ORF2017の初日、11月22日(水)、セッション「グローバル化時代の日本における実用的な英語」が開催された。プロジェクト英語をはじめとした科目を担う「SFC 英語セクション」主催のセッションだ。SFC内外で言語に関わるパネリストが集い、日本国内やSFCの英語教育・英語学習をテーマとしたディスカッションが行われた。全体を通して英語で進められ、来場者からコメントが寄せられるシーンも見られた。

登壇したのはパネリスト5名とモデレーター(進行役)2名の合わせて7名。

パネリスト

  • ギャリー・マクラウド 法政大学 グローバル教養学部(GIS) 助教
  • ネリダ・ランド 環境情報学部 講師(非常勤)、横浜国立大学大学院 国際社会科学府 准教授
  • 佐藤友紀子 政策・メディア研究科 博士課程・研究員
  • ステファン・ブリュックナー 政策・メディア研究科 博士課程・研究員
  • 伊藤綾香 政策・メディア研究科 博士課程

モデレーター

  • デイビッド・オドネル 環境情報学部 訪問講師 (招聘)
  • ウォルター・ワイマン 環境情報学部 訪問講師 (招聘)

英語教育学習の多様なあり方

会場に質問が映される 会場に質問が映される

まずはモデレーターであるデイビッド・オドネル環境情報学部訪問講師がセッションの概要と登壇者のプロフィールを簡単に紹介し、その後英語にまつわるアンケートが行われた。"Kahoot!"というWebサイトを通して会場のスクリーンに質問が表示され、その場の参加者がスマートフォンなどを利用して答える形式だ。「英語を話すことを楽に感じますか?」「『ミシシッピ』という単語を正しく綴れますか?」などの質問が投げかけられた。オドネル講師は、自身の英語の授業でも同様のオンラインツールを用いて双方向性を取り入れているという。

会場の雰囲気がほぐれたところで、登壇者は自己紹介を兼ねて自らの言語学習の遍歴や言語との関わりを語った。さまざまな国・地域出身の登壇者は、それぞれ異なった方言の英語で会場に語りかけた。

(左から)パネリストの佐藤さん、ブリュックナーさん、伊藤さん (左から)パネリストの佐藤さん、ブリュックナーさん、伊藤さん

英語だからこそ書けること 伊藤綾香さん

SFCの卒業生である伊藤綾香さん(2008年総卒)。英語との出会いは、英語教師である母親からだったという。SFCを卒業したのち企業での勤務を経て、アメリカに留学、国際経営学と英語教授法を学んだ経験を持つ。

現在はSFCの大学院に在籍し、英語で博士論文を執筆中だ。「日本語で書こうとすると『母語で書くからには』と細かい点まで意識してしまうから、かえって英語のほうが執筆しやすい」と、英語で表現するときの経験を述べた。

ドイツの英語教育 ステファン・ブリュックナーさん

ドイツ出身のステファン・ブリュックナーさんは、ドイツでの英語学習の状況を語ってくれた。ドイツでは一般的に初等教育の5年目から英語を学び始める。また、ドイツの大学では英語で講義を受けたり発表を行う機会も多く、学部時代をドイツで過ごしたブリュックナーさんは英語のスキルの大切さを実感したという。

ブリュックナーさんについて、モデレーターのオドネル講師は「根拠はないけれども、慶應で最強のゲームプレイヤーだと思っている」とコメント。ブリュックナーさんは現在、大学院後期博士課程に在籍し、アメリカやヨーロッパにおいて、日本のゲームがどのように受け入れられているかをテーマに、ドイツ語研究室で研究を進めている。

同じ事象を3言語を通して見つめる 佐藤友紀子さん

日本で生まれ、アメリカ・カリフォルニア州で幼少期の6年間を過ごした佐藤友紀子さん。佐藤さんが在籍していた当時のSFCでは学則で英語以外の言語を必修としており、佐藤さんはドイツ語を履修した。そして、SFCとドイツ・ハレ大学のダブル・ディグリープログラムを修了し、2つの修士号を取得。

SFCの大学院では、2011年の東日本大震災の報道が、ドイツ・日本・アメリカにおいてどのように違いがあるか研究してきた。異なる文化圏や言語では、同じできごとがどのように伝えられ、受容されるのかといったことを紐解くものだ。

(左から)モデレーターのワイマン講師とオドネル講師、パネリストのマクラウド講師、ランド講師 (左から)モデレーターのワイマン講師とオドネル講師、パネリストのマクラウド講師、ランド講師

