「コンピューターの持っている価値を最大限に引き出せるかどうかはインターフェースしだい」
 安村通晃先生はSFCでインタフェースの研究をされています。今回のProject CLIPでは安村先生の研究経歴、インターフェースに関する考え方、 研究プロジェクトについてお話を伺いました。


-学生時代から、ヒューマンインターフェースに興味、関心をもっていたのですか?
 そんなことはなかったです。大学に入学してからも文系か理系か迷っていました。そんな時に今は亡きフランス文学者の桑原武夫さんに進路に関して相談しに行ったのです。「文系から理系に行くのは大変だが、理系から文系には行きやすい」というアドバイスを頂き、理学部に進学することに決めたのです。その後、就活や国家試験などを受けましたが、あまり明確な目標があったわけではありません。なんとなく大学院への進学を考えていました。   
 ちょうどその頃の東大には日本のコンピューターの草分け的な存在の高橋秀俊先生がいらっしゃって、面白いことができそうということで情報科学の分野で大学院に進みました。大学院にはUCLAも含めて7年間いましたね。その後、日立研究所で研究員として働きました。常任理事の斉藤信男先生と知り合いだったので、SFCがつくられる時に誘われたのです。その時にたまたまインターフェース設計論の授業を持つことになりまして、それで研究してみようということになりました。人のためになる、人にやさしいシステムを作ってみたいと思い、インターフェースの研究を本格的にはじめたのです。
-人とコンピューターとの関係性はどうあるべきなのですか? インターフェースを研究されている安村先生の考えをお聞かせいただければと思います。
 昔コンピューターは貴重なものだったのでコンピューターを神格化する向きもあったわけです。でも今、我々はコンピューターを道具として考えています。開発者サイドからみれば、ただ単に気の効いた道具というよりは、やはり今までになかったことをやってくれる道具と思いたいですし、そういう使い方をしたいと思うわけです。そのためには従来のアナログデバイスにはないデジタルデバイスならではの面白さも出したいわけです。ただその一方で機能が複雑化して使えないものになってしまっては意味がないわけですから使いやすくしたいわけです。
 コンピューターが高性能化、高機能化したところで、使いこなせないという問題が起これば、それは致命的です。そのコンピューターの持っている価値を発揮できないということになるわけですからね。コンピューターの価値を余すところなく引き出すことができるかどうかはインターフェースにかかっていると言っても過言ではないのです。
安村先生:パソコンが流行った理由は何だと思いますか?
CLIP編集部:今まで分散していた機能が統合されているということですか?
 確かに。ある意味で正解です。マッキントッシュやウィンドウズが登場してきてからパソコンが普及したという見方もできますね。でも、もっと本質的なのは、ウェブの登場です。ティム・バーナーズ・リーがハイパーテキストという考え方を生み出しました。これによって人々は以前からあったインターネットの世界に容易にアクセスできるようになったのです。これはインターフェースが劇的に変化したからです。アラン・ケイの貢献も大きいですね。研究者や一部の人しか使えなかったコンピューターを教師、子供、アーティストが使えるようなコンピューターを作ろうとしたわけですから。アラン・ケイが当時つくっていたパソコンの原型ALTOのGraphical User Interface(GUI)をXeroxパロアルト研究所に見にいったスティーブ・ジョブスが全てGUIで操作できるマッキントッシュを世に送り出したわけです。
 今はMicrosoftがOS市場を支配しているようにみえるけど、何か新しいインターフェースが登場したらその支配体制はかわるかもしれない。我々はどんなものが望ましいか考えれば、新しい可能性のあるものができていくと思います。何でPCの操作は、マウスとキーボードなのか?そこらへんを疑ってみることで新しいインターフェースが生まれるかもしれない。
-機能美に優れた工業製品というのは、人間と触れる部分、すなわちインターフェースが優れているといえるのですか?
 インターフェースも美しさや実用性を求めますが、やはり重要なのは「使いやすさ」、「わかりやすさ」なんです。これら二つのことが両立するのが最もいいわけです。だが必ずしも両立しない場合がある。典型的なのはSFCのドアです。一見デザイン的に美しいが押すか引くかわからない。結局「開」、「閉」のラベルを取ってのところに貼り付けることになってしまう。安易な機能美や工業デザインはインターフェースに対立することになってしまう。高次元ではそれらは一緒になるべきなのです。特にイタリアは伝統があって美に関する意識がありますから、両方が満たされていないと製品が受け入れられないということもあるかもしれないですね。
 日本の家電製品の場合、いかに「安く」、「高品質」、「高機能」かが重要になっている。インタフェースはヨーロッパに比べると悪いですね。デザインにも意識が向いてない部分があります。やはり人が道具を使うときには美しい、楽しい、使いやすいという条件を満たす必要があると思います。
-研究会ではどのような研究が行われていますか?
