▼はじめに――企画説明
  SFC RINGとは、SFCの中で、主に学外活動やサークル活動などに熱心であり、功績を残している人を取り上げるという企画です。SFC CLIPでは、これで「Project CLIP」というSERIES企画の中で、SFC内で行われている研究について取り上げてきました。そういった企画などで学内の研究活動についての情報に触れる機会はあっても、友人でもない限り、同じキャンパスで学んでいる人が大学以外で何をしているのか、何を頑張っているのかわからない。自分と同じように大学に通う人が、実はこんな風に才能を生かした活動を行っているということを知ることによって、たくさんのSFC生が「自分も頑張りたいと思って欲しい」――そんな目的が、SFC RINGにはあります。楽しんで読んで頂けると幸いです。

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▼「SFCは、そのブランド性をあまり利用しない方がいいと思う」
 第1回のSFC RINGでは、環境情報学部1年の家本賢太郎さんにお話を伺った。中学校入学後に脳腫瘍により車椅子生活となりながら15歳でレンタルサーバ会社「クララオンライン」を設立、大検を受け、2001年度秋にAO入試でSF Cに入学した。現在体は奇跡といわれる回復を遂げ、その激動の19年間を綴った著作を2001年12月に出版。(「僕が15で社長になった理由(わけ)」、ソフトバンクパブリッシング社)SFC AWARDを受賞するに至った。
 今回のインタビューでは、主に本の締めくくりの 部分に書いてあったSFC入学の目的などについて質問をおこなった。
▼「本当は、本でカットされた部分が書きたかった」
 ――SFCAWARD受賞おめでとうございます。二十歳という年齢で自伝を出すというのは、特異なことですよね。
 正確には書いたときは19歳だったんですよ。今まで出版社から(自伝の)オファーがあっても断り続けてきていていました。というのは今まで会社つぶしかけた話などはずっと内緒にしてきて、成功談だけが世の中に伝わってきていたんですね。だからみんな彼らは成功談だけを期待して依頼してくるんですよ。でも本当は失敗談が山ほど
 あって、それを考えると自伝なんてまともにかけないと思うわけじゃないですか、隠せばうそつくことになってしまうから。ただ、10代ぎりぎりの19歳になってから、10代のうちではないと伝えられるものも伝えられないかもしれないと思って、慌てて19才の5月位から慌てて書き始めて、半年くらいで頑張って書き終えました。
            
 ――本が出版された今になって、何か伝えたいことはありますか?
 実は、僕はこの本の最後2章に、自分のいろんな主張を書いていたんです。要は、自分自身がこの先どんなことをやりたいかとか、社会にどういうことを感じているとか、それを自分に照らし合わせて書いたんですけど、出版社の方に「難しすぎる」といわれて、ばっさりと切られてしまったんです。
 ――具体的には、どういう事を書かれていたのですか?
 僕は何のために勉強し、何のため生き、何のために仕事するなど、なんかそんなことをたくさんその削られてしまった部分には書いたんです。米倉誠一郎(一橋大学教授日本の省エネルギー技術の経営史およびゲーム産業の生成について、イノベーションを中心とした戦略と組織の観点から研究中)という方に出会って、それまで僕は勉強というものに否定的だったんですね。でも実は何かを学ぶ中で、自分の知らない面に気づいたり、あるいは自分を謙虚にさせたりすることが出来るんじゃないかと思ったんですよ。それがSFCに入ったきっかけであるとか・・・。でも結局それは、かなり難しいことを書いてしまった為に、かなり切られてしまいました。原稿は僕の机の中に眠っているといった感じですね。
 ――やはりそちらの方がメインだったわけですか?
 そうですね、本当はこっちの方が書きたかった。「僕が15で社長になった理由(わけ)」というのは、僕が今まで何をしてだかというだけの話なので、そこには僕の個人的な主張というのは、そんなに書いてあるわけじゃないから。この本で100パーセント物事伝えられたっていうと、実は50パーセントにも満たないくらいかもしれない。  
▼「対等に議論ができるか、不安だった」
 ――数ある大学の中で、SFCを選ばれた理由は何ですか?
 ただ大学に行きたいのではなく、勉強をしたかったので、「ここだったら行ってみたい」と思うのが、唯一SFCでした。自分の会社にSFCに通っている人間が多いのと、キャンパスの話を聞いていたので、そこで刺激を受けたというのがありましたね。
 また、SFC以外の大学に入れてもらえる自信がなかったというのもあります。大学に入ってからも苦労しているんだけど、僕はいわゆる一般的な基礎学力っていうのは、本当に小学校レベルなんですよ。中高の間の積み立てが一切ないので、自分の専門的な分野であれば、表面的であればどれだけでも議論できるんだけれど、ちょっと突っ込んで幅広い議論をしようと思うと、 どんどんボロが出てしまう。
 SFCというキャンパスの中で、ただ講義を聴くというのは耐えられなかったから、いろんな形で参加をしたいと思ってSFCを選んでいるんだけど、自分が果たして対等に議論ができるんだろうか、と思っていて、不安で仕方が無かったりもしました。
 ――AOで受験されていますが、AO入試自体どのようにおもわれますか?
 試験形式としてはいいと思います。ただ、一言では言いにくい。AO自体、変わった人材が来るということは面白いかもしれないけど、ただ単純に過去の経歴や自分自身をどう評価するということだけじゃない気がします。(試験の)準備を始めてから「これで落とされたら仕方ない」「落としてみれるなら落としてみろ」と思ってはいましたが、僕を入れるということは、基礎学力の全く無い人間を入れるということで、大学全体のレベルを若干下げてしまうかもしれないし、やっぱり授業についていけないことも当然ありますからね。自分自身だからこそ、逆にそう感じています。難しい。
 ――面接は、どんな雰囲気でしたか?
 
