ORF2016の1日目、18日(金)にプレミアムセッション「安全保障と技術の新展開」が行われた。このセッションは2部構成となっており、それぞれ違う観点から安全保障について見つめた。

ORFでは様々な新技術を発表する研究を多く見ることができる。新しい技術が誕生していくなか、それらは安全保障にどのような影響を与えるのか。1部では海上自衛隊を交えた4人がそれぞれの意見を述べ、2部ではアメリカやロシアの国防政策の識者を交えた3人が、第三次オフセットストラテジーを軸に今後の安全保障について述べた。

■司会

  • 土屋大洋 政策・メディア研究科教授

■パネリスト

1部

  • 大塚海夫 海上自衛隊幹部学校長 海将
  • 上野清昭 海上自衛隊幹部学校未来戦研究グループ員 1等海佐
  • トビアス・バーガーズ ベルリン自由大学博士候補
  • 高汐一紀 環境情報学部准教授

2部

  • 森聡 法政大学教授
  • 小泉悠 公益財団法人未来工学研究所 客員研究員
  • 神保謙 総合政策学部准教授

新技術は戦争をどう変えたのか

1部パネリストの面々 1部パネリストの面々

大塚海夫海将「技術の発展によるパラダイムシフト」

1部の冒頭は、大塚氏による技術の変化と戦争の関わりについての解説から始まった。大塚氏はまず、安全保障の分野における"RMA(Revolution in Military Affairs)"という言葉を取り上げた。RMAとは、例えば、陸上戦において接近戦から遠距離戦が主流になるにつれ、「攻撃」よりも「いかに攻撃を防ぐか」が重要視されるようになったというように、技術、ドクトリン・作戦、組織といった軍事に関する要素に革命的な変化が起きることを意味する言葉だ。海上ではかつて人力で動かしていた船が自動化され、更には飛行機を搭載するようになり、また、核兵器の誕生は「お互いに撃たず、戦争しない」という核抑止理論を生み出し、それが後の冷戦状態へと繋がった。いずれの新技術も戦争で優位になるために誕生し、これらの技術の発展は、世界に大きなパラダイムシフトをもたらした。

上野清昭1等海佐「新たな技術での戦い方」

続く上野氏は新しい技術での戦い方としてC4ISRとそれを支えるネットワーク、電磁スペクトルをとりあげた。C4ISRとは指揮・統制・通信・コンピュータ・情報・監視・偵察のことである。これらを駆使して相手がどのようなことを考え展開するのか、相手よりもはやく察知し、それに対応するために状況判断・意思決定をする。C4ISRの活用にはネットワークが不可欠であり、実際ネットワーク中心の戦争は全て衛星通信、無線通信やコンピュータに頼っている。そのため、サイバー攻撃や無線の電子妨害を受けると非常に不利な状況となる可能性があり、被害を受けても回復できるシステムが必要となる。「宇宙が第四、サイバーが第五の戦場と言われているが、実際のところ最近は電磁スペクトルが第五の戦場と言われている」と冒頭で語った上野氏は、「自衛隊においても電磁スペクトルに注目がなされている」と話し、今後方針について議論すべきことが多くあると指摘した。

トビアス・バーガーズ博士候補「コスト面から見た戦争の変化」

政治学や技術の発展による政治情勢について研究をしているバーガーズ氏は、戦争における国のコストについて語った。現在、サイバー技術やロボット技術の向上により、人間と戦場の物理的な距離が開いている。コストの面で見ると、人間中心の戦争では兵士の死や建物の再建など、社会的・経済的・政治的などの様々なコストがかかるが、サイバー戦争では兵士が「死ぬ」ことがない。そのため、サイバー戦争ではそれらのコストとはほとんど無縁であり、人間中心の戦争と比べてはるかに参加しやすい。一方、サイバー戦争が中心になることで軍事コストは低くなるが、他国の業務に非公式で干渉すると、外交での衝突が起きたときのコストが高くなる。最後に「サイバー戦争は物理的な戦争に発展するおそれがある」とバーガーズ氏は指摘した。

高汐一紀准教授「安いコストで人に精神的ダメージを与える世界」

高汐准教授は、過去に報道された記事を提示しながら「ロボットの軍事への導入は映画の中では当たり前の光景となっているが、最近はそれが現実にも起こりつつある」と語った。「国対国のいさかいごとに関して、無人機を使用していると思っていたが、報道を見てる感じだと"poor man’s solution"が起きているのではないか」と指摘した。"poor man’s solution"とは、民生側で作られた安価な機器を、集団で使って大きな効果を出すという戦略である。そしてまさにその意味の通り、戦場では民生側で作った安値で買えるドローンなどの機器を群れを組んで効果的に使い、大きなダメージを安いコストで与える戦略が行なわれているのだ。そのようなことが行なわれているなか、民生側である我々には何ができるのか考える必要があるとした。

