SFCの建築分野を代表する坂茂環境情報学部教授と三宅理一政策・メディア研究科教授をトップに走り出した壮大なプロジェクトがある。SFC CLIPでもたびたび取り上げてきた、東京にデザイン・ミュージアムをつくるというあの構想が、今年、新たな展開を見せているのだ。舞台は秋葉原。今回はどのような仕掛けを考えているのだろうか? そして、デザイン・ミュージアム構想はどこへ向かうのだろうか? 「D-秋葉原」実行委員会代表の三宅理一教授に聞いた。

三宅教授と脇田研究会による「アキバ犬」
–ついに始動した「D-秋葉原テンポラリー」(編注:https://sfcclip.net/news2005091606)ですが、そもそもどうして廃校をミュージアムにしようとお考えになったのですか?
 「D-秋葉原」構想は3つのミュージアムから成っています。来年完成予定の「デザイン・ミュージアム秋葉原」(仮称)、「D-モバイルミュージアム」(仮称)、そして現在、旧千代田区立練成中学校で開催中の「D-秋葉原テンポラリー」です。「D-秋葉原テンポラリー」は、基本的に空きビルなどの空き施設を利用して展開する予定です。
 なぜ空き施設を利用するかというと、今後進むだろうと言われている人口減少社会では空き家や空きビルが日本の大きな社会問題になるからです。特に、秋葉原のあたりには空きビルがたくさんありますので、空いた施設をコンバージョンする(用途を変更して使う)試験的なエリアになっているのです。
 そこで、我々がミュージアムを設置するにあたって、十分なスペースを確保できる空き施設がないか千代田区に相談したところ、この廃校を紹介していただいた、という経緯です。

「デザイン・ミュージアム秋葉原」(仮称)が入る予定のビル
–秋葉原という個性的な地域とどのように連携するおつもりですか?
 ひと言に「地域」と言っても、さまざまなコミュニティがあります。秋葉原の場合、電気街があり、町内会があり、商店街があります。彼らと連携をとることが「地域密着」ということです。
 私たちの構想は、デザインで秋葉原という世界ブランドを作ることを目指しています。秋葉原という名前はすでに世界で知られていますが、秋葉原発のデザインをいろいろな形で世界に発信することが可能だと思います。そうすれば、この地域の産業にとって、非常に大きな活性化になるし、住民の方にとっては、ミュージアムとして空き施設を安定して使ってもらえるというメリットがあります。
 というのも、通常、空き施設は地域にとってあまり良い効果をもたらさないんですね。たとえば1つの空きビルがあると、一般的には、それをマンションに立て替えます。そして秋葉原のように土地が狭ければ、ペンシルビルになる。ペンシルビルに多いワンルームマンションというのは、それぞれの部屋が投資目的で売られます。そうすると、およそ20年でその建物はぼろぼろになってしまいます。つまり、立て替えた直後はともかく、長期的な視野から見れば、空き施設のマンション化は街を醜くするのです。
 空き施設を利用することのメリットにはもう一つ、最近目立ってきている風俗系の店舗の拡大を防ぐ効果が考えられます。秋葉原はオタクの街と言われますが、実は風俗系もかなり入ってきてしまっています。放置した場合、10年から20年後には歌舞伎町のようになってしまうかもしれません。
–地域の住民の方々としても、できれば文化的な目的で空き施設を利用してほしいと願っているのですね。
 そうですね。しかし、街の全貌は誰にも見えていません。誰かがグランドデザインを計画して動かしているわけではないのです。日本の多くの街がそうであるように、秋葉原にもいろいろな資本がバラバラに流れ込み、それらが集まって大きな流れができています。
–その中で「D-秋葉原」構想は、かなり明確なビジョンを持っていますね。
 そうです。デザインの分野で、秋葉原という国際的なブランドをつくることを目指します。
–「D-秋葉原テンポラリー」がオープンしてからの周囲の反応はどのようなものです
か?
 さまざまですね。「何をやっているんだ?」と思っているらしい人が実際にはかなりいるでしょう。先日、私の研究室の学生がアキバ犬を連れて、秋葉原の歩行者天国を歩き回りましたが、そのときはかなり反応がありました。特に外国人の方が「なんだこれは?!」という感じで手に取ってくれたようです。

