年の瀬の押し迫った時期に発生した東シナ海における不審船事件。1999年に能登半島沖で起きた不審船事件(この時は卒業式後の園遊会で、深夜のインターコンチネンタルホテルは緊張に包まれた)と比しても、かなりの衝撃を国民に与えたことは確かだ。今回は、情報がまだ錯綜している段階ではあるが、組織と情報という観点から、論点を整理しつつ、今後の課題について考えてみることにしたい。


■ 何が問題だったのか?
 今回の問題を通してみると、例えば巡視船の装備、臨検・拿捕ルール等の法整備、海保と海自の協力関係等、数多くの問題が指摘されている。これらに関しては、紙幅 の関係から今回は捨象することにしたい。(いずれにせよ、問題は山積していること は明らかであり、今回の事件をきっかけに国会等で議論が行われ、解決の方向へ向かうと期待したい)
 今回、取り上げるのは「情報(インテリジェンス)の流通」である。これは、地味ではあるが、軍事組織上の問題に止まらず、一般的な組織マネジメントにおけるセクショナリズム・官僚制という問題にも通じており、我々にも無関係な話ではない。
 ここでは、情報を「インテリジェンス」と呼称したい。インテリジェンスとは、一般的な情報の概念よりも狭く、「何らかの環境下において、意志決定に役立つ情報(使える情報)、及びそれを抜き出す行為」と定義できる。このインテリジェンスにはスパイラル状に進化し続けるという特徴(インテリジェンスのサイクル)があり、(1)ニーズの伝達(2)情報収集(3)情報の精製(4)情報の分析・成果評価(5)配布・伝達(6)行動計画の企画立案・実行→(1)にフィードバック という流れとなっている。
 このような、情報流通の観点から細かい検討を行ってみると、日本政府・首相官邸を中心とする危機管理体制における情報流通は甚だ不十分なもので、今回の事件はむしろ現場レベルでの果敢な決断と、類希なる幸運により、「偶然」解決されたのであり、情報流通の観点から見ると、とても適正な対処が行われたとは言えない事がわかる。問題点をまとめてみると、
(1)情報装備の貧弱さ:
通信傍受から哨戒機が出動したが、データ電送装置が装備されていないタイプだったため、基地に帰って現像しなくてはならず、不審船を発見してから海保への通報に時間がかかったとか、現像した写真を防衛庁への転送する際に数時間を要した(おそらく防衛用ISDN回線で数十メガの画像ファイルを送信したと思われる)など、インフラ面に起因する問題で対応が遅れた話
(2)情報認識の甘さ(情報評価能力の欠如):
官邸が海保の一時情報を重視し、不審船ではなく、密入国船だと判断して、一部閣僚は家に帰るなどしていたことなど、危機管理に当たる担当者の認識の話
(3)首相官邸を中心とする「情報の導線」がしっかり出来ていたのか:
防衛庁の事前情報がどこまで官邸に上がっていたのか。海保と海自の連絡体制にはマニュアルは整備されていたのか、外務省・首相官邸・防衛庁情報本部・統合幕僚会議(海幕)・国土交通省・海上保安庁・現場の間での情報の導線(情報が上がっていく流れ)はうまく整理されていたのか、という組織上の話
という整理が出来る。先程のインテリジェンスのサイクルから考えると、特に(3)の情報の導線の設計、あるいは情報の結節点(ノード)で流れが阻害していなかったか等の検証が急務であろう。
■ 情報流通体制の整備に何が必要か
 この情報流通の問題に関しては、米国の先例に学ぶところが大きいであろう。 米軍は、この90年代を通して「軍事における革命」RMA(Revolution in Military Affairs)という運動を進めているが、とかく注目されがちなハイテク兵器に比して地味ではあるが、ロジスティクス(兵站)を含めた、情報流通による効率化の意味を見逃すべきではない。
 巨大組織であった米軍では、湾岸戦争時に、空軍と海軍との間で直接データを電送することが不可能であったために、爆撃命令書をフロッピーディスクに入れて、リヤドから輸送機で空母まで運んでいた等 、情報流通体制の貧弱さが露呈したこともあり、セクショナリズムに起因する非効率性に対しての改革が叫ばれた。また冷戦崩壊に伴う人員・予算の削減の中、戦力を維持するためには情報流通を鍵とした全軍の効率化しかない、という認識の下、データリンクのデジタル化・4軍での統合化を行ったりするなど、人員削減を受け入れる代わりに新規の情報インフラを導入したり(戦術インターネットの導入)、セクショナリズムを打破しようと装備の共通化を進めたりと、血が滲むような努力を重ねてきた。その結果、コソボ紛争やアフガン戦争での驚異的な効率性の達成を実現した。日本も謙虚に米軍の成功に学ぶことが必要ではないか。
 本来、インテリジェンスにはOSMINT/HUMINT/TECHINT(公開情報、人経由の情報、電子情報・通信傍受による情報)の3種類があるが、日本は特にTECHINTの技術に優れているという評価を冷戦時代から得ている。今回も米国の偵察衛星からの通報に基づき、北朝鮮工作船が出す特有の電波を自衛隊の通信施設が傍受しており、それに応じてP3Cが出動したという。
 ということは、その情報の流通体制を整備し、判断能力を高めていけば、運用面においてもかなりの改善が期待できるのではないか。イージス艦1隻作るために数千億円突っ込むなら、その分を情報流通インフラやデータリンクの共通化に投資した方が、巨大組織を動かすにはよっぽど有効であることを今回の事例は示唆している。 (了)

■Profile:しぶかわしゅういち(1999年総卒)
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SFCを卒業後、国際大学グローバル・コミュニケーション・センターに所属。独立行 政法人経済産業研究所、東京大学情報学環・学際情報学府にも籍を置いている。 専攻は情報通信政策・情報社会学。 また、SFC ALUMNI NETWORK(http://www.sfc.ne.jp/)の運営も行っている