1月30日(木)、かまぼこハウスにて「SFC寄席」と題された落語会が催された。立川流の真打ち(落語の最高位) 立川談慶師匠に加え、慶應義塾落語研究会の小たつさん、現役SFC生お笑い芸人のたかまつななさんなどが出演し、豪華な会となった。


 この会は、古典落語のファンである松井孝治総合政策学部教授が「ここは落語を聞くのにちょうどいいスペースですね」と管理者であるMMIPに話を持ちかけたことがきっかけとなり実現した。運営を引き受けた土肥梨恵子さん(総2)が塾員初の真打ちである立川談慶師匠に出演の依頼をすると、とんとん拍子で話が決まったとのこと。

 会の冒頭で松井教授は「SFCは都心から離れていて、どうしても落語というものを聞く機会が少ない。SFCの落語ファンやこれからファンになる学生達に、真打ちの芸というものを知って欲しい」と語った。

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前座、慶應落研小たつ


 まず最初に高座(落語を披露する舞台) にあがったのは、慶應義塾落語研究会の小たつさん(商2)。談慶師匠は慶應落研のOBなので、師匠の後輩ということになる。大先輩の前座をつとめるということだからか、緊張した様子だった。「落語を知らないひとでもわかる噺を」ということで、「時そば」を披露した。「時そば」は、屋台のそばの勘定を上手くごまかした江戸っ子とそのマネをしようとしてことごとく失敗する間抜けな男の噺で、シンプルな筋立てと綺麗なオチで多くの人に愛される作品だ。
 江戸っ子は、そば屋を油断させようとおだてるのだが、ここを威勢良く演じないと噺に弾みがつかない。緊張していた小たつさんだが、高座にあがると若さを武器にぽんぽんと調子良くそば屋をおだててみせる。大先輩の前座を見事につとめ上げた。

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色物、ワラチャン優勝者たかまつなな


 寄席では落語以外の芸を「色物」と呼ぶが、この日の色物はお笑いコンテスト番組「ワラチャン! U-20お笑い日本一決定戦」で優勝したたかまつなな(総2)と豪華だ。
 最初のネタは、ワラチャンで優勝をつかんだ「お嬢様ことば」。身近な言葉をお嬢様ことばに置き換える十八番の芸で場の空気をつかむ。
 この日はORFなどでみせた「法律違反をしない桃太郎」のほか、新ネタ「あの芸能人がお嬢様だったら」もお目見え。観客からひらがな一文字をあげてもらい、その文字から始まる芸能人がお嬢様だったら言いそうな事、という即興芸で、会場を爆笑の渦にまきこんだ。

仲入り前、立川談慶の笑い噺


 続いてはいよいよ、談慶師匠の出番。談慶師匠は2011年に亡くなった大名人、立川談志の直弟子だ。談志は芸の腕もさることながら、落語とはなにか、という問いを考え続けた落語家だった。談慶師匠はマクラ(落語の導入部)で、「落語とは業の肯定である。落語は人のダメなところを許してくれるものなんです」と談志の言葉を引いた。観客に落語というものを深く知ってもらうための話だった。
 この日は二本立てで、最初に演ったのは、「権助魚」。「田舎者の使用人」である権助に小遣いをあげて、夫の浮気の証拠をつかもうとする奥方とそれを察知して、権助をアリバイ作りに利用しようとする旦那の噺だ。
 旦那は権助に奥方の倍の小遣いを渡して、「魚を買って帰り、旦那は川で釣りをしてました、お妾さんなんていませんでしたと言ってこい」と言い含めるが、権助はタコやかまぼこを買っていってしまう。
 奥方と夫の間に入って、抜け目なく小遣いをせしめながら、川ではつれないものを買っていく間抜けぶり、そういう二面性のあるキャラクターがこの権助だが、談慶師匠はこれを見事に演じてみせる。権助が小遣いにうかれて、「川でかまぼこを釣った」と間抜けな説明をするシーンなどは、馬鹿げた話ながら、こういう人が実際にいるのではないかと思わせるリアリティがある。
 奥方を裏切って、のうのうと大嘘をついて見せる権助を真実味のある芸で演じるのはまさしく「業の肯定」という談志の定義に沿っている。
 ちなみに、落語では、別々の噺に共通の人物を搭乗させるという手法が多く用いられる。この権助も、他に「権助提灯」や「権助芝居」等、様々な噺に顔を出す。

