ORF2016初日・18日(金)、セッション「デジタルとフィジカルはいかに交差・融合するのか?」が行われた。

3Dプリンタなどのデジタルファブリケーションが普及しはじめた一方、「誰でも作れる」という手軽さから管理責任が難しく、危険を問う声もある。これからの世界でファブリケーションがどのように発展していくのか、そして発展するためにはどういったアプローチが望ましいのか。さまざまな観点から活発な議論が交わされた。

セッションは大にぎわいを見せた

セッションは大にぎわいを見せた

今回のセッションで登壇したのは以下の5人。それぞれファブリケーションの分野で活躍してきたことが共通項ではあるが、年齢も職業も異なった多様なメンバーが集まった。

■司会

  • 田中浩也 環境情報学部教授

■パネリスト

  • 滝上真 大日本印刷株式会社情報イノベーション事業部 C&Iセンター CC・SD本部 デジタルファブリケーションビジネス開発グループ リーダー
  • 小檜山賢二 政策・メディア研究科 名誉教授
  • 池澤あやか エンジニア/タレント
  • 落合陽一 筑波大学図書館情報メディア系 助教

デジタルとフィジカルを結びつけるものはなにか?

司会進行を務めた田中浩也教授

司会進行を務めた田中浩也教授

まずは司会進行役の田中教授が、SFCの「ファブキャンパス計画」について説明。90年代に日本で最初にインターネットを繋げた大学として知られているSFCが、次のインフラとしてファブリケーションを掲げていると語った。田中教授によると、2020年までのもっとも大きな課題は、「情報世界と物質世界がどのようにつながるか」だという。デジタルファブリケーション技術が、その二つの世界を結びつけるために必要となる創造性なのではないかという仮説を提示した。

デジタルファブリケーションを問題解決の手段にする 滝上真氏

大日本印刷株式会社(以下DNP)の滝上氏によると、DNPは印刷会社という枠を超え、クライアントの課題にたいして何ができるかをデジタルとリアルの両分野から取り組んでいるという。2016年4月に新設された「デジタルファブリケーションビジネス開発部」では「オンデマンドでのコミュニケーション」「共創」「マーケティングハブ」というテーマを掲げながら、デジタルファブリケーションに親しみを持ってもらうためのワークショップなどを行っており、企業のマーケティング活動に取り込むことが狙いであると語った。

情報世界と物質世界の間の橋渡しになる 小檜山賢二名誉教授

NTT研究所の所長でもある小檜山教授は、田中教授の提示する課題にたいして「本当に情報世界と物質世界は離れているのだろうか」と発言。小檜山教授によると、インターネットが生まれた20世紀はリアルとバーチャルがそれぞれ確立した時期であり、21世紀はその間に橋をかける時代であるという。橋をかける役割をするのはもちろん3Dプリンタに代表されるデジタルファブリケーション機器であり、大企業が広告塔として使用することと、個人が草の根で広めていく動きのどちらも重要であると語った。

SFCの環境がデジタルとフィジカルの分断を意識させなかった 池澤あやか氏

2014年にSFCを卒業してから、エンジニアとタレントの両方をこなす池澤氏。彼女はSFCでの環境が影響して、情報世界と物質世界の分断をまったく意識してなかったどころか、デジタルとフィジカルは交差して当たり前! という意識を持っていたと語った。メディアセンターで3Dプリンタやレーザーカッターが常に稼働しているという他大学にはない特殊性が、そういった意識を形作っていたのだという。

情報世界と物質世界の区別はやがてつかなくなる 落合陽一氏

メディアアーティストとしても名高い落合氏は、自身が製作した、低エネルギーでプラズマを描画するという技術を用い、本来物質的に存在しないものが極めて物質的に振る舞うことを可能にした作品「Fairy Lights in Femtoseconds」を紹介。「物質でもビジュアルでもない曖昧なあたりをどうやって作るか、ということに興味がある」と話す。そしてこれからの世界では情報世界と物質世界、さらには人と機械の区別もやがてつかなくなると説明。例として音楽を買うときにオンライン上(データ)で買うかCD(マテリアル)で買うかという選択肢を我々は誰も気にしていない事実を挙げた。

デジタルファブリケーションは「メディア」になるか?

