オンラインソフト「紙 2001」をご存知だろうか。紙の感覚で簡単にWEBページをスクラッピングし、保存・整理することができるソフトだ。今回「SFC RING」ではその作者である、洛西一周こと、永田周一さんを取り上げる。永田さんは、今年の4月に、政策・メディア研究科修士課程に入学、出身大学は、同志社大学法学部という、異色の経歴を持つ、ソフトウェアプログラマーだ。現在は安村通晃研究室に所属している。


今までの経歴を教えてください
 大分市生まれで、小学校の頃は、地元の「わらじ名人」に弟子入りして、わらじ作りに没頭していました。小学生で、既にわらじ作りをマスターしてしまいました。今でも一応作ることができます(笑)。いろいろ改良を重ねたりして、今の凝り性はそこから来ているのかもしれませんね。

中学のころに、1年間ドイツの学校に通っていて、そこでの経験を書いた日記を中学3年の時にまとめて、本を出した経験もあります。
 高校に入ってプログラミングを始めたのですが、高校2年の時「紙 2001」を公開して、その後、バージョンアップを繰り返しています。2001となっているのは、ソフトウェアの年号ではなくて、「2001年の紙」という意味で名づけました。
 大学に入って、とある会社と連携して、「紙」のダウンロード販売を始めました。同じ時期に、NOTA(NOTAについては、後述)が未踏ソフトウェア事業に採択されて、そこで安村通晃研究室の人達に出会いました。彼らに影響を受けてSFCに興味を持ちました。前は法学部に居たんですが、「法学なんてやってられるか、情報系がいいじゃないか」と、SFCに来られればいいなと、思っていました(笑)。
高校生の時からプログラミングをしていたとのことですが、なぜその後法学部に進んだのですか?
 その時は、周りの友達にプログラマーが居なくて、プログラミングというは日陰産業なのではないか、と思っていました。フリーソフトだけでは将来飯は食っていけないので。周りのアドバイスもあり、広いことを学べる法学部にいきました。
 法学部で、無為に過ごしていたかというと、確かに大学には行ってなかったんですけど(笑)、その頃京都の町屋のコミュニティーにすごい興味をもって。京都の古い長屋、つまり京町屋の一つを丸ごと借りて、そこで学生コミュニティーを運営していました。2階に住人が住んでいて、1階が集まってきた学生がワイワイ語る場になっていました。いろいろな大学の人がやってきて、毎晩語り合う場になっていて、そのようなものを自主企画していました。SFC生も来ていましたよ。
 その頃に、これからの時代はやはりコミュニケーション、コミュニティーだ、と思いました。つながりとつながりが価値を生んでいくことを確信しました。
 
今まで、どのようなソフトウェアを作ってこられましたか?
 例えば「京都自転車マップ」という、WEB上で地図を表示させて、ピンポイントで情報を書き込み、共有することが出来るものがあります。今日見つけたオススメのカフェ情報、「ここは舗装が綺麗で、走りやすいですよ、」などの情報を貼り付けていきます。世の中には、似たようなものが沢山ありますが、それをFlashを使ってリッチに動かしてやろうとして、マウスをドラッグすれば、グリグリと地図が動くようになっています。これを作ったのがきっかけで、NOTAというのができました。その他いろいろボツになったソフトがありますが。

先ほどから話が出ている、NOTAとはどのようなものでしょうか?
 FlashベースのWEBアプリケーションで、ページ上で画像が自由に動かせたり、文字を書き込むことができます。文章や画像は、書いた瞬間に保存されていて、WEBページが簡単に編集することができます。つまり、今までのHTMLを書いて、FTPで転送して保存する方法とは異なるWEB編集の方法です。他のマシンで同じページを開いてもらえば分かりますが、即座に画面が共有できます。
 WEBならではの機能として、画像を貼った上で、型抜きすることが、簡単に出来てしまうことや、フリーハンドのペン機能もあります

ウェブログなどと違った、CMS(Contents Management System)のアプローチですよね?
 