大学と自衛隊とのつながりを作らなければならない

パネリストらの発表が終わると、最後に土屋教授が「これから何をしなくてはならないか、何が一番大事なのか」と質問。「自衛隊と大学がもっとお互いのドメインに足を踏み込んでつながりを作り、ニーズとシーズを合わせながらコラボレーションすることが大事である」と、大塚氏、上野氏、高汐准教授の3名は自衛隊と大学との連携を強調した。一方、ドイツの大学に通うバーガーズ氏は「セキュリティの経済コストが最も大事である。未来戦は安くない。"poor man’s solution"が先ほどあがったが、安価な攻撃手段で大きな影響を与えることができるということは、テロリストには大きな経済的なアドバンテージとなる。国を守るためにいくらお金をかけるのかということは非常に大事であり、今後話し合うべき内容だ」と回答した。

軍はどのように変化してきたのか

森聡教授「再び行なわれるオフセットストラテジー」

2部は、アメリカの外交と国防政策を専門とする森聡教授の発表から始まった。森氏は、中国やロシアが技術面での台頭を踏まえ、「冷戦時代に行なわれていたオフセットストラテジーが、アメリカで再び行なわれようとしている」と指摘した。オフセットストラテジーとは、通常戦力において劣位な立場をいかにして相殺し、優位に立とうとするかという戦略のことだ。これまでのオフセットストラテジーでは、「数」を凌駕する「質」を求めて核兵器や精密誘導兵器が開発されてきた。今回は通常戦力による抑止力というのを目指しているが、今までとは重心の置き方が違う。そもそもRMAについて考えると、技術面だけでなく作戦面と組織面においてもイノベーションが必要となる。そこで今回はオートノミー・人工知能を用いて意思決定をはやめ、アメリカの強みを活かそうとしている。

小泉悠客員研究員「ロシアの軍事情勢とハイブリッド戦争」

小泉氏はロシアの軍事や安全保障を専門としており、ロシアの軍事情報を語った。ソ連が崩壊してから政治経済的な混乱がおこり、また地理的にもバラバラになってしまった。それにより工場が違う国にあるという問題から、自前で装置を作れないという事態に陥った。しかし、ウラジーミル・プーチンが大統領に就任し、アナトリー・セルジュコフを国防相に任命してからロシアの軍は回復してきた。また、プーチン大統領の元々の軍改革のモチーフは「NATOとの大規模な争いはもうないから合理化しよう」であったが、昨今のウクライナへの侵攻のように、宣戦布告を行わずに、非正規軍で侵攻する「ハイブリッド戦争」を行っている。「基本的な制度は変わっていないが、その使い方、ニュアンスが変わってきている」と小泉氏は最後に指摘した。

神保謙准教授「人間が介在しないロボット同士の戦争の可能性」

「無人化や自律化により戦場が人間の手を離れて作用するようになる。陸軍の兵士しかいなかったのが、離れたところからあたかもその場にいるような感覚で人や機械を操作する、そんな時代が来ている」と神保准教授は話す。ロボティクスや無人システムが戦場を大きく変えているのだ。無人化や自動化が発展すると人間の戦場への介入のリスクの低下が考えられ、最終形態としてはロボット同士の戦争によって様々な国際関係に展開するかもしれないが、その一方で何かが起きたときの責任の所在など、法的に定まっていない部分も多い。様々な問題がすでに浮かび上がっているのだ。

2部パネリストの面々 2部パネリストの面々

これからの予算と倫理について

セッションの最後には、締めくくりとして「これからの予算と倫理」について各人が語った。

森氏は、予算について「世にいうプロトタイプを作る予算は確保できると思うが、トランプ政権になって国防政策費がこれからどれだけ増えるのか次第だ」とした。また、高い自殺率が問題となっているアメリカの軍を例に上げ、軍における倫理について話した。「兵士の精神衛生面を支える医学も検討されているが、薬を飲んで人間の呵責を捨てることになってしまう」とし、「技術の発展により、より倫理の問題が増えるのが問題だと感じている」と、軍における倫理が問題になっていく可能性を指摘した。

小泉氏は「ロシアにお金はない。来年度の予算案を見ると、これまでのような莫大な国防費を出すのは厳しくなってきている」とロシアの現状の厳しさを語った。それでも自分たちに与えられた制約のなかでできることをやろうとした結果、ロシアの場合にはそれがハイブリッド戦争だった。ローコストでローテクだが倫理のような問題を無視すればできてしまう。ハイテクゆえに倫理に縛られる先進国、かたや倫理を無視して進む硬派族にたいして先進国は優位を保っていられるのか、不気味な予感が漂っている。

神保准教授は日本の予算と倫理について話した。今は安倍政権のもと、減ってきていた防衛費が増えてきているが、基本的に実験費も高く、将来そういう現状のなかでそんな華々しい展開が予算状況の中で起きていることではない。「技術トレンドを日本の自衛隊の装備に取り込むために、恐らくこれから民間企業や大学を含めたDual Use Technology(民生用に作られた技術が軍事利用され、軍事目的だった技術が民生側に使われる)を活かす環境を作っていくことは非常に重要である」と、今後の民生と自衛隊の関わり合いの重要性を指摘した。

様々な新技術が誕生し、戦争での戦略が大きく変わり、映画の中でフィクションだと思われていた戦争が現実に起こりうる時代になりつつある。今までは軍の行なうことであり私たちにはあまり関係ないと思われていたが、新たなパラダイムシフトを起きた場合、民生側にもなすべきことが出てくる。今、何が起きているのか、それを知って私たちには何ができるのか、何をすべきか、考えなくてはならない。

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