方になっています。
 日本人が嫌がるかもしれませんが、確かに野蛮な行為はかなり紹介されていますが、それは事実として4ページに渡り書かれており、あとは戦争はどのようなものであって、国民党は何が悪いという部分がほとんどです。こういう部分にて、反日教育だから許されないと言われたら、そこは行き過ぎだと思います。
CLIP:ではなぜ誤解されるのでしょうか?
王:私の修士論文では、中国大陸と台湾の教科書を扱いました。1949年から2001年まで、いかに日本を表現してきたのかという統計をとりました。90年代に入ってから、日本の侵略行為、近代の戦争に関する記述が急激に上昇したというのは事実です。それを証拠に抗日の記述、反日の記述が大幅に増えたから、愛国主義教育の結果だと、日本人が考えてしまうのだと思います。
 確かに私の分析の中でも、80年代から90年代の教科書は、分量が増えてきたのは事実だと思います。それは愛国主義教育の結果だとも言えるかもしれませんが、それが直接の原因で、日本のイメージが悪くなったかどうか、ということも検証しなければならないと思っています。
教科書ではなくアニメ・ドラマなどの影響もある
CLIP:他にも日本のイメージに関して、何かありますか?
大坪:王さんは教育という視点から、なぜ中国の日本に対するイメージが悪くなったことを述べていたのですが、教科書を見れば分かるとおり、黒い文字ばかりで、写真はあまりありません。僕が指摘したいのは、教育以外、例えば反日のドラマとかが数知れずあるということです。
 中国で実際に歴史を勉強するのは、小学校5年生以上からになっていると思います。ところが5年生以下の子供達も「日本が悪いな」と思っていて、それはドラマなどから来ています。ドラマの中で、日本軍が生々しく首を切る、などいくらでもあります。
CLIP:北朝鮮でそういうものが放送されているというのは紹介されていますが、中国でもあるのですね。
大坪:そうですね。アニメやドラマなどが沢山あります。実際、おじいちゃん、おばあちゃん、読み書きが出来ない子供でも、テレビや劇などわかりやすい映像を見て、昔の侵略行為というもののイメージが作り上げられます。
 私が通っていた小学校は、学校全体で年に2回映画館に行きました。そこで抗日戦争の映画を見るわけです。地雷戦などいろいろあったのですが、それを見た後に僕に対するバッシングが激しくなるのですが(笑)。
五十嵐:正直なところ、中国の方々は日本人の方が嫌いなのでしょうか?
大坪:田舎の学校だったので、都市部の様子はわかりませんが、田舎では大概は、「行ったら金持ちになれそう」というような天国のようなイメージで、心から憎いというわけではありません。ただ、戦争の経験がある世代に関してはイメージが悪いかもしれませんね。
 戦争と直接関わっていない世代というのは、テレビや本、おじぃちゃん・おばぁちゃんから聞いた話で、作り上げられているという部分もあるかもしれません。実際、僕に対して言う人たちは、軽々しいものです。
:まず「中国人はどう思っている」、という考え方を持たないで頂きたいと思います。やはり13億の人が居るので、個人差もありますし、家族の状況もあります。また、教育を受けているかどうか、という点も関係があります。
五十嵐:日本人としては、アジアカップでのサッカーの日中戦の時、中国サポーターの態度をみていると、「中国人は日本人が嫌いなんだ」という印象を受けました。
:それは、現状を考える必要があると思います。試合は重慶という場所で、日本に空爆を受けていました。僕は現場にいなかったので、よく分かりませんが、そのような独特な雰囲気は、歴史が原因でもあります。
 もちろん、下心を持った人もいるかもしれませんが、それは反日というよりも、やはり自分の気持ちを表したい、という部分が大きいのではないかと思います。ご存知のように、サッカーを観戦したら興奮してしまう、という心理学的な側面もあります。単にメディアの報道だけ見るのではなく、深く考えていただきたいと思います。
日本への憎悪とあこがれ
:でも私も大坪さんの意見に賛成する部分があって、中国人の日本認識に両面があるということは知って欲しいと思います。歴史問題になると興奮する中国人も居ますし、日本のドラマを見てあこがれるという部分もあります。私の世代では「おしん」を見て、「日本いいなぁ、行ってみたい」と、小学校のころからずっと思っていました。日本のファッション紙が上海でも北京でも売れていますし、日本のドラマ・アニメはかなり人気があります。
 また今回のデモと、この前のアジアカップの時は微妙に違うと思います。今回のデモは反日でしたが、アジアカップのときは、反日というよりは、万国共通のサッカーファンの変な性格が現れたのではないでしょうか。
 日本のサッカーファンの態度が良すぎるのではないでしょうか(笑)。フーリガンなど、特にヨーロッパなどではひどいですよね。そのようなサッカーファンの態度ばかりを日本のメディアが流したというのも、若干問題があると思います。
次回以降、続く。