 HAIRG(Human Artifact Interaction research Group)人間・人工物インタラクション研究グループという研究プロジェクトで活動しています。研究会の形態はC型(4単位)です。このプロジェクトは第一には、どうしたら使いやすい、新しいコンピューターを作れるか考えていくことに興味を持ち活動しています。第二に、人間と人工物(AIBOなどのロボット)とのインタラクションについて考察することを目的に活動しています。
 私の研究会には犬のインターフェースについて考えたいという学生がいまして、犬と人間をある種のメディアを介し、インタラクションを実現したり、あるいは犬同士がメディアを介してインタラクションをすることを考えています。それは確かに難しいのですが、将来的には可能かもしれない。なぜならば赤ん坊の泣き声でオムツを替えてほしいのかミルクを欲しがっているのかが、母親はわかるのですよね。それを音声分析にかけるとどっちの泣き声がどの反応なのか、定式化できるわけです。同様に犬に詳しい人が犬の鳴き声を聞けば何をしてほしいのかわかるわけです。同じようにそれを発展させていけば犬と人間の間での翻訳装置ができるかもしれない。
 私の研究会は一人で研究してもいいし、グループワークでやってもいい。何をやっても構わないです。自分の面白い発想でやってほしいから、こちらからこの研究をやりなさい、ということは一切言わないようにしています。
-今までのお話をお聞きしていると安村研はコンピューターの知識がある程度ないと敷居が高い気がしますが、プログラミングが苦手な人にも研究会に来てほしいと研究会のシラバスに書いてあるのは意外ですね。
 プログラミングができないというのは、コンピューターに指示するプログラムの構造が悪いのかもしれないですし、プログラムの教育方法が悪いのかもしれない。なぜ出来ないのかということを一緒に考えてみたいのです。システムを設計する能力をその人が持っているならプログラムそのものを書けなくてもいいかもしれないわけです。もしかすると新しい時代のコンピューターシステムを設計できるかもしれない。そういう点でプログラミングが苦手な人、出来ない人にもぜひ入ってきてほしいわけです。もしかするとJavaは30年後には違う形になっているかもしれないですね。
-安村研究会の研究で実用化されたインターフェースはありますか?
 ないですね。研究としても実用としても高い価値があるすごい研究はたまにあります。でもこれは稀なケースです。普通は、あるアイディアを出して、その可能性を示すという研究と、あるものに、問題点があったら改良してもっと実用的にする研究、この2つがあると思うのです。前者は研究所や大学の役割、後者は企業の役割だと思います。学生の皆さんに期待したいのは、実用的なもので明日にも使えるというふうにするためには何が必要かということはもちろん知っててもらいたいが、一方でできるだけ新しい柔軟な発想をするためにはどうすればいいのかということを考えてほしいと思います。オリジナリティーのある発想がいかに有効であるかを示していくことを特にSFCではやっていく必要があると思います。
-安村先生の関わっているプロジェクトでアクセス研究会というプロジェクトがありますが、具体的にどのような研究を行っているのですか?
