澁川修一(国際大学GLOCOM/独立行政法人経済産業研究所/東京大学情報学環)[email protected]
※ 本稿掲載のurlは2002年6月5日現在のものです。

1.問題の経過

既に、新聞紙上を含め、様々なメディアで取り上げられているところだが、株式会社タカラ(以下、タカラと略)が、2ちゃんねる(2ch)他、ネット上の掲示板で広く使われているAA(Ascii Art)キャラクターである「ギコ猫」→(,,゚Д゚) の商標登録(平成14年3月12日付で特許庁へ商標出願の手続を行った、商願2002- 19166「ギコ猫」)を進めていることが6月2日の夕刻、2ちゃんねるのニュース速報+板のスレッド(スレ:"thread", 糸、筋道、話題の意)「【商標】『ギコ猫』はタカラの猫?【申請中】」が立てられたことで明らかになった。これは2ちゃんねるの住人(2ちゃんねらー)の間に、瞬く間に激烈な反応を呼び起こした。つまり、ネット上でユーザ自身の手によって育てられてきたキャラクターを自社の商売にしようとする、まったくもって「盗人猛々しい」動きであるというものだ。かくして2ちゃんねらーたちの怒りはリヒター・スケールを突き破り、タカラへの抗議運動は燎原の火のごとく、ニュース速報+板から、果ては鉄道路線・車両板にまで広がり、1時間に3スレを消費する(=平均して1分間に50書き込み)という、過去最大級の祭り となった。

ギコ猫

さらにタカラたたきのflashアニメ[ii] やAAが大量生産されるとともに、ニュース速報+板のdefault表示が「ギコ猫( ゚Д゚)さん」、ニュース実況★板のdefault表示を「朝までギコ猫( ゚Д゚)さん」へと変更され、2ch全体での抗議の意志が示された。
参考:情報集約ページ「タカラ逝って良し」
(http://members.tripod.co.jp/giko_2ch/)
 実は、このタカラの動きは、2日深夜まで2ch運営陣の知るところではなかった。2ちゃんねるの管直人であるひろゆき氏の第一反応も「いやぁ、寝耳にミミズクで、、、」であった。[iii] のだが、即座にひろゆき氏は、正式に抗議を行う姿勢を明確にし、タカラに対しての公開質問状(上記「タカラ逝って良し」にて公開されている)を作成開始する(送信は3日早朝5時)と共に、2ちゃんねるのトップページの画像をギコ猫に変更した。
 翌3日朝になっても、当初の勢いこそ弱まったものの、抗議の顛末を伝えたひろゆき氏個人のメールマガジンの読者経由などで、世間に広く事件が知れ渡るようになり、この祭りは新規参入者を多数巻き込みながらも続いていった。メディアもこの頃には取材を始め、2ch事情に聡いZDnetが早速速報記事で伝えた。[iv] その間2chでは、タカラの大株主が、「パトレイバー」等、キャラクターアニメに関しての商標登録を行ってきた経緯があるコナミであること等から、タカラのみならず、コナミへの批判が高まると共に、同様の商標権をベースにしたキャラクタービジネスに対しての危機感が高まった。 そうしているうちに、午後3時になって、突然タカラのHPに「商標出願取下のお知らせ」が現れ、一連の行動を「軽率だった」として、ギコ猫の商標登録出願の撤回を願い出たことを明らかにした。[v] この素早い、かつ真摯な対応に2ちゃんねらーの怒りも急速に収まっていった。
 おそらく、上記の「タカラ逝って良し」ページや各スレなどで、タカラに対しての組織的抗議メール送信が呼びかけられていたことからして、相当程度の抗議メールが殺到したことは想像に難くない、また、タカラも、キャラクターに関する商標登録自体は毎年1000件余り行っている日常的な業務であることから、商標登録をやや軽く見ていたのではないか。つまり「ギコ猫」には著作権がないことに目をつけ、商標登録した上で商品化しようと申請してはみたものの、本来ギコ猫グッズを買ってくれるはずの2ちゃんねらーからの、あまりの怒りの激しさに、当初方針を撤回し、謝罪する羽目になってしまったのだ。
