「プロダクトデザイナー」は何のプロフェッショナルなのだろうか。絵が上手に描ける人、手先が器用な人、ずば抜けたセンスの持ち主を指すのか。


作品「タイムスタンプ」が第5回シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティションでグランプリを受賞し、つづいて作品「雨のペン」が第6回シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティションで審査員賞(原賞)を受賞した牛山達郎さん(2003年総合政策学部卒業)に話を聞いた。もしかすると「デザイナー」はただ、ふつうの日常を少しだけ楽しく、おもしろく見ることのできる人を指すのかもしれない・・・

【「冗長性」がおもしろい】
–デザインに興味を持ったきっかけは?
大学3年生のときにたまたま履修した「インダストリアルデザイン」(二瓶一裕環境情報学部非常勤教員)という授業です。
この授業ではたとえば、「生卵を2階から落としても割れないパッケージデザインを次週までに考え、実際につくってきなさい」という課題が一学期間で6回も出題されました。それらの評価基準がとてもわかりやすく、きびしかったことを覚えています。例の場合、実際に生卵を履修者がつくってきたパッケージに包み、2階から落として、割れたら0点、ひびが入れば50点、割れなければ100点というかんじです。また、機能性にくわえて審美性や冗長性も評価の対象でした。二瓶先生は「冗長性」と言う言葉を「ユーモアがあるかないか」という意味合いで使っていましたね。
履修者は毎週のように、機能性、審美性、冗長性などの高いハードルをクリアしなければいけないので、この授業はキツイと評判でした。実際のところ、学期初めには60人以上もいた履修者が、最終回には20人も残っていませんでしたね。でも、僕はこの授業がとてもおもしろかった。僕はよく失敗しましたが、審美性や冗長性で先生に救ってもらったことを覚えています(笑)。
–「インダストリアルデザイン」を履修する前からデザイン関係の授業を履修していたのですか?
「インダストリアルデザイン」以外のデザイン関係の授業はほとんど履修していませんでしたね。興味がなかったわけではないのですが、抽選にはずれてしまうこともあり、機会がなかったというかんじです。「デザイン言語総合講座」は履修しましたが、特に熱中した、という記憶はありません。
–では、「インダストリアルデザイン」で実際に手を動かして課題をこなしていくなかで、デザインへの興味が深まったということでしょうか。
そうですね。単につくることだけでなく、予想どおりにつくることができない、という部分も含めておもしろさを感じました。また、2週間に1度ほどあるプレゼンテーションの場で、自分の作品をいかに魅力的に見せるかを考えることもたのしかったですね。
–同時期、二瓶先生の自主勉強会に参加されましたね。
はい。この自主勉強会は卒業単位にならない、ほんとうに自主的な集まりでしたが、僕が参加したときにはすでに4年目をむかえていました。
–どのような活動をしていたのですか?
毎年2月初旬に展示会を行なうことを目標に、実際にモノをつくっていました。でも、いきなりモノをつくろうとしても、環境が整っていませんでしたし、極端に言うとノコギリの使い方すらわからない状態。勉強会ではプロダクトデザインを考えだけでなく、実際につくることに主眼をおいて、二瓶先生から直接の技術講習を受けることもありました。また、自分のつくりたいモノのスケッチなどを学生同士で見せあい、お互いに意見する時間もありました。そうして展示会の1カ月前になると一気に制作期間に入る、という生活です。
–毎週のようにモノづくりに触れていたんですね。
あの頃はそうでしたね。
–アイデアノートをためることはありましたか?
スケッチブックやノートの端に描いたものは、今でもあります。
【「デザイナーになる方法」なんてアドバイスできない】
–自主勉強会に大学3、4年と在籍したのち、卒業制作展に作品を出品して、卒業されましたが、そのあとは?
SFC卒業後は広告会社に1年半勤めました。2004年11月に退社し、現在にいたります。
–デザインに関わるために退社を決めたのですか?
はい。広告会社の仕事もおもしろいものでした。けれども、そこで少しうだうだしている時期に、たまたまデザインのコンペティションに参加して評価していただいたことなどが決断のきっかけになっていると思います。
–現在は何をされているのですか?
