現在もデザイナー/モデルとして活躍中の酒井景都さん(05年環卒)が、2006年5月17日にCDデビューを果たした。SFC在学中から架空の国を舞台としたアパレルブランド「COLKINIKHA(コルキニカ)」を立ち上げていた酒井さん。その創作の原動力を聞いた。

架空の国を舞台としたアパレルブランド「COLKINIKHA(コルキニカ)」をSFC在学中に立ち上げ、現在もデザイナー/モデルとして活躍中の酒井景都さん(05年環卒)が、2006年5月17日にCDデビューを果たした。音楽レーベルcontemodeの主催である中田ヤスタカさんとのコラボレーションユニット「COLTEMONIKHA(コルテモニカ)」としてのデビューだ。
中田さんは、音楽ユニットcapsuleのプロデューザーなどとして知られ、「ボーカル以外」を手がけるプロデューサー・DJ等として幅広く活躍中の人物である。
今回は、酒井さんに、中田さんとの音楽活動や、SFCでの体験についてお話を聞いた。

【創作の原動力–コルキニカとコルテモニカ】
まず、景都さんのブランド、メイドインコルキニカについて教えてください。
大学1年の時、つまり2001年ころから組み立て始めて、リリースしたのが2002年から。全体のコンセプトは当初からずっと変わっていません。ロシアの近くに小さな島国があって、そこはロシアから独立した国という設定。森と湖がいっぱいあって、人間はもちろん、動物もたくさんいる。その国の住人が着ている服というのがコンセプトです。
想像していること、イメージしていることを実際に作っていく原動力は何なのでしょうか?
多分、単純に楽しいからだと思うんです。今回いっしょに仕事をした中田くんと私はそういうところがよく似ていて。中田くんも、凄く強いイメージを持っていて、「コンテモードはこういう存在」「コルキニカはこういう国」というイメージが、コンセプトとしてあるんです。
想像していることがそのまま録画できる–そんなドラえもんの道具があったら、ものすごく欲しいなって思っていました。でもそれは出来ないから、フォトショップやイラストレーターでそれを具現化していかないといけない。そして、そのためには技術を身につけないといけない。
創作に関していえば、最初は、それを全部自分でやるものだと思っていました。でも、中田くんと今回、50%+50%(フィフティ・フィフティ)で仕事をして、作り手は自分に限らなくても大丈夫なんだなって感じて。全部自分でなくても、具現化を依頼するときのバランスやイメージをはっきりさせておけば、コンセプトをしっかり持ってイメージを忘れなければ、誰かの手に委ねても大丈夫なんだと最近気づきました。
最近は、自分で手を動かすことだけじゃなく、代わりにいろんな人と打ち合わせをすることも増えています。服なら、「ここはギャザーをもう少し多く」とか、「ボタンはもっと小さく増やす」とか話し合って。中田くんとの音楽についてなら、「星を散りばめて」とか(笑)=高音を足す。
原動力は…なんなんでしょう。伝えたいというのは、頭の中の映像を見せたい、見たいということで。それをそのまま録画・再生することは出来ないから、なにかの破片として、人々の生活の中に散りばめられないかな、と思うんです。出来るだけ手に届く形のほうが、多くの人に手にとってもらえるからいいな、と。絵を描くよりも洋服として散りばめるほうが面白いから、一番最初に洋服を手がけたんです。コルテモニカという名前でCDを出したのは、さらに生産的なものだから。
次はコルキニカを舞台にした絵本を書こうと思っているんです。ラフだけ書いているので、これから始まる展示会の合間を縫って、機会をみてリリースしたいと思っています。
自分の抱いているイメージを人々の生活に散りばめたい、という欲求はどこから来ているのでしょうか?
うーん、欲求がどこから来ているのかは分からないけれど、単に、「自分が一番得意なことはこれだ」と、どこかで確信したのだと思います。たぶん、コルキニカじゃなかったとしても、何かしらクリエイティブな仕事に就いていたと思います。企業に入っていても、軌道に乗ったら、コルキニカみたいなことをしていたでしょうし。
作る作品に共通した、伝えたいメッセージは何なのでしょう?
