SFC生と東京大学の学生が立ち上げた、都市環境における微生物の分布やその影響を研究する「GoSWABプロジェクト」をご存知だろうか。世界的にもまだ研究が進んでいない分野であるにも関わらず、サンプリングや解析作業、学会発表までを学生が行っている。このプロジェクトについて、代表である伊藤光平さん(環3)、SFC生のメンバーである水落有起さん(環2)、武田知己さん(環1)に話を聞いた。

学生だからこその可能性を信じて サンプリングも解析も「学生だけ」

左から、水落有起さん(環2)、伊藤光平さん(環3)、武田知己さん(環1) (画像: 伊藤さん提供) 左から、水落有起さん(環2)、伊藤光平さん(環3)、武田知己さん(環1) (画像: 伊藤さん提供)

—— GoSWABプロジェクトは、どのような活動をしているのですか?

伊藤光平さん(環3):
いろいろなところでサンプリングをしています。サンプリングのときに使用するのは保存液が入ったチューブと綿棒で、海外から輸入しています。1つだいたい100円ぐらいですかね。綿棒でいろいろなところをこすって、微生物をはじめとしたゲノムを取るんです。そして綿棒の先を保存液に浸けて、チューブの蓋を閉めて保管します。それを解析して、微生物やそのゲノムを調査しています。もちろん、サンプリングだけでなく、解析も自分たちで行っています。

—— 解析をすると、どういうことが分かりますか?

その環境にどのような遺伝子があるか、どういう微生物がいるかが分かります。人の遺伝子も解析対象ですので、その時にどういう人種の方がいたかということまで丸ごと調べることができると考えています。

—— 今までサンプリングはどのような場所で行ってきましたか?

デイサービスや大学、駅など、10箇所以上でサンプリングを行いました。現時点で500以上のサンプルが集まっています。調査の結果などは国際学会にも出しています。学生だけで行っている活動ではありますが、サイエンスにしっかりと根ざした活動になるよう心がけています。論文には、活動に参加してくれているメンバーの名前を載せます。参加してくれた学生1人1人のキャリアの足がかりになったらいいな、と思ってやっていますね。

「GoSWAB」プロジェクトロゴ(画像: 伊藤さん提供) 「GoSWAB」プロジェクトロゴ(画像: 伊藤さん提供)

—— GoSWABプロジェクトを始めたきっかけを教えてください。

伊藤さん:
プロジェクト発足のきっかけになったのは、ニューヨークの地下鉄でのある実験でした。コーネル大学医学部のクリストファー・メイソンという方がニューヨークの地下鉄で微生物を取る実験をしたんです。その時に「炭疽菌(たんそきん)」という生物兵器にも使われるような危険な菌が見つかってニュースになりました。本当は、記事では炭疽菌のDNAを発見しただけでそこで生存していたかは判別できないと言っていますが、一度話題になったおかげで、「都市環境微生物」という分野に注目が集まるようになりました。

それを受けて、日本でも同じような実験をやろうという動きがあったんです。しかし、日本はアメリカと違って、調査するにしても論文を出すにしても関係各所にしっかり許可を取る必要がありました。それでもサンプリングをする許可は下りたものの、データは非公開にすることを求められてしまって。「調査したデータが公開できない」という状況をなんとかしたくて、学生だけで同じような活動を始めました。将来ある学生が勉強目的で調査をする方が、大人がやるより可能性があるんじゃないかと思ったんです。なので、「学生だけ」でやるということには非常にこだわっています。

「微生物から都市環境を考える」という新しさ

SFC構内、Ω館でサンプリングをしている様子(画像: 伊藤さん提供) SFC構内、Ω館でサンプリングをしている様子(画像: 伊藤さん提供)

—— 活動を始めたのはいつ頃からでしょうか?

伊藤さん:
もうそろそろ1年が経つぐらいですね。ちょうど去年の11月末に東京大学の駒場キャンパスで初めてのサンプリングを行いました。まだまだ始まったばかりではありますが、1年経っていろいろなことができるようになっています。都市環境微生物という領域自体、ここ2-3年のものなんです。先ほども述べたニューヨークでの実験があってようやく、といった感じで。だから日本でも取り組んでいる人はほとんどいなくて、論文は全く出ていませんでした。ですので、僕たちは「初めてになることをやろう」と活動しています。

水落有起さん(環2):
似たようなものだと、川などの自然環境の中で生物を調べるという活動はもともとありました。でも、微生物という枠で都市環境を考えていくという取り組みはとても新しいものですね。人と微生物のインタラクションを見るために、これから大事になっていく活動なんじゃないかなと思います。

武田知己さん(環1):
都市環境を考えると、公共交通機関を見ることもできます。人だけでなく、物による微生物の移動というのも見えるようになりますよね。

公共交通機関でのサンプリング(画像: 伊藤さん提供) 公共交通機関でのサンプリング(画像: 伊藤さん提供)

—— 微生物も公共交通機関で移動しているのですか?