 以上が、今回の祭りの概要であるが、この事件から導き出される教訓とは何だろうか。私見であるが、次の2点を指摘しておきたい。まず第一に、ギコ猫のようなAA等の掲示板文化の資産はどのような扱いをされるべきなのかということ。そして第二点として、2ch(≒ネットユーザ)を敵に回すことがどうしてその企業にとって割に合わないことなのか、ということである。以下、手短に考察していくことにしてみたい。

2.考察

【問題1:ギコ猫のようなAA等の掲示板文化の資産はどのような扱いをされるべきなのか。】
 この問題の根源は、ひろゆき氏が質問状(上記「タカラ逝って良し」で読むことが出来る)の中で述べていたように、「ギコ猫」がインターネット・コミュニティから誕生し、普及した、いわばパブリック・ドメインとして認知されていたものであったということに尽きる。つまり、ある種のコモンズ(公共財)として、例えば(・∀・)イイ!、(´・ω・`)ショボーン、キタ━━━━━━(°∀°)━━━━━━ !!!!!のような形で、日々の掲示板上でのコミュニケーションに利用されているのだ。特にギコ猫は、2ちゃんねるよりも遙か以前、ぁゃιぃわーるど掲示板(1996頃?1998夏頃)にその起源を求めることができるほど古くから掲示板コミュニティの中では親しまれ、さらにモナー板・顔文字板(Ascii Art職人の板)ができて以来、2ちゃんねるの多数のユーザにより、多種多様な亜種が誕生し、育まれてきたのだ。
 そのような現状から考えると、ひろゆき氏が述べるように、キャラクタービジネスの本道が、それを生み出し、育て、普及させていった人々全てにキャラクターの利益が還元されていくものだとするならば、[vi] 独占的にタカラがギコ猫の商標権を有するという事態は2ちゃんねらーに限らず、インターネットユーザ全体にとって、極めて憂慮せざるを得ないものとなっていく。[vii] もちろん、アスキーアートが商標として認められるかどうかは議論が残るところではあるし、特許庁の審査を通過するかどうかもわからない。しかし、いったん商標として認められてしまったら、一義的にはギコ猫は半永久的に「タカラの所有物」となってしまうのである。
 もともと、このようなAAのみならず、ある種の著作的な性質を持つまとまった量の書き込み、さらには昨年爆発的に普及したMacromedia社の Flashを利用した簡易ムービー作品や「ムネヲハウス」で一躍有名となった自作mp3音楽ファイル等、2ちゃんねらーによって2ちゃんねるの中、あるいは周縁部の個人サイト(geocities,tripod等の無料匿名HP領域に多く存在)によって生み出された文化的な生成物について、2ちゃんねるとしてもっと権利を主張すべきではないか、という意見は以前から存在した。しかしその一方で、2ちゃんねるの、サラダボウル的なカオス状況こそが魅力である、という立場からは、それらに権利的な縛りをかけてしまうことの危うさという観点から、自由なコンテンツの利用に重きを置き、それらの権利についてはあくまで自由であるべきとする意見も存在していた。
 2ちゃんねる側としては、その種の文化的生成物に対しての権利保護・著作権の確保などについて、組織的に動くことは行ってこなかった。その理由は、上記のような多様な意見が存在していたことに加え、ひろゆき氏が批判要望版のスレ「タカラのギコ猫商標出願について連絡は無かった…4」にて語ったところに拠ると、以下の4点であったらしい。(1)商標の登録・更新作業には費用がかかる(平成8年改正商標法の規定では一件(一区分)につき21,000円) (2)種類が膨大なため(一件同じ様なAAでもバリエーションは無数にある)、個人で行うには限界がある。毎回更新する手間は面倒だ。(3)何らかの管理団体を誰が、どのような形で行うか。(4)申請を考えようと言う話は前からあったのだが、結局、それを行わない事による明確なデメリットがなかったので、放置していた。以上のような状況があり、「ギコ猫」らはいったい誰の物なのか、という事に関しては、事実上宙ぶらりんの状態が続いていたのだ。AAの著作権に関しても、現行の著作権法では著作権者は明確に一個人(法人)になるわけで、原著作権者が不明、あるいは不特定多数となるAAに関して、権利の主張は非常に困難であるという判断である。
