11月13日(金)、「イスラームとイスラーム圏/現代文化探究」(金4・奥田敦教授)において、「アラブ人学生歓迎プログラム」(ASP)の最終発表が行われた。2週間のASPで作成したレポートをアラブ人学生らが日本語で披露。授業参加者はアラブ人目線で語られる日本に熱心に耳を傾けた。

冒頭の挨拶を述べる奥田敦教授 冒頭の挨拶を述べる奥田敦教授

ASPとは、アラブ諸国の日本語学習者をSFCに招聘し、アラビア語を学ぶ学生のサポートのもと、日本語レポートの作成やスキット撮影をはじめ、家庭訪問や旅行などの幅広い学術交流、日本文化体験を行う取り組みだ。今年で14回目を迎える。

特色豊かな3名のアラブ人学生

「そして、共に歩もう」をテーマに掲げる今年のASP(11月1-15日)には2ヶ国から3名のアラブ人学生が参加した。それぞれ専門的な研究を行いながら、自国の大学で日本語を学んでいる。ASPでは専攻にこだわることなく自らが持つ問題意識をもとにレポートのテーマを設定する。自国と日本を比べ、イスラームの考え方にも照らしつつ、日本人チューターたちとともに日本語のレポートを作成した。

ASP2015に参加するアラブ人学生のプロフィール
名前 性別 年齢 出身 専攻 レポートテーマ
アミーナ・ナイト・アブドゥッラー・ウアリ― 女性 21 モロッコ コンピュータサイエンス/数学 協調性とチームワーク
アフマド・ラーミー・カッサール 男性 22 シリア 医学 日本人と信仰の関係
サルマー・タービー 女性 23 モロッコ 建築 自殺問題

日本とモロッコのチームワーク 〜SFC生への調査を通じて〜

自国でのチームワークにおける成功と失敗体験から、良いチームワークについて考えるようになったアミーナさん。SFC生におこなったアンケートをもとに、理想のチームワークのあり方を探った。

アミーナさんが実施したアンケートには、SFC生174名が回答。チームワークの成功と失敗それぞれの要因を聞き、各質問項目への回答の相関関係を分析した。アンケートの結果、日本人のチームワークを支えているのは「責任感」であり、そこでは「目標」が重要なキーワードとなっているという。

自身の経験を語るアミーナさん 自身の経験を語るアミーナさん

「日本人は多くの場合、小さな目標をつないで、大きな目標を達成するということに気づきました。モロッコ人の多くはムスリムなので、『天国に行く』という大きな目標は共有しています。それなのに、社会はばらばらで、人々は協力できていません。モロッコ人の共有している目標はいつも大きすぎて、それを実現するための具体的な手段を、多くの人は考えていないのではないでしょうか」

以上のように述べたあと、アミーナさんは「現実的な小さな目標を共有することによってこそ、大きな目標への道をみんなで一緒に歩める」とチームワークと目標の関係についての新たな気づきを報告した。

また、日本語の「しょうがない」という言葉は、思い通りにいかなくとも諦めて協力を続けようという、日本語特有の表現であるとし、アラビヤ語の「アルハムドゥリッラー」という言葉との共通点を見出した。しかし、後者は諦めることだけではなく大きな目標への希望も思い出させてくれるという。日本とモロッコを比較して、よりよいチームワークづくりを学んだアミーナさん。最後は「そして、共に歩もう!」と笑顔で締めくくった。

高齢者の延命治療と宗教観

親が医師で、自らも医学部で学ぶラーミーさん。日本では高齢者に対する延命治療が一般的に行われていることを知り、自国シリアとの違いに衝撃を受ける。そこで、延命治療という切り口から、日本人の宗教観について自国との比較をおこなった。

日本における延命治療の現状を話すカッサールさん 日本における延命治療の現状を話すカッサールさん

ラーミーさんは、看護医療学部を訪ね、太田喜久子教授に高齢者の延命治療についてのインタビュー調査を実施。2000年以降、それまで「死は敗北である」と考えていた医療従事者の間でQOL(クオリティ・オブ・ライフ)への理解が高まると、人間を「自然に任せ、自然に帰す」ことの重要性が認識されはじめたという。この考えに対してラーミーさんは「天命として死を受け入れるという点では、シリアの人々の考えに近い」と述べた。

