3日(月)-7日(金)まで行われていた慶應義塾大学全塾協議会事務局長次長選挙が、選挙管理委員会によって中止されていたことが10日(月)、SFC CLIP編集部の調べでわかった。背景には、選挙運営において公平性が疑問視されていることや、事務局員による不正投票疑惑などがあるようだ。


 この選挙は、全塾協議会事務局の局長・次長を決めるもので、今回立候補したのは、現職の伊藤涼太氏(法3)・諸田直也氏(経1)組と、岸信千世氏(商3)・辻上友里氏(経3)組の計2組。近年、投票率の低下が懸念されており、選挙管理委員会はSNSやkeio.jpのメール、ハガキ、ポスターなど、幅広い広報手段を使って選挙の周知を行っていた。


 全塾協議会とは、塾生から自治会費(750円/年、総額約2000万円)を集め、各キャンパスの自治会や三田祭実行委員会などの団体へ公平に分配、または監査、そのほか塾生自治の方針決定等を行っている。塾生の学生生活に関わる活動をしている、塾生によって構成される団体である。


 今回、選挙の中止を巡って問題とされたのは、主に「選挙運営の公平性」と「伊藤候補陣営による不正投票疑惑」の2点のようだ。

 この記事を作成するにあたり、SFC CLIP編集部は、伊藤涼太氏(法3)、岸信千世氏(商3)の両候補、選挙管理委員会副委員長の佐野心一氏(文4)、事務局内の不正行為についてSFC CLIP編集部宛に連絡(内部告発)をした人物に連絡を試みた。
 伊藤氏と佐野氏からは、メールにて事情を聞くことができたが、岸氏、内部告発人を名乗る人物からは、未だ返答を得ることができていない。


不公平視される広報ツイート


 投票最終日となった7日(金)、選挙管理委員会がTwitterの広報アカウントで以下のツイートを投稿した。

(無題)



 これについて、あるフォロワーが「『投票しないことは、現状の承認と受け取られる』という表現は、現職を批判しているように読み取れる」との指摘をした。
 その後、選挙管理委員会は、誤解を招きかねない投稿を行ったことを謝罪するとともに、「SNSを用いた広報は補助的な面がある。公平性について危うさを持っている点を再認識した」という旨をツイートした。
 選挙前には、慶應塾生新聞会(塾生新聞)がWEB速報で、ネット広報における公平性を疑問視している。

(無題)



 また、選挙管理委員会のFacebookでは、「誰か東京都の選挙管理委員会と勘違いしていいね押してくれないかな…嘘です、失礼致しました!! (原文ママ)」という投稿もあった。選挙管理委員会の正式な広報としては軽率だ。

ずさんな選挙管理体制


 広報と並んで、選挙管理体制にもずさんな部分があったことが判明。
 選挙管理委員会は、運営に際する人員不足を補うため、投票受付や投票箱管理等の運営業務を伊藤・岸の両陣営を含む、複数の団体に依頼していたことが伊藤氏の証言によってわかった。つまり、立候補者のサポートと選挙管理を、同時に行っていた人間がいることになる。
 伊藤氏は、伊藤陣営の人間が運営の手伝いをすることを公平性の面から一度は拒んだものの、選挙管理委員会からの強い要請を受けて受託したという。伊藤氏はこれに際し、中立性に厳に配慮すべきよう事務局員に指示し、伊藤氏自身は絶対に選挙運営には関わらないように注意していたという。

 また、伊藤氏は、発行したポスターやビラについて、事前に承認を受けていたにも関わらず、突如「関係団体からの応援メッセージの掲載を控えるように」という通達を受けた、との証言をしている。伊藤氏は、SFC CLIP編集部の取材に対し「これは、選挙妨害とも受け取れるような不当な規制である」と主張した。

選挙管理委員会が伊藤陣営による不正投票疑惑を指摘、伊藤氏は否認


 一方で、選挙管理委員会は、伊藤陣営による不正投票疑惑を指摘している。
 選挙管理委員会副委員長の佐野心一氏(文4)は、「事務局員が不正投票をしている」という情報を、ある音声データと共に入手した。選挙管理委員会はこの音声データについて、事務局員によって、事務局日吉部室内での会話が非公式に録音されたものとしている。
 この情報を受けて佐野氏は、伊藤氏へ再選挙を要請。「音声ファイルを添付した告発があった。票をいじった(改ざんした)のであれば許せないこと。規約上は不可能ではあるが、再選挙をしたいので承諾してほしい。承諾しないのであればこのテープ(音声)をあらゆる塾内メディアに公開する」という内容のメールを、伊藤氏に送付したという。
 以下、伊藤氏によってFacebook上で公開された、佐野氏からのメールの一部である。