メディアアーティストとしても活躍する落合陽一氏

メディアアーティストとしても活躍する落合陽一氏

「情報世界と物質世界がどのようにつながるか」という問いかけにたいして意見が出揃ったところで、田中教授は「デジタルファブリケーションがメディアになるにはどうすればよいか」という質問を投げかけた。1990年代から2000年代にかけて、もともと計算機の役割であったコンピュータがメディアとして確立するようになったが、3Dプリンタなどのデジタルファブリケーション機器はどうしても「生産の技術」として見られてしまうのが現状だ。「『目的でもあって手段でもある』ことがメディアの定義である」と述べた上で、デジタルファブリケーションがその定義を満たすかという議論になった。

この問いかけに対して落合氏は、「デジタルファブリケーションがメディアになるにはあと10倍速度が上がらなきゃいけない」と解答。処理能力が飛躍的に上がり、インタラクティブ(相互性)が生まれたことでコンピュータがメディアになったことを挙げ、まだデジタルファブリケーションはインタラクティブではないと指摘した。

滝上氏は、処理能力が飛躍的に上がった別の例として印刷技術を引き合いに出し、「印刷自体が非常にパーソナルになった」と話した。例えば年賀状。今までなら印刷会社や街の印刷屋が刷っていたのものが、家庭用プリンタの出現により自分ひとりで作れるようになった、というのは誰でも想像がつく話だろう。こうした現象から「自分でものづくりができる」環境はありつつも、デジタルファブリケーションに関しては普及が不十分であるという考えを示した。

この二人の回答にたいして田中教授は「動きを制約してしまえば、自由度は下がるが早く出力できるようになる」としながらも、デジタルファブリケーションの魅力は「みんなで一つのものを共有すること」であると新たな論点を提示。家庭用プリンタの普及はたしかにファブリケーション(印刷)をパーソナルなものにしたが、最近ではコンビニなどで気軽にプリントできるせいかプリンタを購入しない人が増えていることを指摘した。それは21世紀の人々の流れが所有から共有へ移った背景があるからだと話し、ファブリケーションの分野では「ファブラボ」など同じ経験を共有できる場の方が向いているのではないかと総括。適した場所や環境に置くことでインタラクティブが生まれ、メディアとしての第一歩を踏み出すことができるのではないかと希望を示した。

「表現の自由」と「製造物責任」のジレンマ

唯一の女性パネリストであった池澤あやか氏

唯一の女性パネリストであった池澤あやか氏

続いて田中教授は、デジタルファブリケーションの危うさについても指摘。デジタルファブリケーションとはモノをデジタルのように扱おうというコンセプトであって、情報世界と物質世界の区別がつかなくなっても、品質管理はしっかりとしなければならないと力強く話した。先日都内最大級のアートイベント「TOKYO DESIGN WEEK 2016(東京デザインウィーク)」で、学生の作品が火事を起こし男児が亡くなったという事故もあってか、品質管理はファブリケーションを考える上では避けては通れない議題であろう。また、情報世界の基本的な価値観は「表現の自由」である一方で20世紀の物理世界を支えてきたのは「製造物責任」であると話し、どの観点からデジタルファブリケーションに責任を持てばいいのかという疑問を会場に投げかけた。

この視点に対して池澤氏は、性善説と性悪説に則って解答。池澤氏は「インターネットはみんなで回線を共有するものであって、誰かひとりが悪い考えを持って回線を私物化してしまうと成り立たない。最近は違うのかもしれないけど、性善説的な考えが強い」と語った一方で、「フィジカルの世界は、それこそ製造物責任の観点から厳しくチェックしなければいけない。インターネットよりは性悪説的に考えなければいけない」とし、何かあったときの窓口である「お客様センター」などの存在を例に挙げた。そしてファブリケーション文化はいまだ性善説的に受け入れられている印象があると指摘し、物質世界でどのように馴染んでいくかが問題だと指摘した。この指摘に小檜山教授も、製造物責任に関連する話は慎重に扱うべきであり、分野の第一線で活動する自分たちは、どの観点から責任を持つべきかちゃんと整理することが重要だと語った。

たいして落合氏は、「一番楽なのは環境をもっとインテリジェンスにすること」と発言。「人間はどんどんバカになる」と発言すると会場の笑いを誘ったが、環境側に事故が起こったときのための信頼性設計を、一見過保護なほど作るべきなのではないかと意見した。また、デジタルファブリケーション機器によって人を傷つける物が簡単に製造できてしまうのではないかという懸念に対し、田中教授は、「何かを規制するというよりは、ユーモアでもって対処できるといい」と話した。

最後に田中教授は意外な人物の言葉を引用。なんと総合政策学部の小熊英二教授が執筆した『社会を変えるには』(講談社現代新書、2012年)のあとがきから「社会を変えるには自分が楽しむことだ」という言葉を紹介し、「結局社会課題をどれだけ考えても、一人ひとりがするべきは楽しむこと。"参加する"という行為が社会を変えることにつながるんだと思います」という希望的な展望でこのセッションを締めくくった。

左から滝上真氏、田中浩也教授、小檜山賢二教授

左から滝上真氏、田中浩也教授、小檜山賢二教授

目新しい技術はすぐに粗を探され、潰されてしまう傾向にある。先述した「東京デザインウィーク」の事故は大変痛ましく、管理問題が浮き彫りとなったニュースであったが、このことでファブリケーション自体を糾弾するのは数々の将来の可能性を潰してしまう行為のようにも思える。社会課題を受け止めながらもまずは私たち一人ひとりがファブリケーションを楽しむことが、これからの明るい未来につながっていくのだろう。

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