 しかし、今回のタカラによる商標登録申請は、2chの文化的生成物に関してのパンドラの箱を開けてしまったのではないか。今回はタカラという、一般に知られている大企業が行ったので抗議行動もわかりやすく、かつ大規模になった。しかし、ひろゆき氏が上記スレで述べたように、「もし栃木県のなんとか興業とかが申請していたとしたら」抗議行動は実を結ばず、登録商標は取得されてしまう可能性もある。また、一個人が申請をしてしまうかもしれない。結果的に今回はタカラが引き下がることで解決をしたが、このような事態を防ぐために、これを契機にAAに対して確固とした権利保護の仕組みを入れることを検討すべきではないか。
 では、どのような権利保護が考えられるかであるが、上記のように、まともに考えるとかなり難しいことが解る。ただし、ユーザ自身による権利保護により、コミュニティに利益を還元するという考え方を取れば、かなりコミュニティの理解は得やすいのではないだろうか。例えば、2chを襲った1999年8月のいわゆるUNIX危機[viii] 後、収益源の確保に迫られた2chは、運営陣の設立した会社を窓口に、そのようなキャラクター商品のグッズ販売を企画していた。現在の所まだ発売はされていないが(企画は進行中とのこと)この場合、キャラクター商品の収益から、2chの運営費の一部に充当されるという計画であった。タカラもこのような形で、2chのコミュニティに収益が還元されると宣言したならば、コミュニティの側もそこまで怒ることはなかったのではないか。
 ただし、そのためには、ある意味コミュニティが、それらAA等の文化的生成物の所有者である必要がある。すでに、2chでは上記のような2chユーザによる権利保護の仕組みを模索する動きが始まっている。モナー板に6月3日の夕刻に設置されたスレ「【権利擁護】AA協会(仮称)を発足しよう!」[ix]  では、そのような権利保護を行う団体を設立しようという提案が行われている。(下記1( ´∀`)さんの発言(引用)を参照)

【権利擁護】AA協会(仮称)を発足しよう! 1 :( ´∀`)さん :02/06/03 18:20 ID:mf4LII/6  今回の騒動で危うく我々はギコを失うところですた。タカラ側の良識ある対応のおかげで事なきをえますたが、第二第三の「ギコ危機」が起きないとも限りません。  そこで、AA(モナギコ式のヤシ)の企業独占を防ぐために、著作権協会のようなものを拵えてはどうかというご提案。そういう活動実績のある団体があれば著作権トラブル時に強く出やすいだろうし。  とりあへず2ちゃんに立てますたが、話が進んだらメガビその他のAA系の板にも広めていく方針でどうかと。 例: 1。AA協会参加掲示板に於いて初出されたAAは、企業による無届の商用利用を禁ずる。 2。AA協会参加掲示板に於いて初出されたAAの著作権は特定の個人に属さない。 3。フラッシュ等個人制作のものや、掲示板貼り付け等は無届で構わない。

この提案によると、2ちゃんねらーでつくるAA協会(仮称)がAA等の所有者として位置づけられ、商用利用の際には窓口となるということになる。確かに AA協会=2chがAA等の著作権を宣言すれば、企業倫理的に商標権は取りづらくなるだろう。ただし、この協会の財源がどこから捻出されるのか、団体代表者はひろゆき氏になるのか、それとも2chの中から誰かが立候補するのか、等、そのあたりの問題は山積している。