 もしも、規約に従うのであれば先ほどの音声の情報を全塾協議会(構成員である上部七団体の代表を含む)に送り正式な手段にのっとって中止にします。それが嫌なのであれば規約に基づかずに穏便に再選挙してくれてもいいです。
 もちろん君(伊藤氏※)には先に判断をして事後で全塾協議会に判断を委ねる権限があるため規約にないことをできる権利(つまり、あとで承認されるかは別にして強引にあらゆることがその時点では出来る)あるし、こういう面では君の方が知識があるのは分かっていて、抜け道なり何なりあると思うが、もしこちらが不当と感じる様な形でその権利を使用した場合、ただちに塾内のあらゆるメディアに情報を投げます。俺(佐野氏※)はどうせ、もう卒業していく身なので汚名をかぶせられ様が痛くも痒くもないので。
 ただし、これが公表されれば全塾協議会事務局の信頼は地に落ちることは間違いないと思われます。
 (※は編集部注釈、それ以外は佐野氏注釈)


 これらのメールを受けて伊藤氏は、上記メールに記載されている、SFC CLIP編集部を含む各塾内メディアに対し「事務局と選挙管理委員会との間で、公平性に関する議論が行われている。また、事務局員による不正行為が行われているという連絡があった場合、それは事実誤認である」という旨のメールを送った。伊藤氏は、メールを送付した理由について「事実誤認に基づいた報道などを防止し、混乱を抑止するため連絡をした」と説明した。

 続く9日(日)、伊藤氏は自身のFacebookで声明を発表した。その中で伊藤氏は、「音声ファイルに録音されている内容は、投票期間終了間際に、選挙管理委員会から総投票数の連絡を受けた後、これまでの選挙活動を振り返って票読みしていたものである」と主張。
 さらに、「中立公正であるべき選挙管理委員会が、脅迫まがいの再選挙交渉をしてきたことに強い戸惑いを感じている」と述べ、当該音声を自ら公表した。

 公表された音声は、約1分間。不正をしているとはっきり分かるものではないが、疑わしい発言も聞き取ることができる。以下、判別可能な音声の抜粋である。

「どんくらいの割合だと思う?」
「つらいのか?」
「俺が100入れたから…」
「(数を数えながら)だいたいこんくらいかな。予想ね」
「…1775ですね」
「SFCとか信濃町とか大して票入りませんもんね」
「これだけあれば勝ってますね」
「もうちょいいじりたい」
「そこで、どこでやるかですよね」


 この件に関して伊藤氏は、事務局員に確認した内容を、Facebook上にてコメントの形で説明している。
 どうやら、いわゆる「票読み」行為の中で、自己が友人等に投票のお願いをして100票ほどは入れさせたから、当該キャンパスは100は上乗せして見込めるだとう(原文ママ)、との会話のようです。弄りたいというのは、数字を修正して、さらに詳しい票読みを加える必要があり、どのキャンパスの票をさらに分析する必要があるのか、という趣旨の会話のようです。


 また、SFC CLIP編集部は、伊藤氏にメールで詳しい事情を聞いた。
 正直、テープ(音声※)については、それ自体みても不正があったことを示すとは言えないと思います。かかる不適切な意味づけを流布されており、当該会話をした事務局員のことを考えても非常にかわいそうに感じます。
 僕(伊藤氏※)自身は日吉には基本的にはおらず、また、選挙期間中も全塾協議会の平常業務や勉強等で忙しく、選挙期間中のマネジメントはあまりできていませんでした。私自身、選挙管理委員会から突然メールを送られてきた時点で疑惑について初めて知り、非常に戸惑っておりました。
 事務局員であれば、僕が(法曹を志していることもあり)塾生を裏切り、ルールを捻じ曲げるような姿勢を許さず、厳格なコンプライアンスの下、塾生への福利還元の出来る限りの最大化を図ってきたことを身をもって知っていると思うので、そのようなことはしていないと僕は信じています。
 (※は編集部注釈、それ以外は伊藤氏注釈)


 10日(月)、SFC CLIP編集部宛に、全塾協議会事務局員を名乗る人物から「内部告発をします。複数の事務局員が、部室内に保管されていた投票用紙を取り出し、伊藤さんの枠に丸印をつけまくっていました」という目撃情報が、メールで寄せられた。メールでは、問題の行為を行った人物の名前や、事務局員しか知り得ないような情報も含まれていた。
 SFC CLIP編集部は現在、このメールの送り主との連絡を試みている。なお、この人物が、佐野氏に当該音声を送った人と同一人物かどうかはわかっていない。

全塾協議会選挙 組織関係図全塾協議会選挙 組織関係図(SFC CLIP編集部作成)



調査団結成、今後については選挙管理委員会や全塾協議会等で検討



 選挙管理委員会に対してもメールで事情を聞いたところ、「11日(火)現在、副委員長佐野氏は海外に渡航中であり、詳細な回答はできない」「全塾協議会所属団体のメーリングリストに、選挙の中止を決定した旨のメールを流した」とのことであった。以下、各団体へ送られた、選挙中止を知らせるメールの一部である。

