2月27日(金) 午前10時、三田キャンパス北館2Fホールにて、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス21世紀COEプログラム「日本・アジアにおける総合政策学先導拠点 -ヒューマンセキュリティの基盤的研究を通じて-」主催による初の国際シンポジウムが幕を開けた。SFC CLIPでは、2日間に渡って行なわれた本シンポジウムの模様をお伝えする。


 2月27日(金) 午前10時、三田キャンパス北館2Fホールにて、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス21世紀COEプログラム「日本・アジアにおける総合政策学先導拠点 -ヒューマンセキュリティの基盤的研究を通じて-」主催による初の国際シンポジウムが幕を開けた。SFC CLIPでは、2日間に渡って行なわれた本シンポ
ジウムの模様をお伝えする。
【1日目】
安西祐一郎慶應義塾長挨拶
パネルディスカッション1「日本とアジアにおけるヒューマンセキュリティを考える」
報告デモンストレーション
パネルディスカッション2「日中政策協調:瀋陽市との植林プロジェクト」
パネルディスカッション3「在住外国人支援ネットワークの構築に向けて -長野県日本語学習リソースセンターを例に-」
パネルディスカッション4「高齢者の安定居住支援システムの構築に向けて」</a\>
【2日目】
パネルディスカッション5「社会的情報共有によるヒューマンセキュリティ -その方法と課題-」
パネル形式による報告会「日中物流分野における人材育成協力」

安西祐一郎慶應塾長挨拶


 オープニングではまず、安西祐一郎慶應義塾長により、以下のようなシンポジウムの経緯と意義が述べられた。安西塾長は「21世紀の大学は『社会的に中立な立場』と『社会にコミットする立場』とをダイナミックに展開するものと考える」と締めくくり、シンポジウムは幕を開けた。
【日本をリードするSFCの「総合政策学」】
 日本の大学にある世界レベルの研究の保護と、その研究者の育成を目的として2002年に設置された「世界的研究教育拠点の形成のための重点的支援 -21世紀COEプログラム」に、慶應義塾大学では9分野12拠点が採択され、その支援を受けている。とりわけ、2003年度の社会科学分野で注目を集めるのが、この「日本・アジアにおける総合政策学先導拠点 -ヒューマンセキュリティの基盤的研究を通じて-」である。1990年にSFCで日本初の「総合政策学部」が誕生して以来、国内17もの大学がその名を冠した学部・学科を設立するまでになった。この新しい学問のフロンティアを担った大学として、SFCが日本中の他大学から注目されているのは言うまでもない。特に、その教育理念である「問題発見、問題解決」の姿勢は、日本の新しい教育の時代を切り拓いたと言える。
【3 work approach -新しい研究手法-】
 個人やコミュニティが、安全・安心・信頼によって結ばれることを目標とする「ヒューマンセキュリティ」の概念は、1994年の国連開発プログラムにて提起された。そこでは「commitment」と「当事者性」が特に重要視される。コミットする当事者には問題発見能力とともに問題解決能力が備わっている、という考えのもと、SFCの総合政策学ではfieldwork、network、frameworkの「3 work approach」をその研究手法として掲げているのが特徴だ。アクター(ヒト・モノ) がフィールド(現場)に行き、その場で研究と実験を同時進行で行なう、新しい研究のアプローチとして、その具体的な方法(手段)が研究成果とともに注目されている。

パネルディスカッション1「日本とアジアにおけるヒューマンセキュリティを考える」


<img src="https://sfcclip.net/images/040305/news01-1.jpg" alt"21世紀COEプログラム国際シンポジウム" />
 シンポジウムの初めのプログラムでは、「日本とアジアにおけるヒューマンセキュリティを考える」という題目でパネルディスカッションが行われた。梅垣理郎政策メディア・研究科教授をチェアに、大江守之同教授、小島朋之同教授、白井早由合同助教授が参加し、なぜアジアなのか、そしてなぜヒューマンセキュリティなのか、それぞれの見解を述べ、意見交換を行った。
冒頭で梅垣氏は、SFC発の総合政策学の先導拠点として、3つのインテグレーション(統合)を行うという。1つ目に、問題発見・政策提案・実施・評価というプロセスの統合、2つ目に、研究者と実務家と市民というアクターの統合、3つ目に、deduction(演繹)・induction(帰納)・ abduction((仮説的推論)というメソッドの統合を挙げた。これらのインテグレーションによる、新しい研究教育・総合政策学のアプローチは、ヒューマンセキュリティの問題構造と重なるものだと説明した。
 その上で小島教授は、なぜアジアが重要かという問いに対しては「日本とアジアは、不可分であるというところに尽きる」と述べた。従来の分散・分裂から、協調・協力・統合のアジアに変化するパラダイムシフトを認識し、日本が関わっていくことが重要だという。
 