 私見だが、AA等の掲示板上で生成された文化的著作物に関してはGPL(GNU Public License)2.0、いわゆるオープンソースライセンスを導入してはどうだろうか。つまり、ある種の「ソフトウェア」であると位置づけて、AA協会(上記提案のようなユーザ主導の(非営利)団体であるが、ここでは便宜上AA協会と呼称する)が著作権に加えて、AA各種をオープンソースソフトウェアであると宣言するのだ。オープンソースソフトウェアがどういうものなのかについては、ここでは深く立ち入らない[x] が、GPLでは、オープンソースの根幹をなす複製、頒布、改変についての条件と制約として、8つの項目が上げられており、その中で注目すべきは以下の項目である。1)再頒布の自由(第一項)、2)派生ソフトウェアのGPL下での配布(第三項)、3)利用する分野に対する差別の禁止(第六項)。
 これは、フリーで配布を行い、使用することができ(1)、さらにそれを改良した物も(配布する際には)同じ条件で再配布しなくてはならず(2)、それが商用利用であっても構わない(3)ということを意味する。つまり、AA協会がGPLに則りAA等の再配布を認めれば、それが掲示板で利用されるのも構わないし、例えばタカラが商売に使って、グッズの販売をしてもそれは構わないのだ。
 ただし、完全なGPL準拠ということにはしない方がよいかもしれない。2ちゃんねるの運営には、月額40000ドルと言われるコスト(サーバ代・回線使用料)がかかっており、現状ではそれをひろゆき氏他数人(の持ち出し)で賄っているのが現状である。そのほかにボランタリーな参加をしてくれている人々もおり、実は莫大なコストが2chにはかかっている。そのことを考えると、商用利用に関しては、一定額がコミュニティに還元されることが望ましい。それによって、AA協会の運営費や、2chの運営費の一部が賄われることになれば、一番理想的な解決方法といえるのではないか。
 このアイデアは、一種のコミュニティ資源管理団体としてAA協会を位置づける物であり、さらなる発展形として、例えばコミュニティ通貨(地域通貨)のような物を導入してコミュニティ全体への貢献を貨幣化し、2chグッズや、2ch内での取引に使えるようにして、コミュニティ運営に対してのボランタリーな参加に対してのインセンティブを与えるというアイデアも考えられる。
 いずれにせよ、このようなボランタリーな参加を促すメカニズムの設計は、2chの運営が危機に瀕した昨年夏からその必要性が叫ばれてきたところであり、このアイデアが完璧であるとはとうてい思えないのだが、解決策の一案として、検討されてみてもよいアイデアでは無いかと考える。
 この種のソフトウェア配布に関するライセンスでは、GPL以外にもMac OS Xの基盤となっているFreeBSDや、著作物に関してのオープンソースライセンスに関しては、Open Publication Licenseというものを独自に定義する動きもあり、これらも参考にしつつ、掲示板上の文化的生成物の公正かつ円滑な利用、さらにはAA等の生成物の基盤となるネットワークコミュニティの安定的な運営を実現するライセンスの策定を進めていくべきであろう。
【問題2:2chを敵に回すことがどうしてその企業にとって割に合わないことなのか】
 さて、もう一つの論点は、「なぜ2chを敵に回すことがどうしてその企業にとって割に合わないことなのか」と言う問題である。今回は、タカラの迅速な対応により、タカラに対しての反感はそれほど高まらずに済んだ。(むしろ、真摯な反省と対応に評価する声もある)しかし、そのまま押し切ろうとしたら、組織的な不買運動に発展した可能性は十分ある。(事実、今回もそのような動きがあり、抗議のバナー画像が作成された)
 確かに商標登録は魅力的である。商標法では、商標登録者の権利は厳格に守られており、また実用新案権や意匠権の権利期間が有限であるのに対し、更新さえすれば(現行制度下では)半永久的に権利が行使できる。このような利点を理解しているからこそ、タカラは商標登録に励んでいるのだろう。また、ギコ猫のぬいぐるみを売れば、それなりに売れるだろうと言う算段もたてていたと思われる。
