このコーナーでは、SFCの学生ならば読んでおくべき本2冊を、SFCの各分野の教授から隔週で1冊ずつ推薦していただきます。
 第2回目は、先々週に引き続き、政策・メディア研究科教授、中島洋先生に2冊目を推薦していただきます。


 ――― 中島先生、ご推薦の本 ―――
 ■■ 『応用倫理学のすすめ』 加藤尚武(著)丸善ライブラリー
 実利的な世界への関心が極めて強いSFC生にぜひとも読んでもらいたい本を挙げるとすれば、2冊目は加藤尚武著 『応用倫理学のすすめ』だろう。今日的状況から、われえわれがいかに生きるべきか、いかに生きることが正しい、と呼べる生き方なのか、その思考過程を整理してくれる名著である。
 筆者の卒業した古巣の倫理学科は、もはや大学の中に居場所を失ってしまったらしいが、それほどまでに「倫理学」は現代社会の中で存在感が乏しくなった。  
 しかし、仮に「倫理学」は消えてなくなったように見えても、 「倫理」そのものがこの世から消えてしまったわけではない。人は生きる上で、意識、無意識を問わず、何らかのルールに沿って生活し、行動している。人は、このように行動するはずだ、という「人々の暗黙の合意」がこの裏側に働いている。つまり、1つの共同社会では、そのメンバーが合意している何らかのルールが働いている。これを倫理と呼んで良いだろう。
 著者は、宮沢りえの写真集を題材に猥褻とは何かを議論し、共同体に働いている合意を発見し、それが正しいものか正しくないものかを判定する基準は何か、を現代的な実例をもとに平易に明らかにしてゆく。このように合意を発見し、それが正しいものかどうかを評価する方法を提起する学問が倫理学であると紹介し、死にかけた倫理学を見事に蘇らせつつある。
 ネットワーク社会は技術が猛烈な勢いで進展し、何が人間にとって正しいものなのか、その判断基準が見失われつつある。そうした暗中模索の状況に、一筋の明かりを差し込んでくれる名著である。
【中島洋(なかじま・ひろし)氏】
 1947年生まれ。東京大学大学院修士課程(倫理学専攻)修了。73年日本経済新聞社入社。 編集局産業部で貿易問題、中小企業、農業・食品産業、情報通信産業、経団連などを担当。途中、日経マグロウヒル社(現日経BP社)へ出向して「日経コンピュータ」「日経パソコン」両誌の創刊を担当した。89年から日本経済新聞編集委員。97年に日本経済新聞社を退職し、同年6月、塾大学大学院政策・メディア研究科教授に就任。2001年には、インターネット博覧会(インパク)政府企画のプロデューサーを務める。そのほかにも、国際大学グローコム教授・日経BP社編集委員などを兼務。著書に「マルチメディア・ビジネス」「イントラネット」(以上ちくま新書)など。