 また、ヒューマンセキュリティに関連した、様々な不安定・不確定要素を乗り越えるためにはコラボレーションが必要であり、日本がそれを先導する必要があると、小島教授の中国での活動の紹介を交えながら解説した。
<img src="https://sfcclip.net/images/040305/news01-2.jpg" alt"21世紀COEプログラム国際シンポジウム" />
 一方で、経済発展と貧困という相反するアジアの現状に、白井氏は、貧困国がどのように持続可能な成長を続けていくのか、という問題を提示した。この問題に対し、IMFに在籍していた自らの経験から、今までに試みられてきた経済学的な解決だけではなく、司法・立法制度などのガバナンスの問題を含めた、包括的な議論が必要である、と述べた。また今後は「アジアを知るということは、世界の経済戦略を立てるときに避けて通れない」とアジアの重要性を強調した。
  
 会場からは、今回のテーマに関して、「本来のヒューマンセキュリティの定義とは異なるのではないか」と疑問が投げかけられたが、大江氏は、言葉の定義は時々刻々変化しており、従来からの定義にこだわらずに、より幅広い問題を扱うと述べ、パネルディスカッションを締めくくった。

報告デモンストレーション


 初日午後の初めのプログラムでは、梅垣理郎政策・メディア研究科教授が「拠点形成の記録:2003年度」と題し、今年度の活動報告を行った。報告では、拠点形成にあたっての方向性と、今年度のインフラ面での整備状況が主に採り上げられた。この中で、梅垣氏は、現場の重視と、現場とSFCなどの拠点をつなぐネットワークの重要性を強調した。
 
 初めに、「政策課題の現場における知見の重視」という項目を挙げ、現場を重視するために、「ある意味で藤沢を捨てていく」と述べた。現場での作業をサポートするに当たり、国内に10箇所、国外に30近くの「リサーチサテライト」と呼ばれる施設を設置しており、今後の共同研究・フィールドワークの支援を行っていくという。
<img src="https://sfcclip.net/images/040305/news01-3.jpg" alt"21世紀COEプログラム国際シンポジウム" />
 一方で、それらの拠点間を結びつける方法として、映像・音声を保存していく「マルチメディア・アーカイブ」を構築し、問題やその解決方法を共有していく予定だという。この他、遠隔からの報告方法の一例として、生徒によるプレゼンテーションの遠隔作業や、ビデオチャットのデモを行い、IT技術を積極的に活用していくという方向性を示した。
 このように、「問題解決」のネットワーク型の新しいコミュニティを形成しながら、特定の政策課題に対する解決を目差し、今後の環境作りを進めて行くと述べ、報告会を終えた。

パネルディスカッション2「日中政策協調:瀋陽市との植林プロジェクト」


 このセッションでは、瀋陽市林業局と協力して進めてきた「中日友好緑色長城」と呼ばれる全長100キロ、幅100メートルの防風・防砂用植林事業を紹介、日中間のCDM(注1)スキームなどについての説明がなされた。
 まず最初に小島朋之政策・メディア研究科教授から、日中環境政策協調の研究自体は15年の歳月をかけて行われてきたが、それを研究の段階に留めておくのではなく、環境問題に対する解決策の展開と実践が必要であるという見解に至ったこと、そしてスケールの大きな中国において実験に取り組む際、焦点を絞り込むことが必要ということで選ばれた地域が、四川省の成都と遼寧省の瀋陽であったことが説明された。成都では2001年の3月に「大熊猫育笹実験」という実験が行われたが、セッションにおいて主に紹介されたのは、瀋陽の植林事業である。
 
