SFCにはいろいろな人がいる。という話をしたいと思う。

突然留学生に呼び出される


それは本当に突然だった。

それは木曜5限の授業を受けていたときだった。建築を専攻している留学生から「イギリスの大学の研究員と授業後話してほしい」と突然Facebookメッセージが来た。このキャンパスでよく起こる他人への無茶振りだ。どうやらその研究員は多文化共生についてリサーチしていて、それではるばるイギリスからSFCにやってきたらしい。僕にこのキャンパスのGIGAプログラムのことや多文化共生について日本人学生の目線から話してほしいということだった。

残念ながら、時間の都合で彼女には会えなかったのだが、彼女の研究テーマを聞いてこのキャンパスにいる様々な人が頭に浮かんだ。このキャンパスは単に様々な国籍の人がいるという意味以上に、多文化が共存するキャンパスであるからだ。

誇りを持って語るAVカメラマンの同級生

SFCにはいろいろな人がいる。でも、彼らに出会うチャンスはたくさんあっても、彼らがどういう人かを知るほど話すチャンスはなかなかない。それでも僕はいろいろな人に出会いたいと思っていて、よく1年生の頃はキャンパス内のよく分からない交流会にできるだけ出るようにしていた。

そこで出会った人の中で印象に残っているのは、アダルトビデオのカメラマンの同級生だった。まず僕の中で衝撃だったのは、わざわざ彼が自分がそういう人間だと名乗っていることだった。別に言う必要はないし、言うことでプラスのことよりもマイナスのことの方が多いだろう。でも彼は結構誇らしげに自分の仕事について語っていたのだった。

交流会には変わったキャリアを歩んだ人もよく来ていて、前の大学をやめてSFCに来た人がいるのはもちろん、医学部やめてSFC来た人や海外の大学をやめてSFCに来た人にも何人も会ったことがある。中にはすでに学士を他の大学で取得しているのに、もう一度SFCで学士を取ろうとする人もいた。高校を1日しか通っていないとか、高校を中退しているとか、そもそも高校に入学していない人にも会った。僕自身高校を中退しているのだが、自分と同じ境遇の人に明らかに他の場所で出会う以上に多く出会う。

食堂で話しかけたムスリムの同級生

思い出せば、僕がはじめて日本人のイスラム教徒と昼ごはんを食べたのもSFCだった。1年生の入学したばかりの時で誰も知り合いがおらず、隣に座った人にとりあえず話しかけようと思ったら、それが同じ年齢のムスリムの女の子だった。日本に10代のイスラム教徒の女子が何人いるかは分からないが、彼女がどうしてムスリムになったのか、どうしてSFCに来たのかという話は今でも僕の記憶の中に残っている(たぶん彼女は僕のことを覚えていないと思うが)。

さすがに今は食堂で隣に座っただけでは話しかけないが、授業であれ)ばよく話しかけるし、話しかけられもする。先週は日本に10年住んでいる20代後半のベトナム人の1年生に出会った。なぜか彼女は結婚したばかりで、イギリスの大学院で修士課程を修了した夫を連れてきていたが、2人がどう出会ったかは謎のままだ。

直接話すだけではなくFacebookで相手のことを知ることもあった。授業でたまたま知り合い、Facebookの交換をした先輩がいた。普段話すときは一切そういうことを言わないのだが、その先輩はアイドル活動をしていて、Facebookで自身のグループのCDの宣伝をしていた。SFCにはテレビに出ているようなアイドルから地下アイドルまでいろんなアイドルがいる。そういう人たちはたぶんいろいろなものを見てきたのだろう。僕の知らない「文化」の中で。

1年生の時ある授業で一緒になった人はFacebook上で自身のパーティービジネスの宣伝をしていた。その話をリアルで訊くといろいろ教えてくれて、彼とどうやって利益を出すのかという生々しい話をしたのが懐かしい。

「SFCは思ったよりつまらない」のか

「SFCは思ったよりつまらない」という声を僕は入学当時良く聞いた。彼らはこのキャンパスには普通の人しかいないとよく言ったものだった。けれども、それは彼らがキャンパスで他者と語り合っていないからだ。

キャンパスの中でいろいろな人と話すのにおすすめなのは体育の授業だ。例えばウォーキングプログラム。少なくとも先学期において、この授業では誰かと話しながら歩くことが義務づけられていた。誰かと話しながら歩くことが適度な有酸素運動につながるらしい。

そこでは本当にいろいろな人に出会った。履修者はたいていただの体育できなさそうな人なのだけど、話をしてみると実は関東の大学生No.1の女流棋士だったりするし、大手電機メーカーから依頼を受けることも多いという100万PVを誇るITライターだったりする。
 
(ちなみに関東の大学生No.1女流棋士とはよく授業で一緒になったので話していたが、将棋の話を彼女は一切せず、彼女がそういう人だと僕が知ったのは授業中ではなくネットサーフィン中である。その後の授業でそれを指摘してから、将棋の話をしてくれるようになった。なかなか謙虚な人である。)

こういう多様性は数値に現れることもないし、大学ランキングに反映されることもない。だから簡単には見えない。逆に言うと、その多様性を感じるのはそのキャンパスに生身にいる人間の特権なのだ。その楽しみを知らずにキャンパスをつまらないと決めつけるのはとてももったいないと僕は思ってしまう。

多様性溢れるSFCの文化とは

ここまでいろんな人のことを書いてきたが、今回はあえて文章にしても大丈夫だろうと思われる人をピックアップして書いた。本当は急に叫び出してピアノで前衛的音楽を演奏する人やバス停の横でゲリラ的に髪のカットをする人のことも書きたいのだが、僕の文章力では彼らを文字できちんと表現しきれない気がするのでやめておく。

ところで、冒頭でイギリスの研究者の話を出したが、そういえばSFCにはオックスフォードで博士号を取った先生がいる。今年度SFCに赴任した琴坂将広准教授だ。水曜日の1限と2限、僕は琴坂さんの国際企業論の授業を受けていた。その授業で「文化」とは何かという話が出た。文化の多くの側面は表層的な行動の背景に埋没しているものだと。

そんな中、あの授業の公式ハッシュタグでTwitter検索をかけると、こんなツイートが出現する。


この「SFCの文化」という言葉はなかなか興味深い。慶應の文化でも、それぞれの研究室の文化でもなく、「SFCの文化」なのだ。

僕はかつて日吉キャンパスに通っている中国人の彼女をSFCに連れてきたことがある。彼女が言ったのは「ここは同じ大学と思えないどころか、同じ国の大学と思えない」と。彼女はカルチャーショックを受けたのだ。確かにSFCには本当にいろいろな人がいて、彼らはそれぞれ違うバックグラウンドを持っている。多文化が共存していると言えるだろう。けれども、そういう他とは違う一つの「SFCらしさ」が語られるように、僕らは違う文化を持ちながらも何か同じ文化を共有しているのではないか。

SFCにはいろいろな人がいる。そしてその一人一人がこの空間の文化を創り上げることができる。そう思うと、このキャンパスはもっと面白く見えてくると僕は信じている。