現在開かれている展覧会(注)をめざしたワークショップにこのあいだまで通っていて、これから基礎的な勉強をしようかなと思っているところです。まだまだわからないですけれどね。具体的なプランがたっているような、たっていないような状態です。
–SFCでデザインを学んでいても、やはり卒業後すぐにはデザイナーになれないのですか?
どうなんでしょうかね。逆に、どう思いますか?
–人それぞれ・・・なんでしょうか? 牛山さんは卒業後、就職をしないでフリーのデザイナーとして始めようという気持ちはありませんでしたか?
デザインと同じくらい広告にも興味があったんです。また一方で映像制作にも取り組んでいました。だからデザイン、広告、映像、と並べて考え、いろいろと経てから広告をまずは選んだのです。でも、会社に入ったことで学んだこと、得たことはたくさんありましたよ。
–SFCは2004年度の秋学期から「デザイン言語2.0」と言ってデザイン教育にさらに力をいれています。しかし、学生のなかには、SFCで学ぶデザインスキルのレベルに限界を感じる人も多いと聞きます。牛山さんはデザインを学ぼうと決めたときに、将来のキャリアプランを意識しましたか?
今でもそうですが、二瓶研究会に入ったときにはもちろん「デザインとは何であるか」がわかりませんでしたから「なんかおもしろいことやっているな」程度の気持ちでいました。「何かはわからないけれど、単にかっこいいものをめざしているわけではない」ということがまずショックだったんです。そうしてデザインが思っていた以上におもしろいものであることに気づいて、研究会に入りました。プロのデザイナーになることは、そのときには全く考えていませんでしたね。
–モノづくりがしたい、デザイナーになりたい、と思い、漠然とデザインに興味を持っているけれども、実際につくるモノにはなかなか自信が持てない。そんな学生にアドバイスをいただけますか?
ワークショップに参加すること、コンペティションに出品することが全てとは思いません。しかし、SFCの学生もよく都内で展示会を開いていますが、たくさんの人に観てもらうことで得られるフィードバックに耳を傾けることは大事です。
先日、SFCの卒業制作展2004を観に行ったら、やっぱり学生がつくったモノがありました。やっぱりモノづくりをしたい人は常にいるなぁと感じましたね。それらを観ていても思ったのですが、やはり作品をつくりあげる能力は人それぞれで、完成度もバラバラなので、学生は皆こうすればこうなる、というようなアドバイスはできませんね。
【わかりやすいモノがつくりたい】
–最初につくったモノを教えてください。
授業の課題としてではなく、多くの人に観てもらうためにつくった最初の作品は卒業制作展にも出品した「Hug Light」です。今見ると恥ずかしい (笑)。二瓶研に参加して、自分のほしいモノを発表したときにでてきたかんじですかね。抱き枕と照明を組み合わせたから、「Hug Light」。単純ですよね。
照明はふつう、自分の外側から照らしてくる。でもそれでは本を読んでいるときに、体の角度を少し変えるだけで影ができてしまう。この問題は自分の内側から外側を照らすようにすれば解決するかな、と考えたんです。そうして「内側から手もとを照らすライト」というコンセプトをもとに、いろいろな模型をつくってみた結果、枕形に落ちつきました。
–どこまでつくりこむか、悩みませんでしたか?
展示会で実際に触ってもらったときに、照明部分が熱くなって火傷されては困ります。それに、さわってもらえないと、「なんか良さそうだな」ということはわかっても、さわり心地まではわかってもらえない。
つまり、真意を伝えるためには、展示会でベタベタさわられても壊れないこと、危険でないこと、裏を見られても大丈夫にしておくことが大切です。だから、最後の仕上げ部分は見た目、強度など入念に調べますね。この作業が実際に見てもらったときの感動につながれば、と思っています。
–牛山さんが作品をつくるときにいつも考えていることを教えてください。
「これはオレがつくったものだ!」というような強いメッセージを表現したいわけではありません。「ありそうでなかった」「私も考えたことがあるけれど、実際に形にするとこんなふうになるのか」と共感してもらえるようなモノをつくりたいんです。
これまでの作品に共通していることは「わかりやすい」ということでしょうか。「コンセプトがひと言で伝わる」とも言えます。作品の背景に複雑な文脈を仕掛けておいて「そういうことだったのか!」と思わせる作品もおもしろいですが、僕はわかりやすさと二瓶先生の言う「冗長性」があるモノをつくっていると思います。
【モノより、人ありき】
–身の回りのモノを意識的に見ますか?
