プレミアムセッション「災後日本の針路 -危機を転機に変えるために-」では、震災から半年が経ち復旧という段階を終えた日本が、そしてこれから如何に復興していくのか、如何に日本の姿を描いていくのか、ITや政治、エネルギーなどの立場から議論が行われた。


■パネリスト
・御厨貴氏(東京大学先端科学技術研究センター教授)
・吉岡斉氏(九州大学副学長)
・村井純環境情報学部教授
・清水唯一朗総合政策学部准教授(司会)
・神成淳司環境情報学部准教授

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それぞれの観点から見る「災後」

セッションは、各人が自分の専門分野から、震災後の日本がどうしていくべきなのかを提言することから始まった。

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原子力分野に詳しい吉岡氏は、原発問題について、若者が被害者になってはいけないと提言。さらに原子力発電所(原発)は、運転するだけで放射能を出すこと、撤去する際や事故が発生した際に莫大なコストがかかることの2点を挙げて、様々な面から見ても競争力のない発電方法だと指摘した。これから如何に原発を使っていくかを考えるよりも、如何に原発を終わりにして、収束に向かわせるかが肝要、と説いた。

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情報技術の観点に立つ村井教授は震災直後のインターネットトラフィックの様子を語った。地震によりケーブルが切れたことを踏まえ、現状の国際通信が太平洋ケーブルに依存している点とデータセンターが東京に集中していることを批判。ロシア周りのケーブルを敷くべきと提案した。また日本はプレートの関係上、必ず地震が起こるので、地震を前提としたネットワークインフラ作りをすすめるべき、と述べた。

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神成准教授は食料の観点から。震災がなくとも、世界の人口増加により15年以内に世界的な食糧危機が起きると指摘した。近年、中国が食料輸出国から輸入国に転じたことも踏まえて、いまの子供達の世代が安心して暮らせる社会状態ではないと問題提起をした。また震災は新しい社会状態を創りだすいい契機であるとし、復興に「人々の思い」だけではなく「科学技術」を投入して災後日本を築くべきだと述べた。

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震災による社会の変化を第2次世界大戦による社会の変化と同等に捉え、「災後」という言葉を生んだ御厨貴教授は人材育成の観点から述べた。震災時にはまず、「つなぐ人材」がいないと感じたという。その中でも中央と地方の行政をつなぐ人材が存在しないことを感じ、その役割を果たせる人材育成が不可欠だと述べた。
 さらに復興の財源について言及。各省庁が出してくる予算に関して「ただでさえ多いのに、震災用という予算の特別メニューまでついてくる」と批判し、予算の選択と集中を求めた。
 また、既存メディアに対して「記者が発言すべてをメモしているから、要点の整理ができていない」と批判。清水准教授も「SFCの学生にもそういった傾向があります」と調子を合わせた。

「災後」の日本のあるべき姿

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清水准教授は「色々なものが切れていることが問題」と発言。原発の現状と国民が得ている情報に関しても、海外と日本をつなぐケーブルに関しても切れないようにする仕組みを作ることが「災後」日本に求められていることだと主張。
 吉岡氏はこれに対し、「文官では原子力がわからない。国民と原発をつなぐ保安委員長が文系でいいのか」と指摘。常に文官が技官の上に立つのは必ずしもいいことではないのではないだろうかと述べた。
 御厨教授は避難時に「全員助かろうとして全員飲み込まれた」ということを例に挙げ、常に公平・平等であることの怖さを説いた。1人1人が独立して責任を持つことがこれからの社会で重要であると主張。神成准教授も個の自立がしやすくなったことで、個の存在が不可欠になってくるだろうと同意した。
 セッションで「災後」は「戦後」と同じくらいに社会システムを大きく変えていくのだろうと感じた。5氏ともこの震災を契機として、新しい日本社会を構築していくのだという意識を持つことが重要だと主張していた。そのような意識を持ち続けることが「災後」日本に必要なことだろう。