顕微鏡の中に「触れられる」世界を ガリポン・ジョゼフィーヌ特任助教
「SFCらしさ」を再発見し、激変する社会におけるSFCの役割を見出す「復刻! CLIP Agora」。今回SFC CLIP編集部は、山形県鶴岡市の鶴岡タウンキャンパス(TTCK)で研究を行っているガリポン・ジョゼフィーヌ先端生命科学研究所特任助教にインタビューした。
顕微鏡の中の世界を「触れられる」世界に
人間の目は、小さすぎるものは見ることができない。そんな「小さすぎる」ものを見る時によく用いられるのが顕微鏡だ。学校の授業などで覗いた経験がある方も多いのではないだろうか。
顕微鏡は、本当は見ることができないものも拡大してよく見えるようにしてくれる。しかし、顕微鏡を通して見られるのはあくまでもガラス越しの世界。見ることはできても触れることはできない。
そこで顕微鏡の3Dデータと3Dプリンターを組み合わせた研究を始めたのがガリポン・ジョゼフィーヌ特任助教(以下、ガリポン特任助教)だ。顕微鏡の中の世界を「触れられる」世界にするべく、山形県鶴岡市の鶴岡タウンキャンパス(TTCK)にてSFC生や地元の高校生と一緒に研究を進めている。
きっかけは、ある授業の依頼
フランス出身のガリポン特任助教が日本にやってきたのは8年前。文部科学省の国費外国人留学生制度を利用して東京大学の博士課程に進学した時のことだった。「父親が日本のことが大好きだったんです。小さいころからずっと、日本の話を聞いて育ってきました」とガリポン特任助教。海外留学を考えた時、留学先の候補には自然と日本が挙がったのだそうだ。
ガリポン特任助教は、博士課程を修了したのち、東京大学で特任助教になった。そんなガリポン特任教授に舞い込んできたのが「文系の人に最先端の生命科学を理解してもらえるような授業を作ってほしい」という依頼。この依頼が、今の研究の原点になったのだという。
「普通の基礎バイオロジーの授業ではなくて、実際に最先端の技術を触ってもらうような授業を作ってくださいって言われたんです」とガリポン特任助教。そこで浮かんだのが、「顕微鏡の3Dデータを3Dプリンターで印刷する」というアイデアだった。これは当時のガリポン特任助教にとって専門外のことだったが、授業内容について助言をくれた教授に秘密でしばらく制作に取り組んだという。そして、印刷に成功したのだそうだ。「こっそり頑張ったらできてしまったんです。でっかく印刷して、先生がいない間に机の上に置いて、一言『できました』とだけメッセージを添えました」と当時を振り返った。
もちろんその教授にはとても驚かれ、そこから話が広がっていったという。駒場博物館(東京大学キャンパス内)での展示や論文執筆を行い、研究をスタートした。
「バイオプリンティング」の成功を目指して
その後東京大学から義塾に籍を移したガリポン特任助教。「ずっとプラスチックだけで印刷しているのはつまらないなと思ったんです。今度はプラスチックじゃなくて細胞とかでも作りたいなと思って」と、バイオプリンティングの研究を始めた。臓器などのモデルを印刷することを目指したが、そのためには様々な分野の融合が求められた。印刷する3Dデータと、印刷のための材料(細胞とゲル)、そしてそれらを扱えるバイオプリンターを揃える必要があるからだ。
ガリポン特任助教は、「情報工学と、生命科学と、化学、あと機械工学が必要です。生命科学以外は専門外なので、とてもチャレンジングです」と語る。現在、3Dデータの作成はガリポン特任助教と海外インターン生、細胞関係の研究はSFC生や地元・鶴岡の高校生、バイオプリンティングの研究は鶴岡工業高等専門学校と一緒に取り組んでいる。
しかし、ガリポン特任助教が主に取り組んでいる3Dデータの作成には数々の難しさがあるという。
3Dデータを3Dプリンターで印刷するためには、データを細かくスライスして切片データを作る必要がある。3Dプリンターは「塗る」か「塗らない」かの0か1の情報しか判断できず、グラデーションが含まれる3Dデータには対応できないからだ。さらに、3Dデータが取れる顕微鏡装置は高価であり、全ての大学や学校に置かれているわけではない。そこでガリポン特任助教は、標本構造を解析するために標本を物理的にスライスする「ミクロトーム」という機械に注目した。
そのシンプルな仕組みから、18世紀から使われてきているというミクロトーム。しかし切片作成はあくまでも手作業による部分が多くなるため、どうしても微妙なぶれ(回転など)が発生してしまう。それに加え、構造解析のために用いられてきたミクロトームにはそのぶれを把握する機能はない。そのため、機械学習を用いて画像を自動修正し、連続切片から標本の正しい3次元モデルを計算することを目指しているそうだ。
クマムシが大好きだというガリポン特任助教は、この研究にクマムシの3Dデータも使用している。「この研究に関しては、使う3Dデータは小さな生き物のものであれば何の3Dデータでもいいんです。すると、私が好きなクマムシでもいいわけです!」と笑いながら語った。ガリポン特任助教はクマムシの研究者ではないが、クマムシを食べたり、クマムシ学会に足を運んだりしているそうだ。上の写真の「オニクマムシ」は肉食で、自分より大きい生物を食べることもあるクマムシだという。
この3D標本では、口(写真中央)はもちろん、足の爪まで詳細に印刷されている。しかし現時点では3Dデータ上でクマムシとシャーレの境目を判断できないため、シャーレの一部分も含めた標本になっている。このような点も、機械学習で改善が見込めるそうだ。
顕微鏡の中の世界に「触れられる」ようになったら…?
「3Dデータをどんどん作ることができれば、プラスチックでの3D標本印刷にも、バイオプリンティングにも使うことができる。再生医療、バイオアート、バイオミメティクス(生体模倣科学)、科学教育、様々な分野で応用ができる」とガリポン特任助教。どの生物のどの内臓を印刷したいかとよく質問されるが、何か特定のものを印刷するのが目標ではなく、その「印刷」そのものができる世界をつくることが目標なのだという。「細胞を建物くらいに大きく印刷して、自分が微生物になったような感覚で登ったりできたら」「ぷにぷにした透明なゲルで生物の内臓を印刷して、教科書に載っている図とかでは表現できていないような、生物の立体的な構造をそのまま見て触れるようなものを作りたい」などと、3Dデータの作成やバイオプリンティングが成功した未来を想像して、さまざまな夢を語った。
現在、ガリポン特任助教はクラウドファンディング「顕微鏡のなかのミクロな世界を3Dプリンタで出力する!」にて研究支援を募っている。期限は来週28日(水)。目標金額を達成したため、現在はセカンドゴールの達成を目指しているそうだ。支援は1,000円から行うことができる。この機会に、ぜひ支援してみてはいかがだろうか。
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【2017年6月25日(日)1:00 編集部追記】
見出し「『バイオプリンティング』の成功を目指して」下に写真を1枚追加いたしました。