 そうですよね。使っている人も、ウェブログと全く違う内容を書いてくれます。これによって、コミュニケーションの内容が変わったなと思います。写真などを載せるのは、今までのウェブログは難しいと思うのですが、こちらは位置の調整、縮小、回転も簡単です。普通のHTMLよりむしろ表現力があります。
 履歴機能もあり、どういうように議論がたどってきたのか、などがわかります。
 さらに魅力的な機能は、WEBページは紙に印刷すると、はみ出したりしてなかなか紙メディアに落とすことができません。最近何かと活動をしていると、紙のメディアも欲しいし、WEBメディアも欲しいというケースが増えています。NOTAは一つのページがA4サイズになっていて、この上でページを作ると、かなりハイクオリティに印刷できます。
これを作られた動機は何でしょうか?
 単純に、WEBページの作成を簡単にしたかたのです。作る側はエディタとFTPなどを使う一方で、実際画面を確認するのはブラウザで、編集と確認作業が一体になっていません。僕もWEBページを持っているのに、あまり更新をしていないのですが、なぜだろうと考えたのですが、やはりこういうツールがあれば、簡単に更新するようになるのではないかという考えに至りました。
このソフトウェアの将来的な展望は?
 単体ではなくて、他のツールとのコラボレーションを考えていきたいです。パソコンをまったく使えない人にとっては、Wikiですらハードルが高いですからね。
 もう一つ大きいことを睨んでいるのは、NOTAをOSにしてしまおうということがあります。NOTAにプラグインとして、掲示板、カウンター機能などがクリック一つで追加できるようにしたいです。今まではカウンターつけるのは、大変でしたが。
「紙 2001」は、「紙 copi」というパッケージ製品にもなりましたが、製品として出すまでのクオリティに上げるのは大変ではないですか?
 そうですね。最終的にその詰めの部分になるので。「紙 copi」のクオリティから、もう一つ上に上げました。担当のジャストシステムのバグをとる部署がレポートしてきたものを、どんどん修正していきました。
研究会レベルだと、どうしてもプロトタイプで作って終わりになってしまいますよね
 そこで残りを企業に投げて、企業が完成させてくれたら、それ以上言う必要がないのですが、なかなかそうもいかないですよね。
そのようなソフトウェアを作り続ける上で、モチベーションはありますか?
 僕のモチベーションは、半分は自己実現というのがありますが、社会還元の方が大きいですね。コンピュータをもう少し多くの人に使ってもらおうというのと、新しい使い方の提案をしようというものです。
バグ報告・ユーザへの対応で、ソフトウェア開発に嫌気がさしたり、やめてしまう人も多いですよね
 確かに大変で、実際バグと言われても、ソフトウェアのバグより、実行環境によるものが多いんですよね。でも商品化するためには、必ず乗り越えなければならない壁ではあります。
 またプログラマーは、意外と一人でやる活動が多いので、それを支える必要があると思います。結構いいプログラムが出来ても、どこの企業に持っていけばどうか、わからないというのが多かったり、例えば、大企業とベンチャーは違いますしね。
いろいろソフトウェアを見ていったのですが、ソフトウェアに動作音が必ずあるのは、なぜですか?
 音はアフォーダンスの一つです。視覚に、聴覚的な物を加えることによって、確実に気持ちよくなれるという事実があります。最初にやったのは、紙 copiの取り込む時の「ピコーン」という音でした。「紙」は、ユーザからのフィードバックを見てみると、「やたらと動作が速い」というのが多かったんです。APIも他のソフトと同じものを使っている部分もあるし、なぜだろうと考えたのですが、それは実は音が関係していることがわかりました。
 「カシャッ」という音がすると、人間はその操作を速く感じるんです。バババッと表示すると、見ることばかりに集中してしまうので。人間はあらゆる五感を使っていることを実感しました。ピコっという音は、実は動作をする前から出てるんですよ。
SFCではどのような研究をしたいのですか?
 今まではドキュメンテーション系が多かったのですが、これからはもっと「ユビキタス環境のつながり」というのをやりたいと思っています。例えば、WWWのリンク、メールの送受信、携帯の赤外線通信は、ユビキタス環境のネットワークを何かしら使うものですが、例えば「この人にメールが届いたのかな」と不安になる時がありますよね。
 そのためのユーザを安心させるようなアフォーダンスは全く存在しなくて、これからこういうネットワーク系が広がるにも関わらず、そのアフォーダンスが置き去りにされているという問題があります。そのあたりの的確なインタラクションを考えて生きたいです。
 あと、ソフトウェアにとどまらずに、ハードウェアも作ってみたいと思っていますね。
その他今後の研究は?
 ある考えがあって、今までの情報というのは、「Powerd by google」と、googleが全てのドキュメンテーションの重み付けを行って、キーワードを入力すると、このドキュメントが出てきるということだったのだけれども、実際の日常生活までにコンピュータが下りてきたときに、本当にgoogleでトップに出てくる情報は一番必要なのだろうか、と疑問がりました。
 実際の人間の購買行動などに結びついているのは、意外と人の口コミであったり、友達・先生など、あるキーパーソンが言う言葉は、実際の行動に駆り立てていることが多い。僕がこれいいから買いなよ、というと身近な人が宣伝すると、それが一番自分行為に結びついていく、それをコンピュータ上で何か実現できないかなとして、そのためのインタフェイスを試作しようとしています。
口コミサイトなどすごいですよね
 口コミだけではなく、何か人に付随するコンテンツ。「コンテンツ+人」、バックに人が見えるコンテンツを重視してあげようというとしています。なかなか定量化は難しいですが、それにチャレンジして行きたいです。それを先ほど言った、ユビキタス環境における携帯電話のリアルな通信に付随させていきたいです。
ビジネス的な予定はあるのでしょうか?
 SFCに来たので、ちょっとお休みしようかなと思っています。プログラマーなので、経営者にはなれないなと思っていて、プログラマーが研究開発したものを、世の中にどんどん出すというのは素晴らしいことだと思うのですが、そこで企業との、自分の立ち位置を見極めることが大切だと思っています。会社が、プロジェクト管理組織的に入ってもらっているので、自分はソフトウェア開発に専念しています。広報・営業・バグ報告などの対応もしてもらっています。
ご自身の今後の展望をお聞かせください。独立か就職か
 特に肩書きにはこだわりませんが、今までどおりにプログラミングで、新しいものを提案して行きたいので、研究職かな、というのはあります。研究職でも、大学の教員になるわけではなくて、例えば企業の研究職に入るという道もあるし、そういう意味では企業には就職するのではありません。
 でも将来的には、一番やりたいのは「教育」だと思っています。コンピュータの概念を伝えるための教育ですよね。例えば、プログラマーの養成などです。複数のプログラマーなどのプロジェクトマネージメントの手法など。そういうのは結構ノウハウが貯まってきていて、いろんな人に伝えたいなと思っています。また、プログラミングを見て学べというのもまた難しいことですし、プログラミングの概念を教えるというのは難しいことです。そのようなことも将来的にやっていきたいと考えています。
ありがとうございました。