5月27日(日)、政策・メディア研究科所属の金正勲氏が自身のブログにて現職を「准教授」から「特任准教授」へ、ハーバード大学の経歴を「客員教授」から「visiting scholar」へそれぞれ訂正した。SFC CLIP編集部では、この訂正のきっかけとなったブログを書いたブロガー・やまもといちろう氏と高野仁SFC事務長にそれぞれ話を伺った。

(おことわり)
 SFC CLIPの記事では本来、「金正勲政策・メディア研究科特任准教授」もしくは「金正勲准教授」と表記いたしますが、経歴・肩書きに関する問題のため、この記事では「金正勲氏」に表記を統一いたします。

 金正勲氏は昨年SFCにて、「ネットワーク政策」を担当。また、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所で研究会を開講している。著書に『逆パノプティコン社会の到来』『媚びない人生』がある。

 事の発端は27日(日)、ブロガーのやまもといちろう氏が自身のブログにて「ジョン・キム先生(金正勲)が派手に経歴詐称をやらかした件で」というエントリーを公開。ハーバード大学とのやり取りから、金正勲氏の肩書きの疑問点に気が付いたという。この記事がtwitter等で拡散され、多くの人がこの問題を知るところとなった。

 まずSFC CLIP編集部は、やまもと氏にメールにて話を伺った。

「客員教授として在籍していないことを確認」やまもといちろう氏

—-ハーバード大学とはどのような話をされたのですか。

 やり取りを行った担当部署は「ハーバード大学バークマンセンター」です。

 ハーバード大学については、「『Kim Jung Hoon』の学務上の在籍は確認できるが、正規の論文はなく、テンポラリーであり、客員教授ではない」という回答であり、本人がハーバード大学法科大学院客員教授を自称している、と繰り返し質問したところ、客員教授として在籍していない、との回答でありました。

 もちろん、正規のアポイントメントにも金正勲氏のお名前は見当たりません。

—-金正勲氏とはどのようなやり取りをなされたのですか。

 個別の私信にあたる内容の開示は控えたいと思いますが、経歴詐称問題に関しては、それ以外にも散見されます。

 例えば、ドイツ連邦国防大学の上席研究員という経歴を公表していますが、これも事実ではなく、現段階で当該大学に確認できる内容で申しますならば、短期間の学術訪問であるという内容です。

 同オックスフォード大学についても、上席研究員としての待遇ではないと明確な回答を頂戴しています。

 今後のことについては、金正勲先生のご自身のお考えとして、今年一杯で慶應の役職等は辞されるというご意向は頂戴しておりますが、それは私に対してそう仰っているものにすぎず、また経歴詐称そのものによる処遇はご本人だけの意向で決めるものではなく大学当局の考えにも大きく左右されるものと思いますので、未来予想については私の想像の及ぶところではございません。

—-金正勲氏は現在、どうしてSFCの特任准教授という立場にあるのでしょうか。

 経緯については、小泉直樹法科大学院教授のご招聘であることは明らかになっています。

 その後、慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構(旧DMC)に以下のようなプロジェクトが立ち上がっていますが、その経緯や評価には関係者および金正勲氏ご本人の証言が一部食い違っていまして、もう少し調査する必要があります。

 その後、旧DMCが事実上の解体となり、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)への移行までの間はSFCに金正勲氏は在籍され、國領二郎総合政策学部教授のご指導の下にあったというように聞いております。現在、第三者にお願いをして、慶應義塾としての見解を聞こうと思っているところでございます。

 KMDが立ち上がった後に、特任准教授として着任されましたが、あくまで特任であり、いわゆる研究活動の成果を期待して起用されるポジションでない、と慶應義塾からは説明を受けております。

 学術研究の実績となる査読論文については金正勲氏のものは全リストを確認しましたが、2004年の慶應義塾に入られてからはないようです。

 もっとも、金正勲氏ご自身のお話では、慶應義塾から提示されておりますジョブディスクリプションで研究活動を行うことを明記されていないとのことであり、一部慶應当局もそれを認めているようですので、問題視されるべきものかどうかは立場によって異なるかと思います。

 事実関係を確認した限りでは金正勲氏の経歴詐称そのものはご本人も認めておられるとおり動かないところではありますが、どのような具体的な経緯で慶應義塾内のポジションを確保したのか、そこに何のチェックも働かなかったのかについては当事者同士の証言が食い違うことも多くあり、また、金正勲氏以外にも問題とされる可能性のある教員がおります関係で、現在個人的に調査を進めているところです。

「まだ研究科としての見解は出ていない」大学当局

 SFC CLIP編集部では、この問題に関して、高野仁SFC事務長と中村好孝SFC総務担当課長に話を伺った。

 なお、この問題は会議の議題に登っておらず、学部・研究科としての統一見解はまだ出ていないということ。以下、事務長並びに総務担当課長としての個人的見解を伺った。

—-ハーバード大学側が「金正勲氏は客員教授ではない」としたとの情報がありますが、ハーバード大学側に対して確認をされましたか。また、金正勲氏が経歴を訂正されたことを確認されていますか。