また、アンケート調査の結果から、SFC生のなかには、来世を信じていなくても延命治療を望まず、死を受け入れるという人が少なからずいるということも明らかになった。来世を信じていない人ほど延命治療を希望するのではないかというラーミーさんの予想は覆った。

考察の結果、「何が患者さんにとって豊かな『生』へとつながるのか考えて実践することが、とても大切なのだと気づきました」とまとめたラーミーさん。この調査を通じて自らの宗教観を見つめなおすこともできたという。「これからは、大きな存在のことをいつも意識しながら、医師として、また一人の人間としての自分が果たすべき役割について考えていきたいです」と志を新たにした。

社会の問題に対する向き合い方 〜若者の人生観を通じて〜

最近、モロッコで若者の自殺が増えていることに問題意識を持ったサルマーさん。依然として若者の自殺率が高い日本での調査を通じて、さまざまな問題を抱える自分たちが社会とどう向き合っていくべきかを考えた。

調査にあたり、「日本の若い人たちが抱えている問題は何か」と「彼らはその問題とどのように向き合っているのか」の2つのリサーチ・クエスチョンを立てる。SFC生にアンケート調査をおこなったところ、親や友人との関係や、親からの期待と自分の考えとの摩擦など、SFC生とモロッコの若者に共通する問題が見えてきた。

最後にお礼の言葉を述べるサルマーさん 最後にお礼の言葉を述べるサルマーさん

「今の生活に満足している」と答える人が約75%いる一方で、「自分は社会を良くしていきたいし、その能力もあると思う」と考える人は、あまり多くなかったという。身近な問題に囚われて、広く社会に目を向けられないというもう一つの問題が浮かび上がった。

サルマーさんは、社会を一つの船に、そして人間をその乗組員にたとえ、「社会で何か問題が起きることは、船の底に穴が開くのと同じです。穴の近くにいる人は、船が沈まないように必死で努力するでしょう。しかし、穴から離れたところにいる人は、その問題を、自分とは関係がないと思うかもしれません。そうした人ばかりでは、世界は絶対に良くなりません。私たち一人ひとりが協力しなければ、船は必ず沈んでしまいます」と訴えた。私たちに必要なのは、日々の暮らしに幸せや感謝の気持ちを持ちつつも、社会のために自分のできることをしていくことであるとレポートをまとめた。

授業の後半 JICAモロッコ日本語教師会の講師陣が登壇

アラブ人学生3名の発表を終えた授業の後半では、JICAモロッコ日本語教師会から5名の講師が登壇。モロッコにおける日本語教育の現状と課題について、奥田教授の司会でパネルディスカッションをおこなった。

先ほど発表したアミーナさんは、同教師会の小川さん、長谷川さん、林さん(下写真・左から2、3、4番目)の生徒でもあった。その話題が出たときには、当時を思い返しながら顔を赤くする姿が印象的だった。

モロッコ駐在時の様子を語る平田紀子さん(右端) モロッコ駐在時の様子を語る平田紀子さん(右端)

帰国後 アラブ人学生から感謝のメール

アラブ人学生3名は、11月15日(日)に成田空港から帰国。その後、メールで感謝の言葉が届いた。

成田空港での見送りの様子(奥田研より提供) 成田空港での見送りの様子(奥田研より提供)

サルマーさんは、これからさらに日本との新しい関係が始まることへの期待をふくらませ、ラーミーさんは「ASPでの経験をまわりの人たちにできるだけ伝えたい。伝えることが大きな一歩になると思う」と意欲をにじませる。

「まるで家族のような温かい関係を築けた」

プログラムを終えて、ASP実行委員会の井川英利奈さん(総3)は「今年は招聘者・実行委員ともに一人ひとりの距離が近く、まるで家族のような温かい関係をじっくり築くことができた」と笑顔を見せた。

全体統括を務める奥田教授は「すばらしい招聘学生と実行委員に恵まれ、ASPというプログラムが、また一回り大きく成長する2週間になった。アルハムドゥリッラー。」と振り返った。

日本人にとって「アラブ」というと、連日のように世界のメディアを騒がせている暴力的な事件の印象が強いかもしれない。そうしたごく一面的なアラブ像を乗り越えて、ともに歩む道を私たちも探していこう。

関連ページ

関連記事