(無題)

あれから一年。僕がSFCを受験した時は暗い曇天模様でした。今回は「環境情報学部の入試問題を解いてみた」と題し、ちょうど一年前に取り組んだSFCの受験問題にもう一度アタックしてみました。

問一

あなたが印象的な関わりを持った生活用品とそれを通じた体験について(500字+図)

(無題)

私は、印象的な関わりを持った生活用品として、草刈鎌を取り上げたい。小学校の頃、農業体験をした経験をふまえたうえで、以下草刈鎌について述べる。
 小学生の時、私は授業の一環として農業体験をしたことがあった。近所の農家に出向き、稲刈りの手伝いをするというものである。そのとき使用した草刈鎌は棒に刃のついた、いわゆる普通の草刈鎌であったが、それまで草刈鎌を使用したことのなかった私は、稲を上手く刈ることができないばかりか、すぐに腰を痛めてしまった。
 つまり、草刈鎌は極めて単純な構造で、機能と見た目が一貫しているにも関わらず、使いこなすには慣れが必要な道具なのだ。また草刈鎌は、取っ手と刃という2つのパーツで、使う人の動きを「腰を曲げて草を刈る」というように規定するため、身体感覚に密着した物でもある。
 草刈鎌の、「どこをどう使うのか」が明確で、老若男女誰でも使い方を理解する事ができるが、実際に使用するためには慣れを必要とするという特質。そして、現代において専門性の高い道具になったがゆえに、昔からの形をそのまま引き継いでおり、刷新が行われていないという事実。この二つの事柄が私の印象に残った点であった。(496文字)

問二

あなたがその生活用品の開発にたずさわるとしたらどのように作るか(700字+図)

(無題)

私は、草刈鎌を開発するにあたり考慮すべき点は主に三つあると考える。まず、「身体感覚と密着していること」。身体の動きがそのまま「草を刈る」という現象につながっていなければ、道具の扱いが安定しない。第二に「扱いが容易なこと」。問一で挙げたような従来の草刈鎌の問題点を解決するために、身体に無理のない物を考えるべきだ。第三に「どのように使うのかが明確であること」。たとえ草刈鎌を知らない人でも、物を見てすぐにこれは草を刈るものだと認識できねばならない。安全性の観点からもこの点は重要である。この三点に加えて、「草を刈る」という動作の質を向上させることを考えてゆく。
 さて、クラウス・クリッペンドルフによれば、「デザインとは物に意味を与えること」である。私はこの言葉を、人と人工物との相互作用によって生まれる意味を考えて、利用する人がどのように利用していくのがベストなのかを追求すべきだというように解釈した。
 これを草刈鎌の開発にあてはめてみる。すなわち、「草を刈る」ために必要な動作を抽出、それに合わせたデザインをしていくことで、草刈鎌を使用する人がより快適に動作を行えるようにする。そのうえで、私が特に着目したのが「柄を掴み」「刃をひいて」「草を刈る」という動作の流れである。
 この動作をよりよいものにしようとしたのが、図の草刈鎌である。腕に装着する形をとることで、使いこなすために慣れが必要という従来の草刈鎌のもつ問題点を解決しつつ、どこをどう掴んで草を刈ればよいのかを見た目から明確に判断できるようにした。また、身体感覚との誤差を減らすということも考慮し、腕の延長であるかのような使い心地を目指した。(700文字)

(無題)

解説

「生活用品のデザインについて」という小論文を書いていくにあたって、まず考慮すべきだったのは「生活用品とはいかなるものか」ということです。また、生活用品でも何を題材として書くか、ということも考えなければなりませんでした。
 そもそも生活用品とは、日常的に使用され、なおかつ身体感覚に密着した物であると考えられます。たとえば、歯ブラシ、ハンガー、杖、ドアノブなどが挙げられます。すなわち印象的な関わりとして挙げられるのは、自身の身体感覚と物の間に誤差が生じていたか、ぴったりと適合していたかのどちらかの体験になると思います。
 「印象的な関わりを持った体験」を聞かれているので、どこか生活に適合していない物、現状少し不便を感じている生活用品について書くのが上策だったかと思います。また、印象的な関わりをもった物とはいえ、アイデア商品のようなものを挙げるのは、問二で問われている「開発するとしたら〜」の内容を考えると少し危険だったかもしれません。
 ここでは、一般的に思い浮かべることのできる物であり、なおかつ誰もが少し不便に思ったことがある物を挙げるのが適切でしょう。そして、アップデートの余地が残されている物であって、制限時間の中で、そのプロダクトが現状抱えている問題点の解決策を思い浮かびそうな物を選ぶと吉だったと思います。

(無題)

 草刈鎌の、「どこをどう使うのか」が明確で、老若男女誰でも使い方を理解する事ができるが、実際に使用するためには慣れを必要とするという特質。そして、現代において専門性の高い道具になったがゆえに、昔からの形をそのまま引き継いでおり、刷新が行われていないという事実。この二つの事柄が私の印象に残った点であった。

今回、僕は「草刈鎌」を選びました。小学校時代の体験も踏まえて、一貫した問題点を意識したつもりです。さらに、草刈鎌のもつ特質や踏襲すべき点も明らかにしたうえで、問二に臨めるように心がけました。問二では、「開発」という文字が受験生のみなさんを驚かせたと思いますが、つまりそのプロダクトを使っている人がする動作をより快適に、アップデートしてあげることを考えればよかったのではないでしょうか。

 これを草刈鎌の開発にあてはめてみる。すなわち、「草を刈る」ために必要な動作を抽出、それに合わせたデザインをしていくことで、草刈鎌を使用する人がより快適に動作を行えるようにする。そのうえで、私が特に着目したのが「柄を掴み」「刃をひいて」「草を刈る」という動作の流れである。

この段落で書いているように、安定した動作と「草を刈る」という現象を、プロダクトから間違いなく取り出せるようにしていくことが重要だったと思います。
 また、賢明な受験生のなかには「アフォーダンス」という言葉がよぎった方もいることでしょう。ここでは詳しい説明を割愛しますが、興味があれば調べてみてください。「ノーマン アフォーダンス」で検索してみるとちょうどいい書籍がでてくることと思います。アフォーダンスの概念を少しでも知っていた受験生には非常に有利な問題だったと考えられます。

感想

「図を書きなさい」という指示にうろたえてしまった受験生も多いと思います。絵が苦手であったり、図で伝えるのが下手であったりして、こちらをおろそかにしてしまった人もいたのではないでしょうか。
 しかし、僕は今回、この図こそが重要であると感じました。乱暴な言い方をすれば、「図を描いてから文を書き始めるべき」だったとさえ思います。手を動かしてから生まれたアイデアを文に書き起こすことで、解答に一貫性が生まれます。この事実は、例年に比べて短めの字数指定が物語っていたのではないでしょうか。
 身の回りの生活用品をじっくりと見ることはあまりないと思います。それぞれのプロダクトに込められた細かい意味やデザイナーの意図、そしてなにより自分がそういったプロダクトをどのように使っているかということをじっくり考えてみるのも面白かったことでしょう。僕はこの問題、解いていて非常に楽しかったです。
 みなさんの合格、お祈りしています。そしてこのキャンパスでみなさんに会えるときを楽しみに待っています。