 アクセス研究会は、1992年、もともとは外部の人から共同研究として提案され、やりはじめたものですが、今は完全にボランティア精神でやっているものです。ですから、研究プロジェクトや研究会、大学院のプロジェクトとは全く無関係です。SFCの学生と、私と外部の研究者でやっています。主旨は、テクノロジーを使って障害者や高齢者、誰でもが、今より快適に、自分のやりたい仕事をやれるようにしようという自発的な研究グループです。
 SFCはボランティアの精神がかなり強く、とても良いと思いますが、ボランティアというものはみんなが日常的にやらないといけないものだと思います。もう一方でせっかくIT技術があるのですから、それらを障害者、高齢者など誰でもが、そのことによって支援されてより使いやすくするという研究が必要なんです。それは福祉工学や障害者向けの"adapted technology"と呼ばれているもので我々アクセス研究会でやろうとしていることはまさにそれです。
 この研究をやっていて、おもしろいことは、障害者の研究をやっていると障害者のためにやっていると思うが、実はそればかりではなく他にも色々と教えられることがいっぱいあるんです。それはつまり、我々の知らなかったような研究ネタがいっぱいあり、障害者という視点を取り入れただけで、今までの技術が違うぶんに生かされるという発見があり、とてもおもしろいです。
-talking signについて
 -日本ももっとこうしていったらいいのではないか?-
 例えば、目の見えない人が、トイレをどのように使っているかを視覚障害者の人に聞いてみました。すると、やはり知っているところにしか行かないとのことでした。その理由として、トイレの位置はわかるそうですが、男性用か女性用かがわからないと言っていました。そのようなことは聞いてみて初めてわかることですね。それを聞いた時、私は、視覚障害者の人が男性用トイレか、女性用トイレか認識できるものをアクセス研で作ろうと思い、研究を始めたんです。しかしその直後に、そのようなものが、アメリカにすでに存在するということを知ったんです。それがtalking signというものでした。
 talking signとは、手に持っているレシーバーが発信機に近づくと音が鳴るため、まずだいたいの方向がわかるというものです。詳しく説明すると、その発信機は録音しておいた音を赤外線にかえて発信し、赤外線はある方向性をもっているため、手に持っているレシーバーが発信機に近づくと音が鳴る仕組みなのです。また、その発信機に違う言葉を入れていけるので、簡単に音のラベルがはれるのです。 talking signには日本の企業も注目していて、日本版を他の研究者と協力して作ったりしました。
 talking signがアメリカに存在することを知って思ったことは、「アメリカはアイディアを思いついたらそれを形にして、商品にまでしてしまう。日本ももっとそのようなことを行っていくべきだ。同じことを考えていても、ただ頭の中にあるだけで、論文を書くだけでは足りなくて、ものにしていく必要がある。大学はアイディアを出して、プロトタイプを作ったら、それをどこかのベンチャーないし、研究費をもらってきて、実用化することもやった方がいいかもしれない」ということですね。
 現在、存在する視覚障害者の支援システムは、視覚障害者関係なしに、それ以外の誰にでも情報を提供しているため、余計にお金がかかっています。例えば、人が通ると検知して、いっせいに音が出てくるなどの機能を備えているものなどです。 でも、talking signは、持っている人にだけ適切な情報を伝え、非常にローコストで優れたものなんです。このように良いものを、地方自治体に使ってもらおうと思い、持っていったのですが、地方自治体の考えは、国がすでにやっていて、非常に金額が高く、それが計画としてあげられるものは導入するけれど、そうでない、実は非常に使いやすくていいものだけれど、ローコストなものはかえって導入しにくいという矛盾があることを知りました。それは問題ですよね。
-携帯電話と障害者の研究について
  -発見の連続でおもしろい-
 去年は、アクセス研で研究テーマとして携帯電話と障害者を取り上げてみました。動画を送れるという点に注目して、NTT DoCoMoのFOMAを用いて実験しました。研究では、目の見えない人が外を歩くとき、家にいる人と常時携帯をつないで、動画を送るというような実験をしました。そして、例えば、家にいる人が送られてきた動画をみて「ここに階段があります。階段を3段おりてください、その先自転車がありますから、ちょっと左によけてください」などと、目の見えない人に教えることで、歩くことが出来るということがわかったんです。
 FOMAを作ったドコモはそのような目的で使うとは全然思っていなかったでしょう。障害者という視点を取り入れただけで、今までの技術が違うところに生かされるということです。そういうことの発見の連続で、おもしろいです。
-視覚・聴覚・触覚
 -ひろがる可能性- 
 今のコンピューターは、障害者用に考えたとき、もっと違ったかたちで使えるようになるかもしれないと思います。
 そういう意味で大学院でやっているプロジェクトを「マルチモーダルインタラクション」という名前にしています。視覚・聴覚・触覚という複数のモダリティーを使うということで、今までコンピューターは、視覚中心でしたが、聴覚・触覚までもっと使っていこうという考え方です。
 視覚で与えられた情報を聴覚、または触覚に変換するということで、必然的に障害者にも使えるようなものに発展していくのです。
-アクセス研究会の現状は?
 一番ネックなのは、メンバーの数が少ないことですね。やはり学部の1、2年生、3先生くらいが中心になって、元気に、活動してくれると一番いいですね。
現在メンバーは30名ほどいます。しかしミーティングに参加するのメンバーは学生が10人から15人くらいで、ちょっと少ないですね。意識の高い学生の参加を、お待ちしています。