 しかし、ネットユーザにとってのギコ猫=AA等の価値を、タカラは正直見誤ったと言わざるを得ない。
 井上トシユキ氏が「2ちゃんねる宣言」の中で語っているように、ある種AAキャラは匿名発言者が言葉で語りきれない自分自身の感情を投入している姿でもある。タカラが商標登録を申請している、というニュースを聞いたときに、2ちゃんねらーは(自分も含めて)、何か自分の身が切り裂かれて持ち去られるような気分を持ったのではないだろうか。たかが文字列の組み合わせと侮るなかれ。AAの価値とは、2chのコミュニケーション全体とほぼ同じ意味を持っているのだ。
 さて、ここからは今回の事件からはやや離れるが、企業(または政府機関・非営利組織等)に取って、2chとはどのような位置に立っているのかについて考えてみることにしたい。
 2ちゃんねる管直人のひろゆき氏の職業は「メディア・アーティスト」ということになっているが、実際に何をしているの?という質問に対しての答えは「裁判所に行くこと」と述べている。実際、ひろゆき氏から送られてくる2chメールマガジンは、事実上「ひろゆき氏裁判日記」となっている。今日(2002年6月5日)も、株式会社DHCから、なんと6億円の損害賠償を請求されるという内容のメルマガが送られてきたところだ。
 DHCに限らず、2chを快く思わない企業はたくさん存在することは確かだ。広報会社の共同ピーアールなどは、そのような企業を顧客ターゲットに、 2ch(に限らずネット上の掲示板全体)を監視し、問題のある書き込みがあれば即座に通報するというサービスを開始した。[xi]
 
 しかし、素朴な疑問として感じるのは、そのようなサービスを利用したりして、2ちゃんねるを訴えたところで、その企業は得をするのだろうか?ということである。
 ここで焦点になるのは、「2ちゃんねる」という「もの」(あえて「組織」とは呼ばない)が、いったい誰によって成り立っているのか、ということだ。公式には2ちゃんねるは管直人のひろゆき氏の個人所有物となっている。しかし、上記のギコ猫に対してのある種自己愛的な抗議行動に象徴されるように、2ちゃんねるはAA等と同様、ネットユーザにとってのある種の公共財(コモンズ)になりつつあるのではないだろうか。単なる掲示板とは異なり、極めて多数のユーザの参加によって、掲示板、およびそこで交わされるコミュニケーション行為はコモンズになり得るのである。(掲示板上で多数のユーザの参加によってある種の公共圏が形成されるとするのも、極めて興味深い議論ではあるが、ここでは紙幅の都合で捨象する。)
 2ちゃんねらーは2つの顔を持っている。匿名掲示板での発言者としての顔と、社会での顔、すなわちビジネスマン、学生、農家、官僚、政治家、自衛隊員、新聞記者、定年後の悠々自適の老人といったような、ありとあらゆる職業・ポジションの顔とが存在する。それ故にもたらされる情報も多様かつ詳細であり、その情報の価値によって、さらに多数のユーザが集まってくる。このような「情報の集まるところに人も集まる」という、ある種アフォーダンス的なインターネットの特性を体現しているのが2ちゃんねるなのだ。
 先ほど「2chを快く思わない企業はたくさん存在する」と書いた。しかし、その企業も、2chを利用して情報収集が可能であるし、事実そのように活用している企業も数多い。(例えば、2chをライバル視することの多い新聞各社も、少なからず多くの記者が2chを利用していることが知られている)つまり、企業組織の側はひろゆき氏=2ちゃんねる を敵に回しているということは、ネットユーザ(の多く:2ちゃんねるを使っていないユーザも当然存在する。)を敵に回している=少なからずの内部者も敵に回していることを意味するのだ。この、アメーバのような柔軟性は、問題1で述べたように、2ちゃんねるの危うさでもあり、逆に問題2で述べたように、強みでもある。