話すことから舞台の道へ ネリダ・ランド講師

オーストラリア出身のネリダ・ランド環境情報学部講師。オーストラリアでは早期の外国語教育を行う政策が採られており、ランド講師も高校時代にはすでに日本語とイタリア語を学習していたという。

自らを聞き手であるよりは話し手(talker)であると紹介するランド講師は、演劇のキャリアも長い。第二言語である日本語で演じたこともあるという。英語の授業でも演劇を取り入れ、シェイクスピアなどを演じている。そして、学習者が間違いを恐れることなく自信を持ってインタラクションできるようになることを目指している。

英語を通して視覚芸術を教える ギャリー・マクラウド助教

イギリス出身のギャリー・マクラウド法政大学グローバル教養学部(GIS)助教は、人生の多くを写真に捧げてきた。日本では英語講師を務めたこともあり、オンラインと対面の両方で教えた経験があるという。その後、ロンドン・カレッジ・オブ・コミュニケーションから博士号を取得したのち、インドやトルコでの教育経験を経て、現在は法政大学 グローバル教養学部(GIS)で、写真をはじめとした視覚芸術を教えている。GISは、すべての科目を英語で教えるイマージョン・プログラムを実施する学部。イマージョン教育に取り組むにあたって、母語話者でない学習者に英語を教えた経験が生きているという。

「Teaching through media」 デイビッド・オドネル講師

「どうぞデイヴと呼んでください」とフレンドリーに語るのは、アメリカ・マサチューセッツ州出身のデイビッド・オドネル講師。「(音楽や映画などの)メディアを通して教えるのを好みますね」と話すオドネル講師は、SFCで教鞭を取り始めて9年が経つ。プロジェクト英語の授業では、音楽とストーリーテリング、漫画、シチュエーションコメディなど、さまざまなメディアを題材に授業を展開している。

異なる立場から日本の高等教育を見つめてきた ウォルター・ワイマン講師

この春からSFCで教壇に立っているウォルター・ワイマン環境情報学部訪問講師。自身の祖父が大正時代に日本に住んでいたことや、大衆文化への興味をきっかけとして、ミドルスクール(中学生)の頃に日本語の学習を始めたという。

SFCに着任する前は仙台大学にて非常勤で教鞭をとっており、また東北大学の職員として翻訳に携わっていた。さらに、かつて日本へ交換留学したことや、東北大学で修士課程を修めた経験もある。こうして教員・職員・学生という3つの立場から日本の高等教育の全体像を見られたのは興味深い経験だったと、ワイマン講師は語る。

学生の二極化を乗り越える英語教育の設計を

セッションの半ば話題に挙がったのは、帰国生をはじめとした高い英語能力を持つ学生と、そうでない学生の間の距離についてだ。

英語力で二極化している(?)SFC

SFCには、帰国生やインターナショナルスクールの卒業生など、英語での生活経験が豊富な学生も多く在籍している。ランド講師は、日本の学校制度のもとで高校まで過ごしてきた学生たちは、自身の英語力を帰国生たちと比べてしまい、そのギャップを感じてしまうケースを指摘。そのため、英語が得意な学生であってもあえて英語以外の言語を選択し、英語を履修しないケースがあるという。佐藤さんも自身のSFC時代を回想しつつ、「高校まででは英語を得意としていた学生が、入学後に帰国生たちとの英語力のギャップを感じて、英語以外の言語を選ぶケースがあることは確かですね」と同意した。

これは、SFCにおいて帰国生のグループとそうでない学生の間にあたかも壁が存在するように、英語運用能力によってグループが二極化(polarized)している、という指摘だ。これに関して、SFCでプロジェクト英語の授業を履修している来場者の1人からは、自身がアメリカからの帰国生であることを述べたうえで「英語力に加え、帰国生のような英語話者には独特の雰囲気があると言われ、それがギャップを生んでいるのではないか」との意見が挙がった。

二極化を乗り越える、レベル統合型アプローチ

こうした意見を踏まえて、ランド講師はかつてプロジェクト英語として「レベルZ」の授業が開講されていたことを紹介。異なる学習背景を持つ履修者が二極化しつつある現状に対して、レベル別クラスとは異なるアプローチを提案した。

SFCの英語の科目は、レベル別の「実践英語入門」と「プロジェクト英語」、一部の講義科目を言語コミュニケーション科目として履修する「コンテンツ」、休校期間中に行われる「海外研修」などから構成される。このうち、中心に位置づけられる「プロジェクト英語」は、レベルA・B・Cの科目群からなっており、原則としてTOEFLスコアによって履修できる科目が決まる仕組みだ。

