20日(金)、『未来を創る大学-慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)挑戦の軌跡』が慶應義塾大学出版会より発行された。1990年4月に開設されてから10余年が経つ湘南藤沢キャンパス。その歴史を綴ったものである。2004年6月17日(木)に逝去された、孫福弘 元総合政策学部教授が編纂代表を務め、その編纂作業には教職員のみならず、在学生、卒業生などが参加した。編纂委員の安井元規さん(総4)からの話に基づき、ひとつの本を完成させるまでの経緯、そして、肝心の読みどころをお伝えする。


●「10年史」発足の経緯、10年という過去
 まず肝心なのは、本書は「慶應義塾」ではなく、SFCという「キャンパス」の年史だということです。2001年度から小島・熊坂両学部長(1)を中心にして、SFCでは新制度の総称として「SFCバージョン2.0」を唱えられました。そうするとひとつの区切れが出来て、いわゆる「1.0」という「過去」が生まれることになる。新しいものは、過去の上に築き上げていくもの。そこで「振り返りをしよう」「これまでの歴史をまとめるか」という動きになりました。
 タイミングもまた大きな要素だったと思います。2001年秋より、孫福さんがSFCで教授を始めた年でもありました。孫福さんは元事務長で、SFC開設の経緯をよく知る人物。そこで、孫福さんが編纂代表を務めるという形で、2002年初秋に編纂委員会の発足を迎えることとなりました。
1:小島朋之 総合政策学部長・教授兼政策・メディア研究科委員
  熊坂賢次 環境情報学部長・教授兼政策・メディア研究科委員
●執筆メンバー、流れを知る人々
 10年史を語るに必要なマトリックスがあります。ひとつはタテの軸。[開設準備期][草創期][継承期][再編成期]です。もうひとつはヨコの軸。[学生生活][研究][イベント][インフラ][地域開発][人事]などです。
 その上で、分担執筆という形をとりました。さて、ここから「執筆者を決めるにあたって」です。SFCは「未来を創る大学」がモットー。そして、本書『未来を創る大学』には、SFCを【体感】してほしいという目的がありました。そこで、初期にSFCを築いていった方々はあえてリストから外させていただいて、池田さん(2)や梅垣さん(3)など、「開設初期からいて現在もSFCにいる人」に主に執筆をお願いしました。彼らはこれから学部を作っていく方々です。そして卒業生、「SFCでどうやって育ったか」という方々。つまるところ、「流れを知る人」に原稿を依頼しました。
2:池田靖史 環境情報学部特別招聘助教授
3:梅垣理郎 総合政策学部教授兼政策・メディア研究科委員
●実際の編集、「辞書」としての機能
 本書は、教員だけではなく卒業生に、10年目の大学評価/現在の自己評価やSFC卒業生の社会での様子などの執筆をお願いしました。
 ほかにも分担執筆の方々がいらっしゃるわけですが、依頼したはいいものの、そうそう簡単には進みませんでした。それは、なんといっても、10年も前からのことで、容易に思い出せないし、正確かどうかよくわからない。そこから読めるもの、そしてSFCの「核」を知ることができるようなものにするためには、資料を収集しなければなりませんでした。これには、実に半年を要しました。
 そして僕は年表を担当。SFCのあらゆる事象を調べあげました。大きなものは看護医療学部の開設、「バージョン2.0」のようなカリキュラム等の改定や建築物の増設など。細かいところでは学生の細かな活動に始まり、教職員の人事異動、バスのダイヤ改正や発着場所の変遷などです。
 2003年春学期には、校閲の段階に入りました。本書には「辞書」という役割も持たせたかったので、内容にはできる限りの正確さが求められました。また、分担執筆なので、当然、内容が重なってしまう部分もある。そこを上手く調整したり、あとは言葉尻をいじくったりという、基本的な作業です。
 本来の予定では、2003年のHCDにて完成をみる予定でしたが、校閲等で延びました。その間に、孫福さんの横浜市立大学行きが決定しました。その後、孫福さんがなくなられた直後の7月に原稿が完成。8月20日、ようやく発売となります。孫福さんには、亡くなられる直前まで編集に携わっていただきました。特に「あとがき」にこめられたメッセージは、編纂委員の一人としては遺作のようにも思えました。
●読みどころ、大学界激震の今だからこそ
 独立法人行政化や、ロースクール構想、専門学校の大学事業への参入など、現在、大学はその姿が多様化し始めています。このような変化は、10余年前、SFCが出来た頃に比較できるほどの激震を大学界にもたらしているといってもいいと思います。当時、SFCは学生による授業評価制度、AO入試、TA制度、オフィスアワー、そして充実したコンピュータ環境など、90年代においてはかなり先進的かつ画期的で「SFC発」とされるものが多くあった。これが他大学に波及していくのには、だいたい10年を目安にとることができます。メディアセンターなどが顕著な例ですね。ただの大学図書館ではなく、PCをはじめとするいろんな設備が整った施設が、最近では多くの大学にみられる。
 本書から、SFCの10年を知ることで大学改革の裏側がわかると思います。SFCの制度や設備など、コンテンツの部分は確かに当時新しかった。でもそこには、新しいものをつくることの気概、熱意や姿勢といったものが当然欠かせないのです。それは先ほど述べた、近年の大学をとりまく環境の変化など、現在新しいものをつくっている人にもおのずから共通しているはず。この10年間の熱意・姿勢というものが、現代の大学を担っているひとたちに、エネルギーを与えられれば、と思います。
『未来を創る大学
 慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)挑戦の軌跡』
・価格:3,500円(税別)
・刊行:8月20日
・著者:小島朋之、熊坂賢次、孫福弘
・発行:慶應義塾大学出版会株式会社