絵本のような、物語性とかノスタルジーとか、そういうものかな。例えばグリーティングカードを作ってくださいと言われても、私はどこかにストーリーを落とし込むと思いますし。どこかに、その時間軸を読み取る想像の余地が、共通のメッセージになっていると思います。
【音楽活動の経緯–SFC時代】
普段は、どんな音楽を聴かれてらっしゃるんですか?
(部屋で流れている、hiphopを指して)こんな感じの曲です(笑)
いろんな人が事務所に来て、持っているCDの曲をiPodに入れていくんです。だからiPodにはブルーハーツからブルーハーブまで入っていて(笑)。自分ではあまりCDは買わないです。
前から音楽活動をしたいと考えていたのですか?
思っていました。今まで、中田くん以外にも何度かCDを作る話は持ちかけられていて。でも、タイミングが合わなくて。それで、結局中田くんと一緒にCDを出したのが、一番最初の活動になりました。なんとなく、いつかやろうと思っていたから、もし中田くんと逢わなくても音楽活動はしていたかもしれないです。
あと、SFCの先輩と、毎週火曜日に曲を録音していた時期がありました。5,6曲録りためてあって、互いに卒業したからそこで止まってしまっているんだけれど。そういうのも、いつか何らかの形で出していきたいと思ってます。
音楽は今までいろんな人と一緒にやっていました。高校のときも文化祭に向けてやっていましたし。実は、作りためた曲は120曲くらいあったんです。実際にデータとなって残っているのは15曲くらいかな。
これからも、自分のタイミングさえ合えば、いろんな人とコラボレーションしていきたいと思っています。普段充電しているもの、というか、毎日インプットしているものを、自分の中の倉庫にしまっておいて、出すチャンスが来た時に出す、という感じで。
SFCでの経験の中で、今に生きている事や、SFCに通っていて良かったということはありますか?
コルキニカのホームページを制作してくれたのは、SFC出身の人なんです。
さっき言った、音楽を一緒に録音していた人と同一人物なんですけど。その彼とは今でも頻繁に連絡を取っていて、ホームページの更新もしてもらっています。彼は、シンプルなものや気の利いたものを作る人です。私が花を作ったら、彼が花瓶を作るといったような。凄くバランスが取れているんですよ。通じ合える人ですね。そういう人に出会ったことも大きいです。
あと、コンセプトをしっかりと創るということ。私は、洋服をひとつのメディアと考えています。既存しないコンセプト作りとか、新しいメディアを作るということは、SFCで学んだことだと思います。
とにかく、学校は楽しかったです。週3回くらい行っていて、何もせずに帰る日もありました。たとえば授業に行く途中に誰かに会って、そのまま話し込んでいたらもう授業が終わってしまっていたりとか、鴨池でピクニックしたりとか(笑)。
どんな授業・研究会を履修していたのですか?
吉田浩之先生の研究会。(通称)キピンガ先生が面白いという理由で入っていました。
オメガでキピンガ先生の授業を聞いて、友達と「あの先生すごくsexyだよね」と話したりして(笑)あとはもう一つ、福田研に入っていました。
授業だと、表現方法論(佐藤雅彦環境情報学部特別招聘教授担当)をとっていました。創り方を作る、というのが凄く面白くって。デザ言も、AからJまで、ほぼ全部とりましたね。永原先生の、本の装丁をデザインする授業とか。あと、タイポグラフィーの授業も。
あとは、プログラミング入門のfor macをとりました。グラフィックをしたり、AppleScriptを書いたりという授業で。
その時に、私は着せ替え人形のスクリプトを作ったんです。それを、当時のコルキニカのホームページに「fitting room(試着室)」として置きました。web上ですから、実際は試着できないじゃないですか。でも、服をクリックすると、女の子が服を着られるように作って。実際は、イラストだから良くわからないんですけど、要素としては面白いかなと思って。
それを佐藤雅彦先生に見ていただいたら、「ドラッグじゃなくてクリックなのがいいね」と言っていただいて。そこがいい! と言って、そこばかり褒めていただきました(笑)
【中田氏との出逢い–50%+50%の共同作業】
中田氏と知り合ったきっかけは?