「D-秋葉原テンポラリー」で展示されている「アキバ犬」
–では、少しずつ注目されるのでしょうね。
 アキバ犬は雑誌やテレビで取り上げられる予定です。一年後には、「トロイのドッグ」と言われるくらいに巨大なものに進化しますよ(笑)。今は張りぼてですが、次は電子的なデバイスを入れる予定です。
–なるほど。ところで、2003年のSFC Open Research Forumで「東京デザインミュージアム構想」が発表されました。当時はお台場がミュージアム設置の候補地として挙がっていましたが、なぜ秋葉原にミュージアムを設置することになったのですか?
 「東京デザインミュージアム構想」は「D-秋葉原」も含まれる、非常に大きな構想なんです。中心になっている坂茂環境情報学部教授は今、ニューヨークに仮説の美術館をつくっています。そして、「D-秋葉原」に関しては昨年、秋葉原再開発協議会から依頼があったものなのです。
–秋葉原からアプローチがあったということですか?
 ええ。我々の考えるデザインミュージアムはどこにあってもいいんです。ノマディックなミュージアムです。
— 「東京デザインミュージアム構想」を進めるSFC研究所の一機関「デザイン・ミュージアム・ファクトリー」コンソーシアムとしての教育と研究の面での役割を教えてください。
 ミュージアムというのは単に建物をつくることではありません。ミュージアムのなかにあるコンテンツが重要なのです。デザインに関わるプロダクトを相対的に見て、それらを歴史的にどう位置づけるか、そしてアーカイブをどのようにつくるのか、さらにそれをどのようにして再生産(リプロダクション)するのかを考えなければならない。
 しかし、全てを同時にやることはできません。たとえば我々は今、デジタルアーカイブの技術を開発しています。建築の図面やプロダクトの写真などを収集してデジタルアーカイブをつくるのです。そして、それを世の中に還元するための展覧会、書籍を企画制作し、ミュージアムの目玉となるようなプロダクト「アキバ犬」も制作しました。
–そのように総合的なことを試行錯誤しながら進めること自体が教育であり研究であるということでしょうか。
 ええ。まさに試行錯誤、実験的ですね。
–それでは、そのようにして試行錯誤してつくりあげられたノウハウなどを、秋葉原に限らず、いろいろな場所で展開するご予定なんでしょうか。
 「東京デザインミュージアム構想」のコンセプトとしてはそうですね。しかし、マンパワーは限られていますから、全てを同時に行なうことはできません。また、全体のシナリオをつくりながら進めていく、ある種の同時多発性というのも重要だと思います。
–秋葉原でもあるし、ニューヨークでもある、といった流れを今、つくっているということですね。
 ええ、そうです。ヨーロッパでもありますしね。
–SFCの学生もプロジェクトに参加できるのでしょうか。
 このプロジェクトの中心になって動いているのはSFCの学生です。SFC全体が積極的に取り組もうとしている「クリエイティブ」とは、新しいものをつくるだけじゃなくて、古いものを整理するところから始まります。たとえば「展覧会」というのは、非常にクリエイティブなものですよ。会場をデザイン、企画の整理など、かなりの手仕事を含む一連の作業を通して歴史を知り、デザインを知り、デザインをつくることができる。また、これは良いビジネスモデルにもなりますから、「どうすれば人を呼べるか」を考えるには良い場ですね。
–ミュージアムが「学びの場」になるのですね。
 「学びの場」にもなりますし、「経験」にもなるし、「インキュベーション」にもなりますね。
–学生であれば誰でも参加することはできるのですね。
 ええ。ただ、モノをつくっていくということは、かなりのハードワークですよ(笑)。それに、作業の一つ一つに答えがあるわけじゃないんです。割と、答えをすぐに求める人が多いものですから。自分で試行錯誤する覚悟がないとだめだと思いますけれどね.
–ありがとうございました。