 続いて、早見均慶應義塾大学産業研究所教授がCDMに関連する情報として、植林事業によって植えられた樹木が、実際にどの程度CO2を吸収したかを調べる測定方法や、樹木の成長量について説明。更に、将来は樹木が吸収したCO2のクレジット(CER、注2)から得られる収入で植林に再投資を行うことに加え、100キロメートルの植林を達成できるまでに、何年かかるかの見通しなどについても解説があった。
<img src="https://sfcclip.net/images/040305/news01-4.jpg" alt"21世紀COEプログラム国際シンポジウム" />
 李玉強瀋陽市林業局局長は、「瀋陽市防砂治砂工程建設状況」というタイトルで説明を行い、土地の砂漠化が深刻であることや、現時点でどの程度植林事業が進んでいるか、また植林が林業の生産高を高めるなど、経済発展・生活レベル向上にどれだけ寄与するかということなどについて語った。
 まとめとして、吉岡完治慶應義塾大学産業研究所教授から、瀋陽における植林事業は農学的観点から見ると、それほどの偉業ではないものの、社会的な意義が大きいプロジェクトであるという点、コストパフォーマンスにも気を配り、安く植林を実施できるようにしてきた点が強調された。
 最後に、慶應義塾大学と瀋陽市の間で日中の協調関係を築き、今後社会で認められるようなCDMスキームを作り上げていきたいと述べた上で、3月末にも5回目の植林に行くということを小島教授が語り、セッションは終了した。
(注1)CDM(クリーン開発メカニズム):国連気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)において策定された「京都議定書」に定められている、地球温暖化防止のための対策手段(京都メカニズム)の一つ。先進国が途上国と共同で削減した、途上国における温室効果ガスの削減量の一部を、自国の削減量として獲得できるという仕組み。温室効果ガス削減(又は吸収)の事業を通じ、先進国の進んだ環境対策技術・省エネルギー技術等の途上国への移転促進を目指している。
京都メカニズムは、他に共同実施、排出権取引がある。
(注 2)CER(Certified Emission Reduction):CDMに基づいて先進国が獲得した削減量はCERと呼ばれるクレジットとして発行される。このクレジットは先進国の温室効果ガス排出枠として活用が可能。CDMプロジェクトの計画策定から実行・審査・CER発行までは厳格な審査のもとで行われる。

パネルディスカッション3「在住外国人支援ネットワークの構築に向けて -長野県日本語学習リソースセンターを例に-」


パネルディスカッション3では、「在住外国人支援ネットワークの構築に向けて -長野県日本語学習リソースセンターを例に-」と題して、ディスカッションが行われた。このプログラムでは、言語の視点からヒューマンセキュリティの重要性が話し合われた。
  
 パネルディスカッションのチェアを務めた、平高史也政策・メディア研究科教授はは「人が生きていくうえで、財産のほかに、ソーシャルキャピタルが重要といわれており、言語を介した人のつながりが、社会生活で重要である」と述べた。
<img src="https://sfcclip.net/images/040305/news01-5.jpg" alt"21世紀COEプログラム国際シンポジウム" />
 しかし、現状の言語政策について、木村護郎クリストフ総合政策学部専任講師は、近年の海外への移住・転勤・留学や日本への移住者などの側面から、一国家一言語化政策の行き詰まりがあると指摘した。また、それらを一元的に対処しようとして、英語教育が進められているが、それは現実との乖離があるとした。これらに対する課題の鍵として、「複数の言語的公共圏を作り、一人一人が言語的公共圏に参画することによって、全体としてネットワークを形成していく必要がある」と述べた。
  
 近年、様々な言語の話者のうち、多くの人が自分の母語地域とは別の地域に住み始めていることに関して、日本語教育調査官の野山広氏は、「今のところ、政府・自治体レベルでの支援はほとんどなく、ボランティア・NPOが主体であるが、それらの企画・運営などのコーディネータが必要になってきている」とネットワークの重要性をアピールした。また、大阪市立大学経済学研究科助教授の川村尚也氏は、経営学・組織論の視点から「ネットワークにより新たな知識が創造される可能性がある」と付け加えた。
 
 最後に、以前に長野県総務部国際課で、在住外国人に対する支援・対策を行っていた熊谷晃氏が、長野県日本語学習リソースセンターの概要と、その経緯を紹介した。
 
 長野県では、2001年11月に、外国人の滞在の長期化・家族滞在が増加してきたことを背景に、在住外国人と行政との間の関係をより深めるために、「県民改革ビジョン」の策定を行った。これにより、子供達が学校に行くことができるよう、親を経済的、社会的にバックアップしていった。その一つとして、日本で生活していくのに必要である、親と子に対する日本語習得の支援が充実したことは、ごく自然発生的な流れだったという。
 
 このようにして、地域が在住外国人の日本語教育を支える、日本語学習リソースセンターのが誕生した。現在長野県には、11箇所の「親と子の日本語教室」・「リソースセンター」が開設されている。今後はIT技術などを活用しながらセンター間での連携を深め、「支援から自立へ、同化から共生へ」という言葉を掲げ、より発展させていきたいと語った。