 もちろん、問題のある書き込みがあることも事実で、「2ちゃんねる研究」でfaru氏が指摘するように「路上強盗的説教のような、2ちゃんねらー側からの一方的な問いつめであり、2ちゃんねらーが(2ちゃんねらーとして)問いつめられることはほとんど無い」という性質を持ち合わせていることも事実である。[xii] 行き過ぎた書き込みには、それなりの対処が求められるし、2ちゃんねるの仕組み自体も改良されていくべきであろう。[xiii]
 しかし、ここで注目すべきは、既に2ちゃんねるは存在し、日々多数のアクセス(一日1600万ページビューといわれる)と書き込みを集め続けているという事実である。要するに、パンドラの箱はもう空いてしまったのだ。多くのネットユーザが、匿名掲示板のもたらすカオスという、魔性的かつ危険な魅力に既に取り付かれてしまっている。たとえここで2ちゃんねるが潰れたとしても、第二・第三の2ちゃんねるが出来るだけであろう。(ただし、2ちゃんねるが築いた巧妙な運営の仕組みも同時に取り込まなければならないが)
 となると、2ちゃんねるに対して、喧嘩を売るというのは、(ある種の売名行為にはなるが)本質的にはあまり実のある結果が帰ってくるとは考えられない。有名な日本生命判決[xiv] にしても、2ちゃんねるにしてみれば、日本生命の書き込みを削除することを命じられただけで、原訴状にあった掲示板自体の削除などの措置は結局執られなかった。その対策は非常に難しいが、敢えてヒントを挙げるとすれば、「ネットで売られた喧嘩にはネットの流儀で応戦すべきである」ということであろうか。
 これは決して、企業に2ちゃんねるに媚びを売ることを勧めているわけではない。ネット上で正々堂々と議論する、情報を開示していくことこそが、ネットの流儀の上での応戦なのである。日頃、物事を罵倒する事が多い2ちゃんねらーも、毅然とした対応、情報の開示には好意的な場合が多い。(逆に外務省のシェンヤン総領事館事件の際の対応のように、情報を隠したり、小出しにするのは最悪)スチュワート・ブランドの有名な言葉のとおり、「情報は自由(無料)を求めている(The information wants to be free)」。隠していてもいつかは情報は流出してしまう。
 2ちゃんねるを評して、先ほどインターネットの性質を体現している、と述べたが、実は2ちゃんねるに対応すると言うことは、インターネットに対応する、ということと同義である。この問題に取り組むことは、情報化時代の企業、政府、その他組織にとって必須の事項である。これは、組織全体を大きく改革する必要を迫ることは意味しており、それこそが、実は最大の「パンドラの箱が開いた」ことなのかもしれない。
 以上、(簡単にと言いながらも)やや長くなってしまったが、タカラのギコ猫登録商標出願問題に関する考察を終えたい。本稿以外にも、2ちゃんねる周りの問題を継続的に追いかけているZDnetにおいても、今回の問題に関する考察記事が載っているので、是非参照されたい。[xv]

[i]  「祭り」とは、ある話題のスレッドにレスをつけまくり、常に板の上位で回転させ続ける行為を指す。スレッドフロート型(各板には数百のスレッドが存在し、各スレッドに新しい書き込みが行われれば上位に表示され、されない場合は下位に沈んでいくシステムのこと)掲示板の特徴を活かした仕組みで、注目度が高いまま上位で推移するために、雪だるま式にレスが加速していくという性質を持つ)
[ii]  http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ryunosuke/4094/takara.swf
[iii]  ひろゆき氏の発言は、批判要望板のスレ「タカラのギコ猫商標出願についてひろゆきや管理側には連絡あったの?」(http://kaba.2ch.net/test/read.cgi/accuse/1023011882/)、あるいは公式メルマガ「電波2ちゃんねる」(http://dempa.gozans.com/)を参照のこと
