今回の学部長声明(ニュース参照)は、慶應ちゃんねるや2ちゃんねる(以下2chと略)等の匿名掲示板上に見られる一連の動きについての、SFC事務当局の 公式な見解を示したものと言え、学生の行き過ぎた行動に一定の歯止めをかける点では評価できる。
 しかし、上記声明をよく読むと、いくつかの問題が内包されていることを指摘せねばなるまい。

(1)何を以て「悪意ある書き込みなのか」

当該掲示板の書き込みを観察するに、一部には明らかに人権の侵害とも受け取 れる、個人の住所などを特定できるような情報が存在した。このような書き込み、 あるいは根拠のない誹謗中傷は、断じて許されるものではないだろう。
 ただ、この声明にある「ネットワーク利用のルール」とは何だろうか。おそらく、CNS利用規程がそれに当たると思われるが、今回の学部長声明には具体的な表現としては盛り込まれていない。例えばSFCに関連して、正しい事実であっても学校側に都合の悪いことを匿名掲示板に書かれたら、それは咎められるのであろうか。
 一般的にも、この種の問題は議論が分かれている。昨今は判例がかなり整備さ れてきたものの、その判断基準は未だ曖昧な部分が多く、拡大解釈されれば人権 保護という錦の御旗の下、ネットの自由が確実に阻害されることになるだろう。例えば、名誉毀損はそれが事実であるかどうかに関係なく成立する場合がある。(ネット上での侮辱罪の成立、刑事・民事上の名誉毀損については、http://homepage3.nifty.com/umelaw/meiyo.htm に詳しい。)この辺りは、当 事者の2chよりも、slashdotの議論の方が参考になる。
(http://slashdot.jp/article.pl?sid=02/03/13/1522212)
 おそらく、ここで必要になってくるのは、大学側としての、確固たるガイドラインの策定と遵守の促進であると考える。このガイドラインについては、現在議論が行われている個人情報保護法の動向なども踏まえつつ、学生も交えた、忌憚のない議論を経て制定されることが望ましいと考える。
(個人情報保護法案の行方についてはもちろんだが、被害が発生した際の迅速な 権利保護と調停を行う、裁判外紛争処理制度(ADR)の整備も強く待望される。SFC の場合、キャンパス内の事案については、ハラスメント委員会がその任に当たることになるのであろう。)

(2)匿名掲示板に対してSFCがなし得る事とは何か。

匿名掲示板も、インターネットの発展の中で出てきた重要なコミュニケーション上のイノベーションであり、一つの新しいコミュニティメディアとしての位置づけも無視し得ないものとなってきている。その価値を認めつつも、そのイノベーションを逆に阻害しかねない誹謗中傷等の悪意ある利用については、厳しく断罪する姿勢を示すことが、SFCに取っては重要なのではないか。
 問題は、Webを使う際の学生個人個人のリテラシーに属している。今回の学部長声明は、匿名掲示板を「悪」もしくは「触れたくない存在」という存在に固定化している傾向がないだろうか。既に存在しているものに対して、一方的に断罪しその価値を認めない態度は、あまり褒められたものではない。また、匿名掲示板へのアクセス禁止等の措置を執っていない以上、書き込み・閲覧については学生個人の判断に任せられている一方で、(1)で述べたガイドラインの策定に向けての議論を行わず、結果だけを捉えて、大学側の(恣意的な)判断で不正利用だとすることが許されるので有れば、それはある種大学側の責任の放置とは考えられないか。
 個人的な見解を述べさせてもらえば、匿名掲示板上での発言者特定が極めて困難であり、CNS経由でなくてもネットに書き込みが容易に出来る現状を考えれば、 SFC当局としてできる措置は、今回の学部長声明にあるように、「大学は厳しく対処していく」ことはもちろんだが、匿名掲示板の問題に対し、場当たり的な対処ではなく、研究レベルも含めて正面から取り組み、その過程で地道にリテラシーの向上を図っていくことしかない。
 一方、学生(ユーザ)の側もただ漫然と利用するのではなく、匿名掲示板の威力を再認識することが求められている。匿名に限らず、SFC-CNSも含めたネットコミュニティの「場」としての価値は、少数のならず者によって容易に破壊され得るのだ。その意味でネットコミュニティは激しく「悪貨が良貨を駆逐する」のである。確かに匿名掲示板の「ネタ性」あるいは「祭り」は実に面白い。またそこで交換される情報には有益なものも数多い。しかしそのコミュニティを支えている「ネット上の自由」は、非常に脆い「良識」の上に成り立っていることを忘れてはならないだろう。
 いずれにせよ、Webのパイオニア校として、SFCは、多少実験的な要素が含まれるとしても、イノベーションである匿名掲示板の扱い、あるいは個人情報等の発信をはじめとするネットワーク環境の利用について、ガイドラインの制定の是非を含め、SFC-CNSの利用者たる学生・教職員が真剣に討論すべきではないだろうか。
今回の学部長声明が、杓子定規的な注意喚起のレベルに止まったことは残念である。
(このコラムをまとめるに辺り、廣澤和宏氏、千原啓氏、松村太郎氏、永松範之氏、渡辺俊史氏、浜田雄氏、工藤博司氏、中島洋氏から有益な示唆を得た。ここに記して感謝したい)