 この度、全塾協議会選挙規則第29条(選挙の中止)の一『選挙に関して以下の違反があった場合、当該選挙管理委員会によって中止される。ただし、選挙管理委員会は選挙の中止に関して速やかに全塾協議会に報告しなければならない』に基いて選挙の中止の宣告をし、速やかに全塾協議会にご報告すべくメーリングリストにてご連絡させていただきます。
 ……(中略)……我々の力不足によるものですが、今回の選挙では選管・両陣営共に問題ある行為を行なっている為、再選挙を行いたいと提案致しました。しかし、伊藤陣営からはそれを了承する回答が得られず、不正の疑いについて調査することに対しても『事務局内の調査の結果、問題ないと判断する』という回答しか得られませんでした。
  ……(中略)……以上のような個人的なやり取りで円滑な解決を我々は目指しましたが、合意を得られなかった為、規約に基づき(中止の)連絡を致しました。こちらの連絡以前に、一方の候補者が本件に関してFacebook上に情報を載せたことに対して我々は非常に遺憾である旨を表明致します。


 選挙管理委員会は、違反をしたかどうか確認するため、選挙規則第29条の二「全塾協議会は、前項によって中止された選挙等に関する違反の調査のために、選挙管理委員会数名からなる調査団を結成しなければならない」に基づいて、調査団を結成。
 調査によって違反が事実と判明した場合、選挙規則29条の三「本条第1項の選挙に関する違反の行為が、調査団の調査により事実であると判明した場合には、全塾協議会は当該立候補者の立候補を取り消すことが出来る」に基いて、全塾協議会に当該立候補者の立候補取り消しを要請するという。

 選挙管理委員会によると、開票はひとまず全て行い、結果を記録するとのこと。その後については、選挙管理委員会や全塾協議会等で検討し、追って連絡するという。

 以下、一連の経緯について、時系列順にまとめた。
  • 選挙管理委員会が、伊藤の両陣営に運営業務の支援を依頼
12月3日(月)
  • 全塾協議会事務局長次長選挙 投票期間開始
  • 選挙管理委員会、事前に承認していた伊藤陣営のポスターやビラについて、突如「特定の団体については、ビラやポスターにおいて応援メッセージを掲載するのを控えるように」という通達
12月7日(金)
  • 選挙管理委員会広報が、「現職を批判しているように読み取れる」文章をTwitterに投稿
  • その後、Twitter上で謝罪
  • 全塾協議会事務局長次長選挙 投票期間終了
  • 何者かが選挙管理委員会に、伊藤陣営の不正を指摘するメールを送付 (証拠となる音声も添付されていた)
  • 選挙管理委員会佐野氏が伊藤氏に、「再選挙をやりたいから承諾してほしい、そうでなければ不正の証拠となる音声を塾内メディアに公開する」というメールを送付
  • 全塾協議会事務局(現職側)がSFC CLIP編集部に、「選挙管理委員会の公平性が保たれているか疑問視されている。事務局による不正があったという連絡があってもそれは事実誤認だ」というメールを送付
12月9日(日)
  • 伊藤氏がFacebookで、佐野氏からのメールの概要と、「塾内メディアに公開する」とされた音声を自ら公開
12月10日(月)
  • SFC CLIP編集部に自称事務局員から、伊藤陣営の不正を目撃したという内容のメールが届く
(日付・順序不明)
  • 選挙管理委員会が、全塾協議会の各団体に「選挙中止」の通達


問われる組織のあり方


 選挙を巡ったこれらの問題は、決して誰か一個人が原因で起こったことではない。
 この全塾協議会事務局長次長選挙は、投票率が10%を切った場合、議会の解散を招く可能性もある。非常に重要な選挙であるにも関わらず、塾生に十分認知されていなかった。「選挙についての情報を広めたい、多くの塾生に投票して欲しい」という思いから、広報の軽率な投稿が生まれたのではないだろうか。
 また、たとえ選挙管理委員会が人員不足であったとしても、候補者を支持する陣営・団体に選挙管理業務を委託するなど、あってはならないことだ。これでは、不正行為が疑われてしまう状況があってもおかしくない。万が一、不正行為が事実だったとしても、犯人だけを責めることはできないだろう。
 選挙管理委員会副委員長から伊藤氏へ再選挙を依頼したメールについても、正式な「提案」とは到底思えない文体だ。このことから、事務局と選挙管理委員会が、日頃から公正で平等な関係ではなかったと考えられる。

 今後どのような問題が公式に認定されるかは、結成された調査団に委ねられることになるだろう。いかなる問題点が認定されるかは不明だが、組織内部が、このように混沌とした状態では塾生の信頼を得られなくて当然だ。毎年、すべての学生から集められる自治会費、計約2000万円を任せるに値しない。今後、正しい調査が行われ、堅実な運営体制が整えられることを期待したい。