『「反日」の国からの留学生達』の第3回は、中国人としてのアイデンティティーに関する話題と、歴史問題の一番大きな焦点となっている、靖国問題に関して聞いてみた。


中国人としてのアイデンティティー
五十嵐:日本が大好きだから、日本人国籍を取得した、という人はどのくらいいらっしゃいますか。
大坪、朱:すでに日本人ですが(笑)
:逆に中国に帰るのが便利だから、日本人になったという人はたくさんいます。今はビザなしで中国に行けますので、日本のビザを延長しなくてもいいわけです。私の周りではそのような理由から、日本のパスポートを取った人がかなりいます。日本人になるのは必ずしも日本が好きだからではなく、便利だからなのです。日本のパスポートがあればアメリカやヨーロッパへも行けるようになります。私たち中国人の場合はビザを取らなければなりませんから。
五十嵐:好きなわけではないということで、少し悲しいですけれど。
大坪:それはその人のライフスタイルに合わせた選択だと思います。例えば日本人として生きていて、日本から出て行けといわれたら悲しいですよね。でもアメリカから来て良いといわれたら、アメリカ人になりたいと思うと思います。その人の必要に見合った選択で、日本人になるという話だと思います。
:必要に応じて、日本の企業で昇進したいから日本人になるという人だっています。少し日本人の考え方と違う部分があるかもしれません。そもそも嫌いな人は日本に来ないわけですし。
:そこで国籍を変えたら愛国心が少し、、、という気持ちないのでしょうか。私は変えてもいいと思うのですが、逆に日本人は「日本人だから日本の国籍は譲らない」という考え方を持っている人は多いと思うのですが。
大坪:本当にそうですか?
五十嵐:僕はそうは思いませんが。
大坪:そこらへんの意識は、日本人と中国人の差は無いのかもしれませんね。
:昔は「中国人」という意識が強かったのですが、逆にこちらに来て自分って「何人」だろうと思い始めました。国際人と言われると落ち着きます。例えばスポーツだと、母親が最近、日本を応援するようになりました。国対国どうこうより、好きな選手や、優勢じゃない方を応援するみたいな感じですね。
大坪:なるほど。僕も中国にいた頃は中国が好きで軍隊に入りたかったのですが、現実として自分は日本人ということで、周りが理解してくれませんでした。実際日本に来ても、スポーツを見て中国を応援していたことがありました。しかし日本での生活が長くなるにつれて、別にどちらでもよくなりました。
:私もそうです。
CLIP:皆さんも同じような経験がありますか?
:留学生の人はちょっと違うのかもしれませんね。
:留学生の方は日本に暮らす者として、例えば日本とアメリカの試合ならば、日本を応援しますか?
:それは出ている人によりますよね。あるプレーヤーのファンであれば、その人のチームを応援するでしょうし。
:サッカーになれば、イタリアを、野球になれば日本を応援するのかもしれません。やはり中国と日本だったら中国を応援しますが。日本と他の国だったら、よく選手も知っていますし、日本を応援する可能性が高いですよね。
 私は自分が来日する前の日本の印象がとても良かった。しかし、日本に来てから少し日本の印象が悪くなってしまいました。大学でも日本の良いところを教わったし、実際に暮らしてみても何の不満もありません。けれども、日本では歴史問題ばかり持ち出されるのが気掛かりです。
 中国の大学からは、「日本人には歴史問題の話をしないで、できるだけ友好モードでいてください」と言われていました。しかし、歴史問題に関してケンカがしたいから中国人の私のところに来る日本人がたくさんいるんです(笑)。
五十嵐:私の周りでは、そこまで悪いイメージを持っている人はいないのですが…
:私も日本に来てから、中国人でなかったらよかったのに、ということが多々ありました。
:今は問題なくなりましたが、アルバイトを探すとき、電話口で面接に来てくださいと言われても、面接会場で中国人の名前を言うと、「すみません」と断られたことが何度もあります。
:日本に住んで長いのに、私もそういうことがありました。
:京都に住んでいるときに、中国人2,3人で電車の中で話していると、どんどん去っていくんですよ。席が空いていても誰も座りません。日本人が中国人に慣れていないことがよくわかりました。
:でも、英語をしゃべると、逆に人が集まってくるんですよ(笑)。
:SFCでもそうでした。6年前にSFCに来た時には、留学生全体で9人か10人程度しかいませんでした。私が中国人であるから、という理由で、ケンカを売りに来る学生もいましたよ。
靖国問題に関して
CLIP:靖国問題に関してお聞きします。
五十嵐:日本人としては、小泉さんがこだわる理由も分からないですし、中国側が日本が軍国主義に戻っていると言っているのも理解できません。
大坪:それは、戦争との関わりが薄いからだと思います。例えば自分の祖父が戦死して、靖国に祭られていれば行くのだと思います。遺族会の存在がやはり大きくて、靖国にA級戦犯しかいないのであれば、小泉さんは行かないと思います。
:たぶん中国人でも戦争との関連性だと同じ考えだと思います。
陶、王:いや、それは違うと思います。
:関連無くても、中国人として大嫌いですよ。ある程度の教育を受けていれば靖国が、、
大坪、朱:私たちの周りでは全然気にしていませんが、、
:靖国が嫌いなのは、戦争のシンボルだからです。A級戦犯がいるからではありません。
五十嵐:遺族のためには、という日本側の主張は?
