2日目に行われたインテルのスポンサーセッション「ICTとしっかり明るい未来創造」には、吉田和正インテル株式会社社長と、5人のSFCを代表する教員が顔を並べ、ICT分野における日本の現在と未来について議論を交わした。


■パネリスト
・村上輝康総合政策学部特別招聘教授
・吉田和正インテル株式会社社長
・金子郁容SFC研究所所長
・國領二郎総合政策学部長
・村井純環境情報学部長
・夏野剛政策・メディア研究科特別招聘教授

現場が嫌々やっている重点分野からの脱却

村上輝康教授

前半は、國領・村井両教授がホスト役になり、各ゲストが日本のICT分野の現状と今後の方策を披露する形で進行した。
 インテルの吉田社長は、次世代に向けて地球規模で考えていく必要性があると語り、全世界で300億台の情報機器が使われる世界を想定し、インテルのプロセッサ戦略がハイエンドから1000円以下の低価格へとシフトしつつあることを紹介した。
 続く村上教授は、「ここにいる方々も国のICT戦略に関わってきたが、政権交代ですべてが白紙になり、誰も1年後を予測できない」と述べた。その上で、現在の重点分野「電子政府」「医療」「教育」は、いずれも中間的組織に過ぎないため、ユーザへの訴求力が低く、現場の意識も低いと切り捨てた。
 さらに日本型の21世紀社会システムの確立に向けて、「医・食・住」という新たな重点分野を提起した。「医」では病院内システムから患者向けサービスへのシフト、「食」では国際的な生産段階からのトレーサビリティの導入、「住」ではスマートグリッドとスマートメーターによる新たな住環境の構築を課題として挙げた。

新しいビジネスをやるには最高の環境!?

夏野剛教授

当日朝になって参加が決まったという夏野教授は、スライドを使わずに口頭で日本の特性を訴えた。日本だけが独特の局面に立っているという「ガラパゴス論」に基づいて、海外の基準に合わせてしまえば、絶対的に人口の少ない日本は負けるだけだと指摘。
 一方で日本が持っている強みとして「国の財政赤字ばかり取り沙汰されるが、個人金融資産が多い」「給料が安くても働く人がおり、特異に人材がいるといえる」「マーケットが先進的で、3Gや光ファイバーなどインフラの普及率がとにかく高い」という三点を挙げた。これは、ICT分野で新しいビジネスを興すには最高の環境であり、あとは経営の分野次第とのこと。しかし日本の大企業では社員の年齢が偏ってしまっており、日本が環境面のアドバンテージを保てるのもあと5年程ではないかと予測した。
 また、「11年いても給料が上がらなかった」「役員でおさいふケータイを使っていたのは自分1人」「社長がGmailのセットアップができず、部下にやらせていた」といった"前の会社のエピソード"を次々と披露し、会場を沸かせた。

金子郁容教授

さらに金子教授が、技術のイノベーションと社会のイノベーションは両輪に為しており、並行して進める必要があると分析した。教育や医療の分野での活動経験を例に挙げ、例えば医療系のセンサーでは世界一の技術を日本が誇っているものの、医者と患者の関係性を変えていかなれば、それを活かしきることはできないと述べた。
 これらの話題を受ける形で村井教授が2点を念押し。まず、草の根的なインターネットが、本来は専門職の領域である医療などの分野に進出してきたことで、より高い信頼性が必要とされていくこと。そして、インフラが先進的であるといっても、クラウドコンピューティング、そしてヒューマンコミュニケーションのためのインターネットの実現には、まだまだ足りない点も多いと訴えた。

世界は日本を見ていない

村井純教授らパネリスト

続いて討論の導入として、國領教授が「モバイルとインターネットの融合」というトピックを掲げると、すかさず村井教授が「モバイルとインターネットは別物なの?」と突っ込んだ。「ケータイとインターネットが違うのは確かで、むしろそれが問題」と続けると、夏野教授も「ドコモでもそういう人が多かった。カルチャーとして、通信とインターネットは違うので、インターネット側の発想の僕は浮いていた」。

吉田和正氏

ここで、村上教授が「モバイルって本質的な概念なんでしょうか?」と問題提起すると、吉田社長も「WiMAXのような技術で間違いなく通信は速くなる。そうなると、VoIPは単なるアプリケーションに過ぎず、結局はデータ通信に過ぎない。データ通信の市場で世界は人口の少ない日本を見ていない」と論じた。さらに、「キーワードは、『日本を見ていない』。日本とグローバルをくっつけて、外にもう1回出て行くか、この5年を逃したら次は何で勝てるんでしょう」と問いかけた。

ユニバーサル商品の誕生

村上教授のスライド

ここで村上教授が上図のスライドを提示。なぜ製品の成長期を担う韓国のポジションに日本はなれないか、という論戦をしているうちに、インドのTATA社のナノの登場に代表されるように、市場はさらに次のステージ(成熟期)へと移ってしまったと指摘。「インドでは40億人に売れるものを作ることができるし、日本も中印と一緒に取り組まなければならない」と述べた。
 これに対して、村井教授が「あのマーケットがあるから、あのプロダクトがある」と反論すると、「違うんです」「じゃあ教えてください」と議論は盛り上がり、村上教授は「TATAが提起したのは、地球上でユニバーサルな商品が生まれつつあるということ」と説明。さらに、「日本では革新期でやっていくエコシステムができてしまっている。日本のポジションを改めてはっきりさせるのが、ガラパゴスの終わりになる」と加えた。

自信があるが、賞味期限もある

残念ながらここで時間切れとなり、最後にパネリストが一言ずつ述べた。
 村井教授が「日本のテクノロジー、マーケット、個人がICTを使いこなす力には自信があるが、賞味期限もある」と述べれば、吉田社長も「日本のメーカーには発破をかけているし、期待もしている。ユーザーが求めていけば、物事は変えられる」と続き、最後に金子教授が「実はインターネットは、既に個人のためのものではなくなっている。今取り組んでいる課題は、政府がやるようなことばかりだ」と語り、ICTの社会的な責務が増大していることを確認してセッションを終えた。