伊藤さん:
はい。ゲノムや微生物も公共交通機関に乗って移動しています。それが感染症をデリバリーしている可能性ももちろんありますね。ただ、今はまだそういった調査がされていないので分かりません。ですから、都市レベルで感染症の広がりをみるというのも、このプロジェクトの1つの目的になっています。

水落さん:
空港などでは検査をやっていることもありますよね。そうやって国外からの流入には気をつけていても、国内の広がりというのは規制もできませんし、止めることが難しいんです。でも僕たちがやっているような活動を通して、足跡を追跡する…ではないけれど、感染症の対策を考えることはできるのかなと思っています。

—— 東京オリンピックに合わせて行おうとしている活動もあると伺いました。

伊藤さん:
はい。東京オリンピック開催に伴った海外からの人の流入で意図せず微生物やウイルスが国内に持ち込まれるというのは、ありうることだと思います。でも、実際のところそれがどれだけのインパクトを持っているのか、というのはまだ誰も測定していません。ですから、感染症が広がったり公衆衛生が悪化したりということは、まだ可能性として考えられているだけで、本当に起きるのかは誰も調べていないんですね。なので、東京オリンピックでは、そのインパクトを測る目的でサンプリングを行おうと思っています。調査の結果は、今後のオリンピックでの新しい公衆衛生や感染症の予防に役立てていけたらいいなと思っています。

まだ始まったばかり、目指すところは高く

さまざまな場所でサンプリングを行う(画像: 伊藤さん提供) さまざまな場所でサンプリングを行う(画像: 伊藤さん提供)

—— この活動がもっとたくさんの人に知ってもらえるといいですね。

伊藤さん:
そうですね。サンプリングをするにはやはり許可を頂く必要があるので、学生はもちろんですが、いろいろな企業や施設の方にも知ってもらいたいです。微生物に対するイメージがあまりよくないのも難しいところで、そのせいでなかなか許可がいただけないことも多いです。ですから、僕たちは微生物のイメージももっと良くしていきたいと思っています。そのためにも、いろいろなところでサンプリングをして、より多くの微生物を解析していく必要があります。それによってやっと、日本を網羅的に把握できるようになるので。

水落さん:
GoSWABプロジェクトはまだ始まったばかりで、学生が学生にできる範囲でやっているプロジェクトなので、サンプルもなかなか集まりません。でもこのプロジェクトは、データが大量に集まらないとなかなか面白い発見はできないと思います。

—— 今後のビジョンを教えてください。

武田さん:
今まではすごく高かった解析コストも、ここ数年で急激に下がってきています。将来的にはいつでも誰でも解析ができるようになると思うんです。そうなった時に、みんながサンプリングして調査できる状態にしておかなければいけません。僕たちは、その第一人者だと思っています。

水落さん:
今はまだ論文を出して結果を伝える段階ですけど、もっとこの活動が大きくなれば、政策提案みたいなところまでできると思っています。感染症が広がりにくい、感染しづらい環境を作るというところまで、本当はいけると思います。

—— メンバーを募集中と伺いましたが、何か条件などはありますか?

伊藤さん:
いえ、特にありません。活動に対するやる気があれば大丈夫です。サンプリングにしっかり参加してくれる方がいいですね。

水落さん:
サンプリング自体は、気をつけるところだけしっかりしていれば大して難しくありません。ただすごく泥臭い作業ではあるので、それをこなす気力とか環境に対する興味が必要かなと思います。実際の解析になると専門的な技術が必要ですが、サンプリングに関しては特に知識も必要ありません。

伊藤さん:
このプロジェクトに関しては、勉強してから研究というよりは、研究しながら足りないところを勉強で補うやり方の方がいいのかなと思っています。これを機に微生物に興味を持ってもらったり、都市環境に問題意識を持ってもらえたりしたら嬉しいです。学びながら成果も出すというスタイルでやっていけば、うまくいくんじゃないかなと思っています。

都市環境×微生物のゆくえは…? (画像: 伊藤さん提供) 都市環境×微生物のゆくえは…? (画像: 伊藤さん提供)

伊藤さん:
都市環境と微生物のつながりは僕たちもまだよく分かっていません。もしかすると、ないかもしれません。ある可能性も、ない可能性も、十分にあります。でもアメリカなどでの先行研究を見る限り、あるんじゃないかなと思っています。ヒトと微生物の繋がりは、腸内細菌や皮膚常在菌をはじめとして、多く知られていますよね。ヒトは微生物なしで健康に生きることはできません。

日本の都市は人口密度が高く交通網の複雑であり、やっぱり独特の環境なんです。だから、海外よりずっと面白い微生物と人のインタラクションがみられるのではないかと思っています。今はとりあえず、「自分たちの身の回りにいるものが何なのか」というところから始めています。最終目標は、微生物を用いた都市開発や都市デザインを行うことですね。

—— ありがとうございました。

GoSWABプロジェクトは、やる気さえあれば誰でも参加できる。サンプリングをするには人数が必要だが、未だメンバーは少ないそうだ。活動のマネジメントができるメンバーも探しているとのこと。微生物や都市環境に興味がある人は、ぜひ参加してみてはいかがだろうか。

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