中田くんのお知り合いの方が、私の取材にカメラマンとしていらしたことがあって。その後、その方を通して連絡があったんです。でも、中田くんとは一度も会ったことがなかったし、当時は正体も不明(笑)、全然乗り気じゃなかったんです。でも実際に会って、capsuleというユニットをやっていると聞いて、「あ、何曲か知ってます」という感じになって。
そこから、「ファッションショーで僕の曲を使ってくれたらいいのにな」とか、逆に「capsuleの衣装を手がけてくれないか」という会話になって。そこで、「何かしらの形でコラボレーションしましょう」という、漠然とした形で話がまとまったんです。それで、その後、一緒に曲を作りましょうという連絡があったんです。
彼は、私が歌を唄えるかどうかさえ知らなくて、私がもともと曲を作っていたことも知らないはずだったのに、でも「とにかくやってみよう」という感じで始まりました。
作り始めると、たとえば「負けないで」とか「頑張れ」とか、言葉に凄くメッセージ性がある歌詞は、自分たちが作りたいものとは違う、という話になりました。中田くんも私も、文章としての歌詞とか、メッセージ性は重要だと思ってないんです。声も、イメージを作るための楽器の一部くらいに捉えています。だから、言葉がちゃんと聞き取れないというようなことはあまり問題だと思っていません。
中田くんと私の曲作りは、イメージ先行型。コンセプト立てを先にして、その中で歌を作ろう、という。コンセプト立てしたコルテモニカのイメージは、ラグジュアリーなんだけど、フェイクなラグジュアリー。毛皮だったらフェイクファーのような。そして、ちょっと寒い国のイメージ。たとえばその曲を冷たい感じにしたかったら、音にあわせて「アイスクリーム」って言ったら、イメージが浮かぶんじゃないかって。そういう風に組み立てていくんです。アイスクリーム、リップクリームって言うように、その言葉自体に意味がなくても、なんとなくイメージが出てくる。言葉の選び方と音の選び方で、雰囲気が出てくる。
一番最初にコンセプトを確認したら、あとは話し合いなどはせずに、50%+50%の完全分担作業。中田くんが曲を作ったら、たいていmixiでメールが来て(笑)。まだ声が入っていない曲がアップされているから、それを聴きながら、Wordか紙に、歌詞を書いていきます。1,2回聴けばイメージが出来上がるから、あとは歌詞を埋めていく感じで。
だいたい曲がアップされた次の日がレコーディングなので、凄いハードスケジュールでした。
一番最後にレコーディングしたのは『アリクイワルツ』なんですが、夜中に曲を受け取って、マネージャーさんからも「リリース日が決まっているので、今日中に作らないとやばいです。」と言われてしまって。
これは、「みんなのうた」でも流せるような、綺麗な歌詞にしようと思って書きました。童謡と言っても通じるくらいにしよう、と。
で、いい歌詞が出来たな、と思っていたんですが、レコーディングに自分が書いた歌詞カードを持って行くのを忘れてしまって、覚えている限りで歌ったらちょっと違う歌詞になってしまったんだけど(笑)
でも、中田くんは「そこの歌詞を変えて」とは言わないし、私も彼が作った曲に対して「ここを変えて」とは言わないんです。「もっと星をちりばめて」とかは言うんですけど。そういうビジュアル的な会話で、だいたい伝わるんです。「星を散りばめて」というと、ちゃんとキラキラした高音が入っていたりしますし。
お互いの役割分担をしていて、私は中田くんの音を聴いて、そこから湧くイメージで歌詞を書いています。
そういう作業には、実験的な楽しみもあったのでしょうか。
中田くんも私も気が合って、ご飯を一緒に食べに行ったり、飲みに行ったりすると話が止まらなくなる。一緒に話しているうちに、どんどんテンションが上がって、話が盛り上がってありえないくらい妄想的な話になって(笑)盛り上がりすぎて、最初何の話題を話していたか忘れてしまうくらい。
そうやって盛り上がっていく中で、英語が日本語みたいに聞こえたら面白くない? という話になったりたんです。たとえば、「そらとぶひかり」なら、so a lot of…で「そらとぶ」じゃない? と話して。じゃあ「ひかり」に合う英語は何かあるかな、heat curry…かな、となって、so a lot of heat curryで、どういう意味になる? …すごい沢山の辛いカレー? (笑)という風になって。
多分そんな会話は中田くんも忘れていたと思うんだけど、何ヶ月か経ってから、私がそれを煮詰めていって歌詞を作ったんです。そうしたら、中田くんは「あ、すげー! すげー! 」って言っていました(笑)
彼はとにかく感情をよく表す人で、レコーディングの時にみかんをお土産に持っていったら、「わーーいわーいわーいみかんだぁ!! 」って言っていて(笑)一見クールそうですが、可愛い人ですね。
曲の中で歌ってらっしゃる声がかわいらしいですね。
普段はあんな声じゃないですよね?笑
曲ごとに声の感じが全然違いますよね。
殆どがボコーダーというものを通していて。ボコーダーというのは声にかけるエフェクトの種類で、声を地声にしたり裏声にしたりできます。ボコーダーを外した、生声の曲もあるし、自分が歌っている声を2つ重ねているものもある。加工の仕方が違うから、声が違って聞こえるというのがあるだろうし、自分でも意識して曲毎に声を変えています。
生声の曲は?
