今春より開講され、ORF初参加となる牛山潤一研究会(以下、牛山研)では、「脳・身体の理を知り、これを育む」をテーマに、運動生理学や神経科学、リハビリテーション医学などの幅広い分野を研究している。そんなフレッシュな牛山研のブースを取材した。

体育科目を指導する「体育の先生」と、自らの問題意識を探求する「研究者」の2つの顔をもつ牛山潤一環境情報学部准教授(以下、牛山准教授)。ORF2014では、「脳と身体をひとつのシステムとして捉える」というオリジナルな観点で身体運動を研究・科学したものを、ポスター展示している。
 

意外と知らない!? 脳と身体の緻密なメカニズム

牛山准教授は楽しそうに説明する。

牛山准教授自身が出展しているポスター展示では「脳と筋のシンクロニー」を主題に、身体運動と脳活動の関係性について、被験者の実験データを示しながら紹介している。「日常の運動の根源は、脳と身体のインタラクションにある」という考えを軸に、脳波と筋電図の計測結果を用いて両者の関係性を紐解く。「運動能力の良し悪しとは何か?」「スポーツは脳を変化させるのか?」など、日常的に感じる疑問の具体的なメカニズムを解析するという狙いがある。
 牛山准教授は「脳と身体をひとつのシステムとして捉えることで、運動そのものの根本的な仕組みを理解することができる」とアピール。より多くの来場者にも理解してもらうため、専門的なアプローチをわかりやすく解説するように心がけた展示となっている。
 

「神経回路×筋活動」の応用で新たなリハビリテーション法

来場者にニューロリハビリテーションについて解説する上野さん

上野良揮さん(環3)は、脊髄の神経回路と筋活動の関係性を糸口に、脳卒中片麻痺患者に対する新たな歩行ニューロリハビリテーション法を提案する。脳卒中患者は歩行の際、踵からのスムーズな接地が出来なくなる。これは、つまずきによる転倒にもつながる重要な運動障害であり、それを改善するために、運動器具と電気刺激を組み合わせた、リハビリテーションの可能性を紹介している。まだ計画段階だが、将来実用化された場合、画期的なリハビリテーション法として大きく注目される研究になるだろう。
 上野さんは「脳卒中が身体に与える麻痺症状の構造をみなさんに理解していただければと思う。脳を理解するために身体について学び、身体を理解するために脳について学ぶ。それら相乗効果でそれぞれの理解がより深まるということを多くの方に伝えたい」と力強く話した。
 

認知症患者の認知・運動評価をもっと身近なものに アプリを開発

荻野さんの解説のもと、実際にアプリを体験できる。

荻野和紘さん(環4)は、「認知・運動機能の簡易的評価を目指したiOSアプリケーションの実装」と題して出展する。この研究は、認知症患者や運動障害患者のリハビリテーションの際に必要となる認知・運動機能の評価を、もっと身近なものにしたいという思いから生まれた。現在の高コストかつ高度な計測機器(ロボットマニピュランダム)に実装されている計測方法をiOSアプリケーションに落とし込もうという試みである。全3種類あり、手軽なゲーム感覚で認知機能と運動機能を評価することができる。大掛かりな計測方法ではなく、より簡易的な評価システムをつくることで、身近で効率的な身体機能評価の実現が期待される。
 荻野さんは、「多くの方に簡単に認知機能や運動機能を計測してもらうために、もっと人を惹きつけるようなゲーム感覚を取り入れたシステムを考えていきたい」と展望を話した。
 ブースでは、iPadを手にとって、実装されたアプリケーションを体験することができる。「脳トレ」にも似たアプリケーションは物珍しく見えるためか、ゲーム感覚で楽しむひと、一言も発せず真剣に取り組むひと、など、さまざまな反応がみられた。

身体運動への深い理解を―SFCならではの「隙間研究」に着目

SFCには脳に特化した研究やスポーツや身体に焦点を合わせた研究が存在する中で、牛山研では双方の視点を組み合わせて身体運動を科学している。意外と皆が見落としがちな「盲点」に切り込んだ、隙間産業ならぬ「隙間研究」を展開しているというわけだ。牛山准教授は「日常に深く根付くような“身体運動”を、神経科学・運動生理学的手法を用いてひとつずつ丁寧にサイエンスすることにこだわりがある。隙間は狙うけど、それが本質的な問いかの見極めが大切だと思っている。身体運動の制御や学習の本質に関わる知見を積み上げることで、科学的に確かなロジックに則った未来のリハビリテーション医学やスポーツ科学の道が拓けるのではないか」と熱く語った。
 また、今回の初出展にあたって牛山准教授は「運動生理学や神経科学の分野に馴染みがない方にも興味をもっていただける展示になるように心がけた」と振り返る。「まだまだ模索中のものやこれから深めていきたい研究テーマも多くあるので、ご来場の方々とのディスカッションを通じてさらにおもしろい研究のアイディアを見つけ出したい」と続けて話す牛山准教授の笑顔はとても明るいものであった。

和気あいあいとしたフレッシュな雰囲気の牛山研。

未だ開発途中の研究であるからこそ、成果が楽しみな研究もSFCでは多く見られる。あす22日(土)まで続くORF2014で、牛山研ならではの身体科学と神経科学が融合したSFCらしい研究を実際に目で見て体験してみてはいかがだろうか。