17日(火)、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科の金正勲氏の経歴問題について、金正勲氏に文書による厳重注意を行った。この件について18日(水)、徳田英幸政策・メディア研究科委員長並びに高野仁SFC事務長に話を伺った。

(おことわり)
 SFC CLIPの記事では本来、「金正勲政策・メディア研究科特任准教授」もしくは「金正勲准教授」と表記いたしますが、経歴・肩書きに関する問題のため、この記事では「金正勲氏」に表記を統一いたします。


政策・メディア研究科としての調査


—-調査はどのようなスケジュールで行われたのですか。


徳田委員長:
 6月6日に当該問題の調査委員会が発足しました。政策・メディア研究科委員長である私(徳田委員長)が調査委員会の委員長を務め、他4人のメンバーと計5名で調査にあたりました。6月13日には金正勲氏本人にヒアリングを行い、当人の見解も聞いております。
 そして最終的に7月17日、金正勲氏に対して、文章で厳重注意を行い、調査に一区切りがついた段階です。
 17日までは調査が続いていたため、これまで取材には答えられませんでした。

—-どのような調査が行われたのですか。


徳田委員長:
 慶應義塾大学では原則、毎年履歴書を更新するということをしません。したがって、金正勲氏が着任する際に提出された2008年11月5日付履歴書(以下、応募時履歴書)をもとに、記載されている経歴を1つずつ確認していきました。
 また、金正勲氏が今年の5月24日にダイヤモンド社より出版された『媚びない人生』の著者の経歴欄に書かれたものとも比較、確認しました。
 結果としては、公式web上にて公表しました通り、
(1)「政策・メディア研究科特任准教授」の「特任」を省略した点
(2)海外における経歴の一部に社会通念的に不適切な部分があった点
 以上2点を問題視し、厳重注意を行うという結論に至りました。

「ハーバード大学客員教授」「オックスフォード大学上席研究員」と表記するのは社会通念的に不適切


—-金正勲氏の経歴で「社会通念的に不適切である」とされたのはどの経歴でしょうか。


徳田委員長:
 まず、今年の4月以降、「慶應義塾大学准教授」を名乗っていた点です。
 2011年度より「慶應義塾大学特任准教授」は「特任」の2文字をしっかりと明記するという決まりになりました。
 ただし、2011年度は移行に関わる暫定措置期間として「特任」を付けず、今まで通りの名称を使っても良いということにしていました。そして2012年度よりは必ず「特任」をつけるよう、特任教員全員に通知を行いました。
 しかし、金正勲氏が出版した『媚びない人生』の著者の経歴欄には「慶應義塾大学准教授」と記されており、これは慶應義塾の告知事項からすると不適切です。

—-海外における経歴で、「不適切である」とされた部分はどこでしょうか。


徳田委員長:
 海外における経歴のうち、不適切であるとされた経歴の1つ目は「ハーバード大学客員教授」です。
 金正勲氏が実際にあった職は、自身がブログで訂正されたように「ハーバード大学 visiting scholar」であり、これは一般的には「ハーバード大学訪問研究員」と訳すものです。金正勲氏のように「ハーバード大学客員教授」と訳すのは不適切です。
 ハーバード大学へはSFC着任後に行かれたため、応募時履歴書にはまだ記入されておりません。しかしながら、『媚びない人生』にて「ハーバード大学客員教授」と記しているため、厳重注意の対象としました。

 2点目は「オックスフォード大学上席研究員」の肩書きです。これについて、金正勲氏が実際にあった職は「オックスフォード大学 senior visiting research associate」で日本語にすれば「オックスフォード大学訪問上席研究員」もしくは「オックスフォード大学客員上席研究員」です。
 応募時履歴書には「訪問」の2文字がありました。しかしながら『媚びない人生』の著者欄ではその「訪問」の2文字がありませんでした。
 この2文字が取れていたので、社会通念的には不適切な記載であったと判断し、厳重注意の対象としました。

 以上、2点が海外における経歴に存在した社会通念的に不適切である点です。

故意であるかは「明示的には聞いていない」


—-金正勲氏は「インディアナ大学博士課程修了」についても疑惑が持たれています。これに関しては不適切ではないのでしょうか。


徳田委員長:
 まず、応募時履歴書には「米インディアナ大学マスコミュニケーション学部博士課程博士資格試験合格」と書かれております。博士論文を出す権利を得るための資格試験である「Qualification Exam」に合格し、博士候補「Ph.D. candidate」にはなっています。
 つまり、博士号は取得していないが、博士課程の単位を取り終えて博士論文を提出する資格を有しているということです。
 このような状況を省略して表記する場合、文系の学問分野では2パターンの表記方法が慣習としてあります。1つは「博士課程単位取得退学」と表記する方法で、もう1つは「博士課程修了」とする方法です。
 文系の学問分野では略歴で後者のように、博士号を取得しておらずとも「博士課程修了」と表記することが慣習的にあるのです。