モノ自体を意識的に見ることはあまりないです。でも、人がモノを使って変なことをしていると気になりますね。間違った使い方、変な使い方、勘違いした使い方っておもしろいですよね。それから、人の動き、クセ、記憶にも興味があります。
デザインするときは、新しいモノをつくっているというよりは、自分がおもしろいなぁと感じたことを「思いだしている」というかんじです。ポリシーとしてこれを貫いているわけではないのですが、モノをつくっていると、なんとなくそうなってしまうんです。
ブランド品やある一種類のモノを集めるようなコレクターさんとはちがうんでしょうね。モノと人の関係、人と人の間にあるモノの関係のほうに興味があるんです。
「対話」にも注目しています。人と人との対話はもちろん、たとえば4歳のころの僕と今の僕との「対話」もありうると思います。先ほどの「記憶」にも通じる部分ですね。
つまり僕の場合、人ありき、なんです。
実は、僕が第5回シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティションでグランプリをもらった「タイムスタンプ」という作品で伝えたいことも、人と人を結ぶことがテーマになっています。
–「タイムスタンプ」は描かれている時計の針を自由に動かすことのできるスタンプですね。
はい。考えたのがちょうど会社に入って1年目のことです。広告会社では電話が常に鳴っています。新入社員のころは自分にかかってくる電話がほとんどないので、先輩にかかってきた電話を取りつぐのが僕の仕事でした。ちょっとつまらないですよね(笑)。でも、そんなときにシヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティションに出品する作品について考えていたんです。
会社ではメモ帳をよく使います。アナログなメモですが、会社内のコミュニケーションには欠かせないものです。でも、メモを書いた時刻がスタンプされているメモがあったら、渡された人は楽しいだろうなぁと思ったんです。
–ちょっと不便、もしくはちょっとつまらない部分を少しだけおもしろくするという発想ですね。
「問題解決」なんて偉そうに言えるほどでもないのだけれど、「関心ごと」くらいの問題を解決しようとしているのかもしれません。ぼくのデザインによって万事OK!になるわけではないんですから。「雨のペン」なんて、解決する問題がなくて、むしろ問題を増やしているかもしれませんが、共感してもらえれば良いんです(笑) 日常のなかにある見すごしそうなことのおもしろさ、良さに気づいて、それを共感してもらうためのデザインを形にすることが今いちばん楽しいですね。
–楽しそうですね。でも、これから勉強したいこともあるんですよね?
はい。たとえば、どういうふうに図面をひけば、会ったことのない人にイメージを伝えることができるか、どのような材料を使えば強度が保てるか、といったことを勉強しなければならないと思っているんです。今はまだ、一般の人が参加できるコンペティションだから認められているレベルです。展覧会に出品している作品も、僕がイメージしたことを僕自身が悩みながらつくったものだから、なんとか形になっている。そういう意味での基礎が足りてないなとは思います。もっとたくさんつくらなきゃいけないんだなぁと実感しています。
–SFCで学んだだけでは、やはりプロフェッショナルになることはできないんでしょうか?
SFCにはいろいろな人がいる。プロダクトデザインをやりたいと思っていても、それだけを勉強するのではなく、違う分野のことも学べば、違う視点からプロダクトデザインを見ることができます。そういった意味で、SFCでデザインを学ぶことの強みがあるSFCの学生は思いきって社会に出てみて、足りない部分はそのつど学ぶしかないんじゃないかなぁ。
【つくらないとわからない、さわらないとわからない】
–第6回シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティションで審査員賞(原賞)を受賞した「雨のペン」(青い点線を描くペン)はどこで着想を得たのですが?
