ORF2015では、今年もさまざまな展示が行われている。杉原由美研究会では日本語研究室と合同で「日本語教育/ことばとアイデンティティ」と題したポスター展示を行う(A15)。杉原研は、日本が多様性を受け入れる社会に向かうため、日本語のコミュニケーション・教育・他言語との共存のありかたを中心的な関心とする研究会である。

今回の展示について、大倉百理子さん(総2)、各務隼人さん(環4)、山鹿渉平さん(環4)、李維寧さん(総1)、藤谷悠さん(政メ1)に聞いた。

日本語が母語でない生徒に向けた「日本語教室」

湘南台小学校では、日本語が母語でない児童に向けた「日本語教室」をおこなっており、今期、杉原研では2人の学生がそのサポートをしている。児童ごとに日本語能力の差があるため、一括で授業をするのは難しい。そこで、日本語能力ごとに一対一での「取り出し授業」が行われている。

言語や文化の比較から、アイデンティティ形成のサポートを

「日本語教室」では、日本語学習だけでなく、児童がもともと持っている「言語」や「文化」を日本語・日本文化と比較し、統合できる場となっている。日々の生活で、児童が母語や母文化を出すことはほとんどないが、「日本語教室」では、本来持っている母語や文化を日本語や日本文化と比較することを促すため、児童がアイデンティティを形成するための支援にもなっている。

「現在、杉原研の学生2人が、湘南台小学校で「日本語教室」のサポートを行っている。今後は関わる学生を増やし、日本語の話せない児童へのサポートを拡充していきたい」と、大倉さん(総2)は展望を話した。

湘南台小学校での「日本語教室」の活動を説明する大倉さん(総合2) 湘南台小学校での「日本語教室」の活動を説明する大倉さん(総合2)

「サバイバル日本語セッション」日本語だけではなく、日本で生活するためのサポートを

毎週金曜日4限になると、一つの教室に多くの留学生がやってくる。「サバイバル日本語セッション」と名づけられたこの空間は、日本語を学ぶ留学生と、多文化共生をめざす日本語教育や言語学習を学ぶ杉原研のメンバーとが学び合う場である。従来型の言語教育は、ただ文法や語彙を学び、言葉を覚えることに偏りがちであった。しかし日本に来た留学生が実際に日本で生活するためには、言語そのものを学ぶだけでは十分とはいえない。「サバイバル日本語セッション」はその克服を目指している。

「サバイバル日本語セッション」実際の活動例

たとえば日本語を使ってどこか行きたい場所に行けるようになるためには、「すみません、~はどこですか」「そうですか、ありがとうございます」といった言葉を学ぶだけでは十分ではない。実際に場所を尋ね、実際にその場所へ行く。テキスト上でのやりとりではなく、実際の目標を設定して言語「行動」を学ぶという点、それを学生同士の学び合いを通して行うという点で、従来型の日本語教育とは異なる。

「サバイバル日本語セッションは、日本語を使って何かをする場であり、生活において日本語でできることを増やす場です。実践的に学び、できることを増やすことで、日本語への自信をつける場であります。」と各務さん(環4)はアピールした。

ブースでは「サバイバル日本語セッション」を体験した留学生の映像が流れている ブースでは「サバイバル日本語セッション」を体験した留学生の映像が流れている

帰国子女だからバイリンガル?

「帰国子女」と聞くと、バイリンガルでうらやましいと思う人も多いだろう。しかし、英語圏からの帰国子女だからといってバイリンガルになれるとは限らない。山鹿さん(環4)は「海外子女は現地で文化や言語の壁に直面したために苦悩を抱え、滞在年齢や生活環境によって英語が十分に話せないまま帰国する人たちが多い」と指摘する。「子供たちに影響する要素を見つけ、現地で苦悩を抱えた彼らをより理解し、帰国子女のためのより良い環境づくりを実現したい」と展望を話した。

来場者に展示の説明をする杉原研SAの大川さん(総3) 来場者に展示の説明をする杉原研SAの大川さん(総3)

「表現の自由」の問題から多文化理解を考える

襲撃事件を機に問われる「表現の自由」

今年1月にフランスの週刊誌本社が襲撃された「シャルリー・エブド襲撃事件」は記憶に新しい。言うまでもなく、テロ行為が擁護される余地はない。しかし、「シャルリー・エブド」の風刺画は差別的であり、表現の自由における人権を踏みにじる「暴力」であるという批判もある。この事件を機に、「表現の自由」に関する議論が再燃した。

「表現の自由の根底に平等・博愛の精神がなければ、自由そのものが意味をなさないものとなってしまう。どこまでいったら人権を踏みにじるのか。社会のなかの『ねじれ』や『矛盾』を抱えながら、どうすれば多文化で共生していけるのか。表現の自由における人権を踏みにじらない『限度』を設定すると同時に、それを引き起こす社会構造に注目し、考えていく必要がある」と李さん(総1)は語る。

日本においても表現の自由と人権の問題は他人事とはいえない。事実、日本においてもヘイトスピーチや外国人排斥運動が発生している。また、世界情勢に合わせて難民受け入れが拡大すれば、日本人はこれまで以上に異文化にふれることとなる。異文化を理解しようとする積極的な姿勢や、寛容な共生社会をつくる努力が必要なのは、日本においても例外ではない。

「シャルリー・エブド」の実物が閲覧できる 「シャルリー・エブド」の実物が閲覧できる

言語獲得によって変容するアイデンティティ

タンデム学習で「色をもった」言語学習を

「タンデム学習」とは、外国語学習者同士で行われる母語と学習言語の言語交換型相互学習である。例えば、日本語母語話者とフランス語母語話者の場合、日本語母語話者はフランス語母語話者の日本語学習を補助し、フランス語母語話者は日本語母語話者のフランス語学習を補助する。

「教室外で学習者たち自らの手によって形作られる相互学習活動の中で、それぞれが個の関係を構築することによって、学習者は具体的他者との実践的な『生身の交流』をすることとなる。その結果、整形されてパッケージ化された言葉ではなく、人それぞれの生活に根付いた言語使用・文化性を体感的に学ぶことができる。そうすることで、言語学習を一般化された味気ないものに留めるのではなく、多様な『色をもった』ものにすることができるのではないか」と藤谷さん(政メ1)は提案した。

展示では、言語学習者が目指す一つのモデルとして、複文化的アイデンティティを持つこと、また、歓楽性・非目的・個別性のある「生成的言語教育観」に基づいて、「言語=ツール」と捉えるような価値観に代表される、単に発達的で有用性のみを求める教育から脱することが提案されている。

杉原研究会/日本語研究室の皆さん 杉原研究会/日本語研究室の皆さん

杉原研/日本語研究室には、長期海外滞在経験のある学生や日本以外の言語文化背景やルーツを持つ学生が多い一方で、日本社会の日本語文化のなかで生まれ育った学生も多い。その多様性が研究テーマの幅広さにも反映されているように感じた。言語や日本語、教育などに興味のある人は、ぜひ杉原研/日本語研究室のブース(A15)に足を運んでみてはいかがだろうか。

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