[iv]  http://www.zdnet.co.jp/news/0206/03/njbt_04.html
[v]  http://www.zdnet.co.jp/news/0206/03/njbt_05.html
[vi]  「キャラクタービジネスは、作者が手塩に掛けて育てたキャラクターを使って行うビジネスであり、互いの権利やビジネススタイルを尊重して、育てる人、普及させる人など共同作業によりキャラクターの浸透と利益を考えるものだと思っておりました。」(ひろゆき氏のタカラに対しての質問状:「タカラ逝って良し」より)
[vii]  商標法による商標登録は「1つの意匠のカテゴリに対して1登録」という形式を取っている。それ故「実は(若干バージョンを変えた)ギコ猫、あるいは完全な立体ギコを描いた絵としての画像ファイル形式のものを2chで書き込みに使う、あるいは別のカテゴリにギコ猫を使うのは問題がない」という説も存在する。しかし実際は(タカラが取得した形でのギコ猫の形を不当に改変されたという趣旨で)商標権の侵害として商標法、あるいは不正競争防止法の観点から訴えられる危険性があるため、極めてグレーなことに変わりはない。
[viii]  2chのユーザの増大により転送帯域量が増加し、サーバ運営側の好意で非常に低価格に抑えられていた回線使用料が月額700万円相当にも達したため、 2chの運営が困難になった事態。2ch内の各掲示板が次々と消滅し、「2ch消滅の危機?」と騒がれた。2chが西和彦氏に買収され「24ch(西チャンネル)となる」という説が囁かれるなど、コミュニティは混迷を極めた。そのような中、UNIXユーザが集まる掲示板「UNIX板」の住人が2chの根幹を支える掲示板スクリプトに圧縮プログラムを組み込むことを発案し、それを受けて2chサーバ管理者の夜勤氏がソースを公開し、多くのプログラマが開発に参画した結果、転送量減少幅が16分の1とも言われる劇的な改善に成功し、2ch消滅の危機を救った事件。参考:8月危機とUNIX板flash
[ix]  http://aa.2ch.net/test/read.cgi/mona/1023096016
[x]  詳しくは、Opensource Initiative(JP)にある、GPL一般公衆利用許諾契約書(GNU-GPL)等の文書を参照されたい。また、オープンソース運動がどのような思想的・歴史的背景を持っているのかについては、山形浩生氏のサイトを参照されたい。
[xi]  日本経済新聞2002年6月2日付
(http://www.nikkei.co.jp/news/sangyo/20020602CAHI037101.html )の記事より。
[xii]  「2ちゃんねる研究」。当該部分の指摘はhttp://www24.big.or.jp/~faru/txt1054.htmlを参照されたい。
[xiii]  既にプロバイダ責任法等への対応は2ちゃんねる内で地道に進んでいる。例えば、最近2ちゃんねるの削除依頼板(2ちゃんねるでは、原則的に削除依頼はすべて、削除依頼板への書き込みを通じて依頼されなければならない。すなわち依頼は公開されることになる)における書き込みが無記名の場合、リモートホストのIPが表示されるようになっている。これは、責任を持った削除依頼を求める改良の一つであろう。また、電話番号のような文字列が書き込まれると、自動的にひろゆき氏にログと発信元IPが送付される仕組みも昨年から追加されており、ひろゆき氏はその情報を警察に転送していることを公開している。(ZDnetでのインタビュー「「ないものはないし」──2ちゃんねる管理人・ひろゆき氏が語る“ログ提出拒否”の真意」)
[xiv]  http://www.mainichi.co.jp/digital/netfile/archive/200108/31-1.html
[xv]  http://www.zdnet.co.jp/news/0206/03/nj00_giko.html