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大トリ、立川談慶の人情噺


 「権助魚」が終わると、仲入り(休憩)をはさみ、次の演目へ。師匠は衣替えをし、茶色の着物と袴という出で立ちで高座にあがる。この着物は形見分けの時に譲り受けた談志のもの。自分の師匠の着物をきて「それでは、生前談志師匠のやらなかった噺をひとつ」と語り始めたのは「井戸の茶碗」。
 「井戸の茶碗」は人情噺(人々の情義をテーマにした噺)の大ネタで、戦後の大名人、古今亭志ん生が得意とした。くず屋(廃品を買い取り、リサイクルする商売) をあきないとしている清兵衛は、正直清兵衛と呼ばれるほど正直な男。ある日、貧しい浪人、千代田卜斎の娘に呼び止められ、卜斎から汚い仏像を買う。清兵衛はこれを細川藩士高木佐久左衛門に売るのだが、この仏像の中から大金が出てきて、というのが噺の始まり。知らずに売ったのだろうから、もらうのは悪いと思ってという高木と、気づかなかった自分が悪いという千代田。清兵衛は貧しい千代田になんとか受けとらせようとする。結局、高木、千代田、清兵衛の三人で折半という話しに。それでも気が引けるという千代田が汚い茶碗の代金という形でなら、と茶碗を高木に差し出す。これが「井戸の茶碗」と呼ばれる大名器で…
 貧しいながらも誇り高くあろうとする千代田や、わざわざくず屋を見つけ出してまで金を渡そうとする高木の美しい生き方が人情噺の金字塔たる由縁だが、談慶師匠はくず屋清兵衛に注目する。
 この清兵衛、最初は穏やかで人のいい男なのだが、金を受け取ったあとに再登場すると、妙に浮かれたキャラクターになっている。「この噺は談志師匠の定義からは外れるような『いい話』なんですけど、僕はこのくず屋が好きで、それでこのネタをやるんです。くず屋はいい加減な奴でお金でガラリと変わってしまう。それも人間なんじゃないかと思うんです」と言って、この大ネタを締めくくった。
 師匠に最大限の敬意を払い、その思いを受け継ぎながら、それを超えて自分の芸をつくる。落語という文化の奥の深さを感じさせる素晴らしい一席だった。

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 寄席が終わると懇親会が開催された。なにか一品持ってきてくれた方は参加費無料というユニークなルールで、大吟醸を持ってくるひとがあれば、おでんを出す人がいるなど、みな思い思いの品を持ち寄って楽しんでいた。
 談慶師匠の著作の販売も行われ、着替えを終えた師匠のもとにサインを求める学生が列をなした。師匠はサインを求める学生一人一人と談笑し、一緒に写真をとるなど、気さくに学生と談笑していた。

立川談慶師匠、松井教授インタビュー


 懇親会中に談慶師匠と、松井教授にインタビューを行った。
 落語家は前座がやった内容や、その日の客の様子などを踏まえて演目を決める。談慶師匠に今日の演目について聞いてみると、「落語というのはお客さんの側に想像力を求める芸能です。マクラで小話やったときの反応から、皆さんにはそれがあると思ったので、知らない噺でも楽しんでくれるだろうとこの二つをやりました。いい反応をもらえました」と嬉しそうに話す。
 松井教授は、落語から江戸から続く日本人の社会意識を読み取ることができるという。「僕がSFCで伝えたいメッセージというのは、社会に関わる人間になって欲しいということです。そういう人間になるには、社会のありようや、人間自体について頭を巡らせることが必要になる。それを考えるときに、庶民の芸として、江戸のコミュニティのあり方や、人のこころのひだ、人間模様が描かれる古典落語、これを知るのは、良いことだと思います」とこの会の意義を語った。
 

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 今後の開催についてはまだ未定だが、次回からは土肥さんを始めとした学生が主体となり運営されるとのこと。松井教授は来学期から、「古典芸能に見る日本の社会と文化」と銘打ち、研究会を開く。ここでも、落語を教材のひとつとして取り上げる予定だ。
 多くのレンタルショップでは、落語のCDを取り扱っている。興味をもたれた方は、一聴してみてはいかがだろう。そこには、リアルな人間模様が息づいているはずだ。