 面接なんかコテンパンでしたよ。面接官が中村修さんで知り合いだったんですが、面接にはそんなことは知らずに行って。仕事で出入りしていたので知り合いだったんですが、(仕事の知り合いには)みんな普通に厳しくいわれているんでね、君はSFCに来るべきじゃないとか。
 大体僕は、よく考えてみれば面接と言うものを受けたことがないんです。しかもそれを、面接の会場に入るまで忘れていた。自分が誰かを面接したことは山ほどあったけれども、面接されたことはなくて、ドアを開けてからどうしていいかわからなかったんですね。どうやっていすにすわったらいいんだろうとか、あまりにも緊張して。座ってもかまいませんかというのと同時にはすでに座っていて、ほとんど自分は一人でまくし立てていて、早送りモード過ぎるといわれたり。(笑)
 ――その面接の中で、本の最後の方に研究したいと書かれていた「インター ネットと教育」がやりたいとおっしゃったんですか?
 今テレビの仕事(番組キャスター・審議、経営のアドバイザーの3つ)をやっている中で、日本のテレビがまだいかに凝り固まっているか、そして、実は自分たちはそういうものに非常にコントロールされているという、現実を見てしまった。例えばテレビやニュースで仕事をしていて、明らかにこの映像見たら事実と違うことを受け止めてしまうんじゃないかということが山ほどあるんですね。そんなニュースが一日に何本もある。でも、テレビカメラの前に真実があるかどうかを見極める能力を日本人が持っているのかどうかって、すごく疑問だと思う。
 それから、メディアリテラシーというので、日本のコンピュータ教育とアメリカのコンピュータ教育の比較というのにものすごい関心があります。日本のコンピュータ教育みたいに外側から入る、いわゆる機械の操作から教えるのか、そうではなくインターネットになるとこういう風に情報が扱われるから危険であるとか、自分たちでどういう風に情報を守るのかっていうところから入るのかというのは、僕はすごく関心持っているんですね。
 僕は、コンピュータを並べて操作を教えるのは子供たちは賢いから教えなくても勝手にやると思っています。むしろ重要なのは、モラルの意識。例えばインターネットの仕事をしていると、大体月に10件くらいインターネット犯罪の捜査に協力するんですね。で、半分くらい被疑者が10代から20代なんですよ。不正アクセス、誹謗中傷系、詐欺というのはほとんどが10代。というのは、技術もテクニックもあっても、インターネットで何をしていいの、なにをしちゃいけないのかというモラルの意識がない。だから簡単に犯罪に走っちゃうわけですね。やっぱりそこが日本の教育に欠けていて、教科書にもそういうことが触れられていないし、実際に教える人もいない。で、 このサイクルがこの先何年も続いてしまうということに、すごく疑問をもっているんです。このままでは、インターネットを使うことは出来てもモラルを持たずに使い始める人が増える。それを危機に感じていて、その頭をもっといいほうに使えばいいのにと思います。これから先4年間、5年間の勉強の中で、やろうと思っていることはそれだけですね。近未来の日本のコンピュータ教育のあり方に提言を作ってみたくて、だから今そういうことの 取材も、自分個人で続けていています。
▼RING恒例の質問
 ――注目のSFC人というのはいますか?
 注目のSFCの人…まだ、僕はSFCの中の人がわからないのですが…でも、僕は村井純さんにはあこがれてここに来ているので、あの人がしゃべっていることはもっともっとたくさん聞きたいなって思ってますね。あと、面白い友人で錦見輔というのがいます。彼が高校3年の頃、講演で出会って以来の知り合いです。
 ――では最後にSFC生へ一言お願いします。
 これは、厳しめかもしれないけど、入ってからSFCっていうブランドがあるような感じを受けてしまったんですね。結局僕はSFCというのが実態と離れたブランドになることをすごく悲しく思っていて、でも外に出てみると、それ(実態と離れた部分)が外側の殻になってしまっていて、それで評価を受けようとする人がいる。確かにそれが楽ですが、本来そういうものじゃなくて、 そこの中に詰まっている知恵だとか情報であったりとか、そういうもので評価をされるべきであると思います。どちらかというと先にSFCという名前が出てから、それで人は評価してしまうんですが、そうではなくて会話をして、こいつは面白いと思われたあと、「で、どこにいるの?」と聞かれた後に「SFCです」と言えるようなものが出てこないと。
 SFCが、今見えているその浅はかな形で社会と接点を持つのはすごくもったいないと思います。もっともっと深いところで社会との接点を持てる方が、力が出ると思う。だからそのブランド性をあまり利用しない方がいいと思いますね。
 収録:3月26日@東京ステーションホテル