 金正勲氏がブログとtwitterにて経歴を訂正されたことは認識しております。ご本人が客員教授ではないと訂正されているので、ハーバード大学に確認する必要はないと判断しています。情報源とされているツイートなどには不正確な情報があるため、全てに対応することはしておりません。

—-金正勲氏の前職である「ドイツ連邦国防大学上席研究員」「オックスフォード大学上席研究員」もそれぞれ事実ではないとの情報がありますが、真偽を確認しておられますか。

 こちらも確認しておりません。

—-金正勲氏とは連絡を取られたのですか。

 引受担当者である國領二郎総合政策学部教授は電話で話しをした模様です。ハーバード大学と慶應義塾の肩書きについて、確認が行なわれたと聞いています。

—-「visiting scholar」は「客員教授」ではなく、「訪問研究員」ではないのでしょうか。

 一般的に、「visiting scholar」には「訪問研究員」もしくは「訪問学者」という訳を当てるものだと考えておりますが、ハーバード大学の組織がどうなっているかわからないため、今回のケースではどの訳語が適当かはわかりません。

—-認識として、「経歴詐称」に当たると考えておられるのですか。

 個人的な見解でありますが、悪意はなかったと思っており、詐称とは考えていません。「誤訳」であったのかなという認識です。

—-金正勲氏は現職を「准教授」から「特任准教授」に改められました。「特任准教授」はどのようなポストなのですか。

 慶應義塾大学には2010年度まで「特別研究教員」というポストがありました。外部受託研究などに付随した雇用である際にこのポストが当てられ、対外的には「慶應義塾大学教授」もしくは「慶應義塾大学准教授」などと名乗っていいというルールがありました。

 2011年度より、他の大学との整合性を鑑み、「特別研究教授」を「特任教員」へと名称を改めました。これに伴い、対外的な名乗りも「慶應義塾大学特任教授」「慶應義塾大学特任准教授」とすることになりました。

 ただ、2011年度は移行期間として、「特任」を付けず、今まで通りの名称を使っても良いということにしていました。「准教授」と「特任准教授」の違いは、単純にプロジェクトに関わっているかいないかの違いです。

 金正勲氏は移行期間を過ぎたにも関わらず、訂正するのを失念していたために、このタイミングでの訂正になったのではと考えております。

—-金正勲氏はどのような経緯でSFCに着任されたのですか。

 旧DMCが解散した際に教育や学術活動の組織化の能力を評価してSFCに特任教員としておいでいただきました。

—-慶應義塾大学として、教員着任の際の経歴確認のルールはあるのですか。また、同じ「特任准教授」にあっても、経歴によって給与が変わるのですか。

 履歴書を提出していただきます。自己申告の形です。基本的に提出されたものを信頼します。

 給与は基本的に同じ「特任准教授」というポストであれば、プロジェクトに対する貢献度によって決定されます。どれだけの貢献をしているかをパーセンテージに直して勘案します。前職や兼職といった点は給与に関係はありません。

—-金正勲氏が今年一杯で慶應義塾大学の職を辞すという情報がありますが、確認しておりますか。

 確認しておりません。

—-もし仮に「経歴詐称」であった場合、金正勲氏に大学当局からなんらかの処分が下る可能性はありますか。

 一般論でしか語れませんが、もし仮に「経歴詐称」と認定されれば、何らかの対応をしなければならないと考えております。

—-大学側の公式見解はいつ頃でるのですか。

 未定です。

経歴詐称にあたるか

 SFC CLIP編集部の調査によると、金正勲氏はハーバード大学の「visiting scholar」を「ハーバード大学客員教授」と訳したようだが、そう訳すと本質とは異なってしまう。

 ハーバード大学バークマンセンターのHPによると、「visiting scholar」は他の研究機関に所属する研究者がハーバード大学で研究を行うために与えられるポストである。海外の大学にて「visiting scholar」の肩書きを得た日本の学者・研究者の多くは「訪問研究員」という訳を当てている。

 なお、同センターには、「visiting professors」というポストがあり、こちらが読んで字のごとく、「客員教授」と当たると考えられる。「客員教授」と訳しやすい「visiting professors」がある以上、「visiting scholar」を「客員教授」と訳すのは、ただの誤訳ではない可能性がある。

 また、疑わしい経歴が1つなら「誤訳」「ミス」として説明がつくかもしれない。しかし、金正勲氏は「ハーバード大学法科大学院客員教授」「ドイツ連邦国防大学上席研究員」「オックスフォード大学上席研究員」と3つ疑わしい経歴がある。複数となると、そこに意図を感じざるを得ない。偶然のミスが3つは続かないだろう。

 以上2点より、SFC CLIP編集部では、経歴詐称の可能性が高いと考えている。金正勲氏は学生・キャンパスに対してしっかりとした説明をするべきだ。仮に経歴詐称であったら、学生に対する大きな裏切りである。責任は免れないだろう。

 金正勲氏はtwitterで学生と会話するなど、学生と同じ目線に立てる教員だ。授業「ネットワーク政策」や著書「媚びない人生」も人気であったため、今回の問題は非常に残念である。今後、大学側より何らかの対応があるかもしれないが、金正勲氏自身が疑惑に関してしっかりとした説明を果たし、またSFCで共に活動できる日が来ることを待ちたい。