セッション「恋愛のアーキテクチャ」。小説家の平野啓一郎氏、脚本家の櫻井圭記氏、社会学者の濱野智史氏の3氏が恋愛を題材に熱い議論を戦わせた。


■パネリスト
・平野啓一郎氏(作家)
・櫻井圭記氏(脚本家)
・濱野智史氏(社会学者/05年政・メ修了)
・木原民雄氏(メディア研究者)

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パネリストは「日蝕」で芥川賞を受賞した作家の平野啓一郎氏、攻殻機動隊の脚本家として有名な櫻井圭記氏、社会学者でSFCのOBでもある濱野智史氏の3名。進行役としては木原民雄氏が参加した。

恋は追う物、愛は守る物

まず口火を切った平野氏は、小説家の立場から恋愛という文字を分析した。ロミオとジュリエットを例に、愛は完成された持続する状態であるのに対して、恋はその愛の状態に向かうために障害を超えていく段階であるのでは説明。また、相手を好きになるということはその相手と一緒にいる自分が好きになるということではと提言。

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セフレ…コストを払わなくて良い「恋人」

次に櫻井氏が大学生グループが男女分化していることに着目。異性と付き合うのに必要なデート代などの金銭的なコスト、恋人に費やす時間的なコスト、他の異性に対する束縛的コストの三種類を取り上げ、身近な異性にコストを払ってまで付き合いを求めないという現象が起きていると発言。恋愛に希望を抱かなくなったのではなく、逆に恋愛が神聖化され、ハードルが高くなってしまったことによって起きた現象だと分析。
 ラブプラスが流行るのも神聖な恋愛を純粋に求めるイデア的な要素が強いとした。櫻井氏はこのような現象の結果として不特定多数ではない、特定単数との交際に関わらず恋人と認定しないことによってコストから逃れ、お互いに都合の良い時にだけ精神的・肉体的に関係を持つセックスフレンドという付き合い方が大きなメリットを持ってしまっていると話した。

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情報通信技術の発達がもたらした恋愛の変質

濱野氏は情報化による恋愛の変質について触れた。恋愛とは「萌え要素」などと呼ばれることがある好みの属性を発見し、それに対して愛の行動証明をすることではと提言。だが、情報化が進み、一方の好みの属性の発見は検索エンジンでも探せるものになってしまい、もう片方の愛の行動証明もmixiの足あと機能など情報のログが残ることによって監視が強化されてしまっていると説いた。
 また、濱野氏が櫻井氏の著書「フィロソフィア・ロボティカ」の中で取り上げたアイヌ語に存在する、TheyとWe(彼らと私たち)を足しあわせた4人称がネット上で広がりを見せていることに触れ、その4人称的存在への恋愛について初音ミクを題材に説明。
 初音ミクはネット上の3人称的存在であると同時にオタクたち自身が創り上げた4人称であるとし、それに向けた他人への愛と異なる4人称への愛が立ち上がりつつあると説明した。

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後半には恋愛小説、脚本の創作について言及。メディアの発達によって異性同士がよりつながりやすくなったため、恋から愛の成立へのハードルを描きにくくなったと平野氏。とりわけ携帯電話の登場は大きな変革をもたらしたという。ロミオとジュリエットは携帯があったら連絡が取り合えるし、1Q84は携帯があったら成立しないので1984年が舞台という設定にしたと分析。
 逆に携帯電話が登場した後の恋愛の例として携帯小説「恋空」が取り上げられた。濱野氏は携帯電話というメディアの登場によって、時間的・空間的な隔たりが無くなったが、メールの返信速度などによってネットワーク上で心理的な隔たりが知覚されるようになったのではと指摘。現代の恋愛の壁について説いた。
 平野氏は同じく「恋空」からメディアの再現性に着目。2人の距離が一番近いのは体を交え、五感で相手を感じているとき。ちょっと疎遠になると電話になり、音声情報しかはいらない。さらに遠くなると文字情報のみのメール、そして音信不通になる。逆に音信不通から回復する時はメールから距離が近づいていく。最終的に愛、幸せを感じる手段はセックスしかなかったと分析。恋人同士をつなぐメディアの種類により、2人距離が表現されているものの、その最終段階は、どれだけメディアが発達しても身体性を持った対面コミュニケーションに依らざるを得ないのではという自説を披露した。
 このセッションは動画がYouTubeにアップされている。寒くなってきて人肌恋しいこの季節、街角のクリスマスイルミネーションとにらめっこするより、1時間半のこの動画でもう一度自分の恋愛とその価値観を振り返ってみてはどうだろうか。