パネルディスカッション4「高齢者の安定居住支援システムの構築に向けて」


 初日最後のプログラムでは、「高齢者の安定居住支援システムの構築に向けて」とのタイトルでパネルディスカッションが行なわれた。参加者は、大江守之政策・メディア研究科教授をチェアに、駒井正晶政策・メディア研究科教授、池田敏史子NPOシニアライフ情報センター事務局長、園田眞理子明治大学理工学部助教授の4人。まず、それぞれの立場から、プレゼンテーション、そして21世紀の居住支援システムを巡る将来のビジョンが提示された。
<img src="https://sfcclip.net/images/040305/news01-6.jpg" alt"21世紀COEプログラム国際シンポジウム" />
 大江教授は、後期高齢者人口増、単独や夫婦世帯数増に伴い、都市部に暮らす高齢者が増え、彼らが家族に頼らない生活を送れるような居住システムが求められていることを指摘。その一例として「高齢者グループリビング」を紹介した。つづいて園田教授は、より具体的な方法案として、「予防的な改造」と「住み替え」を提案。前者はなかなか浸透していないが、後者については希望者も多く、今後、さらに需要が増えるだろうと予測した。
 経済学的な観点からは駒井教授がコメントした。高齢者のニーズが把握しきれていない状況で、このような研究を行なう難しさを率直に述べ、今後の課題とした。最後に、これまで12年間、高齢者の住み替えをサポートしてきたNPOの池田さんが現場の声を代弁。最近の高齢者は「施設に頼り切るのでなく、自分達の力で暮らしたい」と願っていることを伝えた。
 質疑応答では、ディスカッションを聴講していた小島朋之教授や岡部光明教授に混じって、一般のサラリーマンも発言をし、注目を集めた。これを受けて、「このようなテーマについて話し合う場に、個人が個人として参加し、机上の議論に終わらず、実践を通じて研究を進めていきたい」と大江教授が結び、第1日目のプログラムが終了した。

パネルディスカッション5「社会的情報共有によるヒューマンセキュリティ -その方法と課題-」


 二日目のシンポジウムは、国領二郎政策・メディア研究科教授をチェアとするセッションから始まった。
 
 最初の発表は、北岡有喜 国立京都病院 医療情報部長/産科医長によるもの。まず、地域の医療機関が連携して診療を行うために、電子カルテによる情報共有が必要であることについて説明した。
 
 小規模なかかりつけ医と、高度な医療設備を整えた病院は、それぞれ別の性格を持った医療機関である。それら様々な形態の医療機関を、地域の「医療資本」としてとらえ、それぞれの良い所を利用する「地域医療ユニット」の形成の重要性について述べ、そのためには、患者の情報を幾つかの医療機関で共有する、電子カルテの作成が必要になると述べた。この仕組みでは、患者は共通診察券を持ち、どこの医療機関にかかっても、その場で医者が過去のカルテ情報を閲覧することができ、すぐに診療を受けることができるようになるという。
 その際、電子カルテ導入に当たっては、プライバシーの問題も忘れてはならないと指摘。「現状の医療関係者の個人情報に関するリテラシーは低く、カルテ放置、何気ない会話などで患者の情報をうっかり漏らしてしまうこともある」と意識改革の必要性を強調した。利用者である患者の利益の視点を持って、医療システムの利便性を高めて行くことが重要だ、と締めくくった。
 その後、3人のCOE研究員(RA)が、それぞれ『社会的情報共有によるヒューマンセキュリティ、その方法と課題 -医療・福祉分野における情報共有』として、行政制度の仕組みや、運営費の問題などについて。『情報共有がもたらす産官協働の可能性 -佐賀BMPの事例を中心に』として、情報技術を活用して、地域の金融機関と中小企業のマッチングを行った、エージェントサービスによる地域経済活性化への挑戦について。『加工食品のトレーサビリティ -石井食品株式会社』としてメーカーから消費者への情報公開について、事例を元に発表した。
 このセッションの最後の発表者は新保史生 筑波大学 図書館情報学系助教授による『ユビキタス環境におけるプライバシー』であった。発表では、情報共有の必要性について言われる一方で、必ず付随して発生し、ブレーキを利かせる役割を持つプライバシーやセキュリティの問題について整理した。
 「ユビキタス環境では監視が究極的な問題点である。意図するしないに関わらず、個人情報を収集することで、結果的に監視することになってしまう」と述べた。また、「プライバシーの権利は、自己情報コントロール権と言われているが、それだけでは説明が十分ではないと思っている」と述べ、プライバシーの権利を「私的領域の保護」「個人情報の保護」「個人の自律の保護(自己決定権)」の3つに分類し、その構造を示した。そして実際、個人情報を収集し、利用する際には、利用目的の特定・利用目的による制限が必要であることを強調した。
 最後に新保氏は、「一番恐いのは慣れと、漠然とした不安だ」と述べた。慣れることで、個人情報が本来の利用目的とは違う形で使われること、一方で漠然とした不安によって、技術の利用ができなくなることは避けなくてはならない、との見解で締めくくった。

パネル形式による報告会「日中物流分野における人材育成協力」


 シンポジウム最後のセッションでは、改革解放路線を歩む中国との関係が密接になり、日本の大型物流企業が中国に進出して配送センター等を設置していることなどから、中国の物流分野における人材育成の取り組みについて、中華人民共和国駐日本大使館公使・参事官(経済・商務)の代理の景春海二等書記官らによる報告が行われた。