幼稚園から高校までの一貫教育学校の美術展を見にいったときに、小学生が紙皿に絵を描いた作品を見た。そのときに、自分もむかし、紙皿のへりのなみなみの部分をクレヨンなどでさーっとなぞったときに感じた、ちいさなカタカタカタっと手に伝わる振動をありありと想いだした。そうおもうと、人ってけっこう、スケッチブックのリングの部分を手でさわったり、格子の部分を手でさわったりしたくなることに気がついた。この感覚を紙ではなく、ペン先にうつす、というのが「雨のペン」の基本的なアイデアです。
–どのようにしてつくったのですか?
外面は市販の真っ青なペンに塗装をしました。横についているのは、ミニ四駆で使われるギアを削り、ペンに穴をあけて固定しています。実はこんな恰好になる予定ではなくて、横の部分をもっと花びらの形のようにしようと思っていました。でも、花びら形はつくるのが難しかったので、仕方なくこのような形にしました。そうしたら偶然「傘」のような形になってしまったんです。そこから、「雨」という連想があり、後づけですが「雨のペン」というネーミングも決めてしまったのです。
こういうのをSerendipity(思わぬ発見をする特異な才能)と呼ぶ人もいます。つくるまではわからないことです。頭の中ではハプニングが起こりませんから。つくっていると「ここにはボンドが付けられない」とか「もっとラクにできる方法はないかなぁ」と考えざるを得ないのです。大学時代にこれを体験できたのは、本当によかったと思います。
つくってみてわかることがある。そして、モノにさわってみてわかることがある。さわってもらったほうが共感してもらいやすく、印象に残りやすいと思います。たとえば、頭のなかで「リングを手でさわったときに気持ちよいだろうなぁ」と思うのと、実際にリングをさわったときに「あ!」と思うのでは、後者のほうが断然記憶に残りやすいでしょう。
–自分の作品をさわった人からの感想から気づいたことをもとに、新たな作品が生まれたことはありますか?
直接的にむすびついたことは、まだありません。でも、最初につくった「Hug Light」については、それをさわった友人に「椅子にすわって足の間に挟んで使うとラクだ」「あごを載せたらラクだった」など僕が意図してなかったことをいろいろ言われました。使う人によって使い方はさまざま。だから自分の作品がどのように使われるか、予測がつかないものなんだ、ということを学びましたね。
「絶対に形にできる」と思っていた自分と、不器用でつくれない自分がいる。それを客観的にみて、「これでもいいじゃん」と思うことがある。それで、使う人は、その作品をつくるのにどれだけ大変だったかなんてお構いなしに「硬いのが嫌だ」とか「さわり心地がよかった」とか自分とは全く違う目で作品を見てくれる。
–作品をつくるなかで、またつくったあとで、どんどん変化していくんですね。
はい。僕の場合はほとんどがそうです。「タイムスタンプ」にしても、もっと印面に細かなグラフィックデザインを考えていたのですが、難しいのでやめたら、かえってシンプルになり、審査員の方に誉めていただけた。人は自分が意図していないところを誉めてくれるのですが、よかれと思ってやったことが駄目になるケースもあります。これはモノづくりに限らず、文章を書くときなどにも言えるのではないでしょうか。僕の場合、たまたまモノをデザインすることが向いていたのだと思います。誰でも「不便」とか「気持ちいい」とか感じると思いますが、僕の場合、それを意識的に書き留めたりしておくと、実際につくる作業が面倒でもたのしいと感じるのです。

–日頃からアイデアを書き留めているのですか?
はい。でも、決まったノートに書き留めておくだけでなく、書き留めたいときには何にでも書いてしまいます。今日も展覧会の受付をしながら、手近にあった紙に思いついたことを描いていました(笑)。(写真上参照)
–最後に今後の抱負を教えてください。
抱負ではありませんが、SFCでデザインをがんばっている人たちともっと出会いたいですし、これからもおもしろいモノをつくりつづけたいです。興味ある方は[email protected]まで!
編集部注:牛山さんの作品(写真下参照)を見ることができる展覧会が開催されています。
▼展覧会「Water+Wind ウォーター・プラス・ウィンド」
日時:3月28日(月)-4月9日(土) 11:00-19:00 (最終日17:00まで)
入場:無料
場所:ギャラリー le bain
(http://www.le-bain.com)