「SFCらしさ」を再発見し、激変する社会におけるSFCの役割を見出す「復刻! CLIP Agora」。今回は、法教育を通じてのいじめ問題解決策を研究・模索している山﨑聡一郎さん(総3)にインタビューした。

日常生活のなかの法律をわかりやすく翻訳

「こども六法」の表紙

法教育とは「法律専門家ではない一般の人々が、法や司法制度、これらの基礎になっている価値を理解し、法的なものの考え方を身につけるための教育」(法務省)で、山﨑さんは研究成果の一環として、法教育の現場で副教材として使える「こども六法」を製作した。日常生活でよく使われる法律をわかりやすい言葉を使って抄訳し、冊子にまとめている。21日(金)・22日(土)に東京ミッドタウンで開催されるORF2014の展示で配布される予定だ。
 
 

潜在的な「いじめ問題」意識を授業が触発

— どのような経緯で現在の研究テーマにたどり着いたのでしょうか?

SFCに入学する前から特にこれを研究したいと考えていたわけではありません。ただ、過去の自分自身の経験から、いじめ問題に取り組みたいという人生のミッション的なものは持っていました。そんな中、SFCの「法と社会」という授業の教科書の中で、法教育についての紹介がありました。それを知って「これ、もしかしたらいじめ対策に使えるんじゃないか?」と思ったのが、現在の研究を始めたきっかけですね。
 

“閉鎖社会”に縛られる小中学生―法意識が低下しいじめがエスカレート

— 法教育といじめ問題、一見あまり関係がないように思えますが、どういう結び付きがあるのでしょうか?

いじめというのは、小学校5年生ごろから増え始め、中学1年生をピークに減っていきます。大学生にもなると、いじめ件数は大幅に減っています。いじめは大人の社会でもあるのですが、それらは所属している特定のコミュニティで起こることが大半です。例えば、大学生ならサークルですね。しかし、大学生は自分の居場所についてある程度の自由が利きます。それに対して、小学生や中学生はどうでしょうか。
 小学生や中学生は、学級つまりクラスに縛られていることが大きな特徴です。いじめられていても毎日同じクラスで学ぶしかないのです。さらに、小学校というコミュニティは、問題が起きてもあまり外部にそれをに持ち出さなかったり、悪質な場合でも警察を呼ばずに先生だけで解決したりする。そんな一種の閉鎖社会になっているんです。そういう環境にいると、加害者児童生徒は法律をあまり意識しなくなり、いじめが犯罪レベルに至るまでエスカレートしていきます。また、被害者児童生徒も、警察や法などに頼って自分で自分を助けるということを考えられなくなってしまうのです。

いじめは常在するもの―せめて法教育でエスカレートを防げるのでは

いじめの件数は、実は昔からあまり変化していません。いじめというのはコンスタントにあるもので、僕はそれがいじめの本質の一部だと考えています。いじめを根本的には解決できなくても、せめていじめのエスカレートを防ぐことは、法教育を通じてできるのではないか。これが僕の研究の一つの目標点になっています。
 

わかりやすさに苦戦―言葉のやさしさと法令の順番を工夫

— そんな想いが、「こども六法」に繋がっていくのですね。編纂するにあたって、何を意識しましたか?

第一に意識したことは、わかりやすさですね。今までも「やさしい」を称するものがありましたが、「法律を勉強しよう!」と思っていない人には全然やさしくなかったんです。ただ、確かに「やさしく」はものすごく難しい。法学部の学生と一緒に校正をしましたが、どこを噛み砕いてどこを噛み砕かないかで結構悩みました。単純に訳すだけだと意味が全然わからなくなる条文があったり、意味が若干変わってしまう条文があったりして、苦労しました。
 ほかにも、言葉のチョイスだけではなくて、法令を載せる順番も変えました。普通の六法だと、まず最初にくるのは憲法ですが、「こども六法」では私たちの生活でおそらく最も身近な道路交通法を最初に持ってきました。実感が持てて具体的なものほどわかりやすいので、その順に載せていきます。いわば普通の六法の逆ですね。
 「こども六法」というネーミングも随分悩みました。法律は、大人でも読むのが結構大変だと思います。そういう意味で、わかりやすい言葉で書かれた六法というのは、子どもだけでなく大人にも有用です。なので、「こども六法」だと大人からしたら利用するにはかなり抵抗があるのではないかという懸念も出てきました。でも、結局のところ、当初の目的に帰って「こども六法」にしました。
 

教室に1冊置いてみては―条文を簡略化することで思考の広がりを期待

— 「こども六法」はどのような形で使われることを考えていますか?