 この表記は学問領域によって正しいか正しくないかが異なる、グレーゾーンです。しかしながら、文系の領域で慣習的に使用されている表現である以上、揚げ足を取るような指摘になってしまうため、厳重注意の対象とはしませんでした。

 また、日本では博士課程に入学してから6年以内に博士論文を提出しなければ、課程博士(甲種博士)になることはできないのが一般的で、それ以後は改めて論文を提出し、論文博士(乙種博士)を申請してもらうことになります。
 これに対しアメリカでは大学によって異なりますが、博士資格試験に1度合格すれば、いつでも博士論文を提出できる場合が多いのです。
 今回の場合、金正勲氏はインディアナ大学に博士論文を提出すれば博士号を取得できる資格をまだ有しており、その点も勘案しました。

—-「中央大学博士課程修了」はどうでしょうか。


 これに関しては正しいものであると確認しております。この経歴を含め、応募時履歴書に書かれていた経歴はすべて正しいものであることを確認しました。
 今回問題があると認められたのは『媚びない人生』の著者欄に関する表記です。

—-経歴の誤りは故意に行われたのでしょうか。


徳田委員長:
 本人が間違いに気付き、ブログにて訂正されていたので、調査委員会の方では明示的には聞いていません。
 もし経歴を故意にミスしていたら、論文の剽窃と同程度の大きな問題です。そのようなことをすれば学者として、アカデミックコミュニティに残っていくことは難しいでしょう。そのような観点から基本的に故意にはやらないはずであるという見解です。

書面にサインする際に「ご迷惑をおかけしました」


—-「厳重注意」に処分がとどまったのはなぜですか。


徳田委員長:
 処分については、金正勲氏の引受担当者として調査を外れられていた國領二郎総合政策学部長を除いたSFCの執行部で、どのような処分が適切か、話し合って決めました。
 判断は噂や疑惑といったものを排し、事実ベースでニュートラルに行いました。そして今回のケースでは、書面による厳重注意が妥当だろうということになり、金正勲氏に通知書を渡して、受け取りのサインをしていただきました。
 書面を受け取る際に、金正勲氏は「ご迷惑をおかけしました」と述べていました。慶應義塾全体の信用に関わる問題であったと考えられ、反省されていると考えています。

 また、学生に対しては本人の口から今回の件について正しく話して欲しいと思います。

—-金正勲氏は今後どうなるのでしょうか。


徳田委員長:
 金正勲氏の口からは何も聞いておらず、把握しておりません。
 金正勲氏は外部資金によって雇用されている特任教員であり、特任教員は1年毎の契約更新となります。契約更新のタイミングで金正勲氏がどう振舞われるのかわかると思います。

周りへの影響は


—-金正勲氏の引受担当者である國領学部長にはなにか注意が行われたのでしょうか。


徳田委員長:
 國領学部長は責任を感じられています。ハーバード大学バークマンセンターに謝罪のメールを送るなど、対外的に謝罪を行われていました。
 SFCにはお互いの信頼関係を重視するキャンパスカルチャーがあります。國領学部長は信頼こそすれども、過ちは犯しておりません。処分の対象ではありません。

—-『媚びない人生』の出版元であるダイヤモンド社とはなにかやり取りをされたのでしょうか。


高野事務長:
 ダイヤモンド社の編集担当の方からは質問があり、回答いたしました。
 文章による厳重注意を行ったこと、その概要をWEBに公開したことも伝えております。

—-慶應義塾の教員の方々の経歴確認ルール等は変わるのでしょうか。


徳田委員長:
 教員を公募した場合、1人のポストに100人程度の応募があることは普通です。その公募に応募した方、1人1人の経歴を確認することは膨大な作業であり、事実上できません。したがって今後とも応募してきた方の経歴を原則信頼するという「性善説モデル」は変えることができないでしょう。
 また、この件を受けて、7月4日(水)付けで政策・メディア研究科所属の特任教員に対して「職位表記における『特任』の明記について」再度告知を行い、注意を喚起しました。

疑いなきキャンパスを


 6月初頭に発覚した金正勲氏の経歴問題は今回の「厳重注意」をもって終息する模様である。
 ただ金正勲氏本人からSFCに向けてのコメントはまだなされていない。学生に向けて自分の言葉で語り、その信頼を少しでも回復して欲しい。
 都心から離れたSFCは一種の共同体で、そこで学び、研究する人間は学生と教員という違いこそあれ「仲間」である。仲間を疑わなくてはならない状況はもう2度と訪れないでほしい。