これに対して当時のレベルZは、学習者の英語運用能力や、帰国生・非帰国生の別、英語での初・中等教育経験を問わず希望者が履修できる仕組みだったという。(こうしたレベル統合型の授業は現在でも「プロジェクト英語D」の名称で学則上は存在している。しかし、言語コミュニケーション科目案内にも「毎学期開講される科目ではない」と記されており、近年のプロジェクト英語においては開講されていない。)

21世紀初頭からSFCの英語教育に携わってきたランド講師は、「例えば演劇を題材にした授業などでは、(英語運用能力に関わらず)履修者皆が何かの役割を担うことができる」と述べつつ、その当時に行っていたレベルZの授業の様子を紹介した。「教師が授業設計を工夫することによって、英語レベルの異なる学生が共に学ぶ環境を実現できる」と付け加えつつ、プロジェクト型のSFCの英語教育とレベル統合の授業設計との接点を示唆した。

これを受けオドネル講師は、「レベル分けをしてしまうと、かえって『クラスメイトは同じ英語力の人たちだ』という期待を抱いてしまう」と述べ、特にレベルCのクラスにおいて、ネイティブに近いレベルの英語話者と、そうでない話者の間で交流が難しくなる理由を説明した。レベルZの授業はこうした期待を抱くことなく、さまざまな英語レベルの学生が交流し学び合う場になりうるとした。

また、プロジェクト英語では、言語活動に留まらず、テーブルゲームやコンテンツ作成を取り入れたワークショップ形式の授業が展開されている。こうした授業についてオドネル講師は「英語そのものではなく、特定の活動のなかで英語を使うことに主眼が置かれている」とし、レベルによらない学習者の交流がワークショップ形式の授業において実践されることに期待を覗かせた。

ランド講師は、ネイティブでない学生であっても、高校段階までの学習を通して驚くほど英語の知識を持ち合わせていることを指摘。すでに持っている英語の知識を活かして何かの活動を英語で行うこと、英語を使うこと("turn knowing into doing, knowing into using")へと学習者を導き、言語知識を表出できるよう教師がサポートすることの重要さを強調した。

入試が変われば教育も変わる 四技能評価型の外部試験活用

来場者との活発なやり取りが見られた 来場者との活発なやり取りが見られた

セッションでは、SFCに限らず、日本の英語教育全般についての話題も取り上げられた。来場者の1人から挙がったのは、大学入試と英語教育の関わりについてだ。日本の高校では、大学進学に向けて大学入試を意識した教科指導が行われており、それは英語科においても例外ではない。「大学入試において英語外部試験を活用する動きがある。従来の文法中心の出題からこうした入試へと変わることで、日本の生徒も学び方も変わり、『英語で実際の活動をする』のに役立つのではないか」との意見だ。

近年、大学入試の英語科目では、大学独自の入学試験に代えて、TOEFL iBTやTEAPなどの外部試験のスコアを活用する動きが広がっている。また現在「大学入試センター試験」の英語科目では言語知識と読解からなる試験とリスニングテストが実施されているが、今後センター試験の後継となる「共通テスト」では、英語の試験を段階的に外部試験に移行する方針を政府が示している。

こうした外部試験では、「読む」「聞く」といった理解力を測る試験に加え、「書く」「話す」といった表現力を測定する試験も提供している。これらの外部試験を活用することで、四技能すべてを評価に取り入れることが可能になる。「入試を意識するあまり知識偏重の教育になっている」との批判の声が聞かれて久しいが、その入試が知識評価型から四技能評価型へ変わることで、中等教育段階での英語学習に変化がもたらされることが予想される。

 異なる背景を持った人々をつなぐ英語

世界では7,000を超える言語が話されているといわれている。SFCも多言語の理念のもと、11の言語科目を提供している。その1つである英語は、異なる言語を話す人たちの共通語としての役割を担っている。

留学生を含む大部分のSFC生にとって、英語は既習言語である。しかしその学習背景は多様だ―。母語として英語と共に育ってきた人、生活の一部を英語で過ごしてきた人、学校の授業で英語を学んできた人。英語圏での生活経験がある人、国内で過ごしてきた人。

英語以外の言語を履修している人も、プロジェクト英語のクラスで、そんな異なる背景を持ったクラスメイトと交流してみてはいかがだろうか。大学生活、日々の学習と研究、そして人生をより実りあるものにしてくれるはずだ。

関連ページ