ひとつの教室に1冊、辞書のような感じで置かれるのが目標ですね。また、「こども六法」は、極力条文の説明を避けています。これはあくまで法教育の副教材で、これを使って教えるのは先生の仕事だという立場に立っているからです。。例えば、「こども六法」を使って、なぜこんなルールがあるのだろう、などという疑問をクラス全員で考えるような使われ方を考えています。
 

SFCで個人研究 SFCらしいがゆえに難しい!?

— SFCではどの研究会に所属しているのですか?

SFCには自分の研究を専門に扱っている研究会がないので、法律の部分は新保史生研究会(情報法)、教育の部分は藁谷郁美研究会(学習環境)で学ぶという感じです。2年生の春学期に新保研に、秋学期に藁谷研に入りました。
 

研究会は発表の場

— 「こども六法」には研究会での活動が関わっていますか?

むしろ逆です。もともと根底にあるのが自分の個人研究なので、あまり関わっていないですね。僕にとっての研究会は、発表の場という意味が一番大きいです。僕の場合は、新保先生と藁谷先生が「好きなことをやっていいよ」と言ってくださったから、今の研究ができています。
 

— 個別研究でもSFCでは研究会がベースになることが多いので、意外ですね。

研究会が必修である以上、研究会に入らなければなりませんが、裏を返せば、研究会に入らないで研究するのは非常に難しいんですよ。発表する場所がないからです。
 とは言え、発表する場所があっても、まず最初にある程度自分の研究に関して知識がある人の前で発表しないと足がかりが作れません。新保研も藁谷研も個人研究制を取っていますが、それぞれ法律か教育に何かしらの関心と知識を持っている学生が所属しているので、彼らの前で発表することによって意見を交換できるのが僕にとっては一番のメリットです。

SFCの先生方は、最先端を行く研究をなさっている方が多くて、学生はその先生方の研究に携わることによって最先端に触れるということが結構あると思います。その反面、研究という観点で自分が最先端を行こうという人には、SFCはなかなか難しい環境なのかもしれません。
 

作るだけじゃ意味がない―教育現場での実践に向けて新たな一歩を

— 山﨑さんはそんな中でどのように立ち回りしていますか?

「こども六法」は、ただ作るだけでは意味がありません。実際の教育現場で使ってみないと改善点もわかりませんし、そもそも教育に使えません。そこで、新保先生の勧めを受けて、SFCの教育奨励基金(学習・研究奨励金)に応募し、支援を受けることができました。まさか通るとは思っていませんでしたが、これで「こども六法」を製本して刷ることができました。次は、実際の教育現場で使ってみたいと考えています。正課の授業に組み込むことは難しいかもしれませんが、賛同してくれるNPOと一緒にやってみたり、学校に置いてもらったりするなど、様々な可能性を模索しているところです。

「こども六法」はORFでも新保研と藁谷研のブースで無料配布します。一人でも多くの方に手にとっていただいて、フィードバックを頂けたらいいなと思っています。

山﨑聡一郎さん

SFCや研究会の範疇にとらわれない、自由な研究を実践している山﨑さん。既存の枠組みにとらわれないがゆえに現れるハードルを乗り越えて、山﨑さんは進んで行きます。学生自身が最先端を行く研究、これからさらに注目していきたいですね。

SFC CLIP編集部では、SFCの外で活動するSFC生や卒業生、あるいはSFCについてもの申したい方を募集しています。「そういう人を知っているよ!」「我こそは!」という方、ぜひ教えてください!

【2015年6月19日編集部追記】
山﨑さんが編纂してきた「こども六法」ですが、2015年5月にネット通販サイトAmazon.co.jpにて電子書籍として発売開始されま した。Kindle向けで、価格は¥500。この機会に実物を見てみるのはいかがでしょうか。