『アリクイワルツ』と『Yum yum yummy』は、生。一曲目の『fantasic fantasy』も生に近いです。『そらとぶひかり』、『communication』はボコーダーが入っていて、電子音っぽい感じになってます。
コルキニカのコンセプトがコルテモニカに流れたのでしょうか?
そうです。そもそも、そういうコンセプトで始めたんです。
中田くんは、capsuleもやりながら、以前「NAGISA COSMETIC」というユニットもやっていて。CUTiE読者モデルの、市川渚ちゃんという子のイメージから、マニキュアつきのCDを出したりしているんです。中田くんは、そういったことも実験的にやっていて。そのようなCDとしては、コルテモニカは2回目になります。
中田くんは「まず酒井景都の世界観ありき」と考えてくれていて。初めての打ち合わせの時、「紙にイメージを描いてみて」と言われたので、針葉樹林があって、湖があって、女の子や白鳥がいて、月が湖に移っていて、満天の星空があって、湖が凍っていて、というイメージを描いたら、「OKOK分かった、これで1曲作る」と言ってもらって。それで出来たのが『fantastic fantasy』。その次に出来たのが『Yum yum yummy』で、これはお菓子をイメージしたファンタジックな曲です。
その後、1年くらいブランクがあったんです。続きいつやるんだろう? って思っていました(笑)そこから中田くんの世界観がガラッと変わって、曲がフロアっぽい流れになって、「これだとコルテモニカじゃないのでは? 」という感じになってしまったので、一番最後はワルツで閉めることにしたんです。ファンタジックに始まって、ワルツで終わるから、これでサンドイッチだ、って(笑)
全部ファンタジックにしても聞きにくいから、間には踊れる曲も入れて。一貫してcapsuleと違う、コルキニカのイメージや、ファンタジックさを重要視しました。
小さいころからモデルやデザイナーとしての活動をなさっていますが、その中でも音楽デビューはどのような位置づけなのですか?
コルキニカはかなりアートに近いんです。自分の世界を100パーセントに近い形で出していく感じだから。ものすごく真剣になってものづくりに臨んでいるんです。でも、中田くんとやっている音楽は、コルキニカの一部でもあるけど、とてもラフに、楽しんでやっています。そこが、逆にいいなと思います。
コルテモニカをやっている間、一度も困ったことがなかったんですよ。私も中田くんも楽しんでやっていて。困ったことといえば、午前中のレコーディングだと、中田くんの機嫌が悪かったことくらいですね。彼は夜型の人なので(笑)
楽しんで作っているというのが、自分の中では新しいですね。今まで、モノづくりにおいては自分のことしか信頼していなかったんです。
でも、今回は、本当に初めて50%+50%のモノづくりをして、お互いがお互いを信頼していました。私は、中田くんが作る音は正解だろうと思っていたし、中田くんは私の世界観や作る歌詞・歌い方も任せてくれていて。そういうモノづくりの方法は初めてだったので、息抜きになりました。
次回作はあるのでしょうか?
多分続けていくと思います。自分の中でも何個か、次のソースになりそうなものは見つけています。「これをやったら面白いのでは」というものを、自分の中で描いているので、キリの良いときに中田くんに伝えようと思っています。
COLTEMONIKHAは、CDリリースだけでなく、様々なイベントへの参加も行っている。8月21日には、apple storeでのイベントも行われ、今後の活動にも期待したい。

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