:靖国神社の問題は分けて考える必要があります。内政干渉ならば、内政問題であり、内政として第一に憲法違反だと思います。第二に、戦争の犠牲者が祭られていますが、望みに関わらず、という点で信仰の自由に関する憲法違反だと思います。いずれにせよ、日本人としてそれを辞めさせたほうがいいと思います。
:中国人としては、靖国神社は戦争のシンボルなんですよ。
:帝国主義のシンボルとしても、あります。
大坪:でもやはり中国人全員が知っている問題だとは思いません。実際田舎では靖国の問題は聞かれませんから。
:ややこしい問題で、そこに参拝することによってまた複雑になっています。
大坪:そもそも靖国問題は、中曽根大臣による参拝を日本のメディアが大きく取り上げたために、中国・韓国がそれを外交カードとして利用したという流れがあります。今は外交問題になっていますが、もともとは日本のマスコミの問題です。
 また、小泉さんの政治問題でもあります。遺族会の支持が欲しいという意味で。
 日本と中国はアジアを反映させるためには、連携していかなければなりません。そのためには、この問題を一度、横に置かなければなりません。
:それは違います。歴史問題は中国にとって避けて通れません。韓国人ではないので、韓国のことはよく分かりませんが、まず、歴史問題を解決していかないといけません。
大坪:いや、それは解決できないと思います。実際中国も、経済は経済、政治は政治、と別に考えています。
:話し合わないと無理です。最近良いことがあって、日中間の歴史共同教科書を作ろうとしています。良い雰囲気作りをしていくということは大切です。いつも話し合う前に、トラブルがあるのですが。
大坪:歴史問題を解決するためには、同じ認識を持たなければなりませんが、無理やり一つにするのは難しい話です。中国の言う通りには日本はしないでしょう。
 大前提は認めていますが、南京大虐殺の数など、具体的なところでもめています。しかしそれを客観的に証明する資料は無いわけです。とある先生が、自分が目撃していない歴史に関しては半分疑え、ということを言っていましたが、正しいことだと思います。
:いや、だから研究するわけであって、、
:では、わかるまでの時間はどういう行動をすればよいのでしょうか?
大坪:わかるのであれば、よいのですが、わかるまでは棚上げしておいて、、
:置きっぱなしはダメですよ。
:とりあえず、話し合うことを前提にしないと、良い方向にも進まないですしね。
CLIP:最後に何か感想や、言い残したことがあればお願いします。
:なぜ靖国が嫌いかというと、靖国に行くということは、戦争が正しかったからだと思うからなのです。例えば父親が殺されたら、殺した人をどのように思うかという気持ちと同じだと思います。靖国でなくても良いのですよ。靖国が解決しても、おそらく他の問題が出てきます。
大坪:お互い冷静になって、悪いところを指摘するのではなくて、良い面を見ていく必要があると思います。それによってお互いの理解が深まり、歴史問題のウェイトを小さくできればいいんです。また日本に関して語るときも同じですが、「中国」と一言では括れないものです。だからこそ複雑で、難しい問題なのですが、まずはお互いの多様性を見つめていく必要があると思います。