25日(火)に肝臓がんで死去した関口一郎総合政策学部教授(55)の告別式が28日(金)東京都中野区の萬昌院功運寺で、しめやかに執り行われた。鵜野公郎総合政策学部長、熊坂賢次環境情報学部長、昨年度まで環境情報学部助教授を務めた鈴木寛参議院議員など、多数の塾関係者を含む250人余りが参列し、SFCに情熱を注ぎ続けた関口教授に最後の別れを告げた。


 読経のあと、小林栄三郎名誉教授は「週何日かは徹夜して教材を作成していた」、長女紗穂さんは「闘病中でも来年4月のシラバスを準備し、いつでも復帰しようと意気込んでいた」と、教育・研究ともに熱心だった故人をしのんだ。また、関口教授は息を引き取る直前、家族に対し「パパのような人がSFCで働けて本当に良かった」と語ったという。
 告別式の参列者で、在学中にドイツ語研究室のSAを務めていた星野麗華さん(2000年度卒業)はSFC CLIPの取材に対し、夕方になるとウィスキーをたしなみつつ学生と語るのが好きだった関口教授を思い返して「先生のためにも、研究室の温かい雰囲気を今後も後輩が引き継いでいってほしい」と思いを語った。
【関口一郎教授の足跡】
  1946年長野県茅野市生まれ。祖父は、ドイツ語教育界の草分けの一人として知られる関口存男(つぎお)氏。1968年上智大学文学部ドイツ文学科卒業。1973年早稲田大学大学院博士課程修了。1977年4月~1979年3月までドイツ・アーヘン工科大学に留学を経て、塾商学部教授に。1982~1989年、NHK教育テレビ「ドイツ語講座」の講師としても活躍し、外国語講座の新たなスタイルを確立した。
 1986年7月、新学部検討委員に選ばれ、新学部の構想に携わる。1987年6月新学部設立準備委員として、具体的な実行プランの検討を始める。なお、SFCの開設については、自身がSFC10周年に際して編集したHP「SFC開設史」(下記)に詳しい。
 SFCではインテンシブ外国語の計画と立ち上げに尽力し、コミュニケーション中心の「使う」外国語教育を目指した。旧言語コミュニケーション研究所所長という学問分野の肩書きのほかにも、初代Student Life委員長を務め、七夕祭などのイベントにおいて学生を支援するなど幅広く活動した。
 ドイツ語に関する著書に「役に立つドイツ語会話」(三修社)「マイスタードイツ語コース」(大修館書店)など、外国語教育に関する著書に「『学ぶ』から『使う』外国語へ」(集英社)など多数。