「社会の仕組みを考えるための思考のフレームワークを比較地域研究をとおして養う」
西村厚教授は来年度で定年を迎える。授業は来年度で最後となる予定だ。SFCで研究室を持って10年目という西村厚教授に研究会がこれまで歩んできた歴史や来年度の研究会の内容について語っていただいた。


–西村研究会は、どのようなことを研究しているのでしょうか?
一言で言えば「比較地域研究」です。日本人は文字情報や音声情報、映像情報などの表面的な情報のみをもとに、興味のないことに対しても、いかにも興味をもっているかのように振舞う傾向があると思います。しかしそれは表面的なことを知っているだけであって、深いところは知らないわけです。知らないで満足してしまう。それでは真実や本質が見えてこない。
 文字情報、音声情報、映像情報から理解できるものと実際の生活、文化とは乖離があるのです。教典はユートピアしか語らないのです。それにも関わらずそれをもとに知ったかぶりしてしまう。「イスラムは~」なんて語ってしまうわけです。それではまずいわけで、現地の人の実際の生活、実際の政治、経済を比較研究という視座を通してみてみようという意図から、この研究会はスタートしたのです。
–研究会はC型ですが、これには何か経緯があるのですか?
 それに答えるには、西村研究室の数奇な歴史を語ったほうがわかりやすいと思います。(笑)西村研究室は4,5年前まではA,B型で研究会を行っていたのです。もちろん比較地域研究という視点で研究会をやっていたのですが、実に個性的な学生が3割近くいました。どう個性的かというと、地域の比較研究というよりはむしろ個人の趣味による地域研究なんです。
 そのころ、研究会の方針でケーススタディーとしてヨーロッパの、産業としての自動車について詳しくやろうということになったのですが、「私は JAGUARに一生を捧げたい」とか「私はAlfaRomeoしか興味がない」とかいう自動車マニアが研究会に出現しちゃった。比較しなきゃいけないのに「~だけ」というのでは困るんですよね。だから過去の西村研究室はマニアが集積していましたよ。(笑)学生のキャラクターによって研究会が振り回されちゃったんです。それでは研究としてよろしくないからC型にしたんです。結果的にマニアを切ってしまったということになりますね。でもそれによって、学生の熱心度、定着度は飛躍的に高まりました。マニアを残すべきか、C型を導入したほうがよかったかという問題は置いておいて、指導はしやすくなりましたよ。(笑)
–春学期はどのような研究を研究会全体で行おうと考えていますか?
 ヨーロッパ研究です。フローラ=ルイスという方が書いた”ヨーロッパ”と  いう文献を通して、ナショナリティーという面からヨーロッパに興味を持って  もらって、国別の研究を行います。言語、教育、どんな視点でもいいからヨー  ロッパに興味を持ってもらい、比較研究の材料をみつける。それと経済、経営  の観点からヨーロッパを研究します。秋学期は同じアプローチでアジア研究を  行う予定です。
 私の指導方針として経済、経営の観点を抜かすことはできません。例えばただ「シチリア大好き」というのではだめです。シチリアに経済、経営を絡めて研究しなければなりません。社会科学というのは複数の比較事例研究から生まれてきているんです。哲学がなぜギリシャで生まれたかというと、複数の都市国家がそれぞれ違う特徴を持っている。アテネとスパルタは性格的に異なる。
 なぜアテネとスパルタは違うのか? そういう差違を問うところから哲学ははじまっているのです。
 スープは出来るまでに、いろんな材料、ニンジン、セロリ、たまねぎなどがあってはじめてあの味が醸成されるわけです。それら材料を知らないでスープ だけ味わうというのは美食家の立場です。上澄みだけを味わうのでは、その本質がみえてこない。多くの比較事例を用いた比較研究を行い、構成材料をしらないといけません。そうしないとスープを作ることなんてできないのです。
–どういう学生を求めていますか?
 こういう学生にきてほしいというの言えませんね。過去にいろんな学生が来ています。できるだけ個人の意思を尊重したいと考えています。ヨーロッパやアジアに関心、情熱がある学生なら歓迎します。さすがに「シチリアだけ」や「AlfaRomeoだけ」という学生は困りますけどね。(笑)逆にあまりこちらの考えを押しつけるというのはよくないとも思っています。過去、私は学生と多くの出会いがありました。振り返ると出会いをきっかけにいろんなことがありましたからね。
 それと、作業はどうしても個人作業が中心になります。だから共同作業アレ  ルギーの人たちが集結しちゃったりしてね。(笑)この研究会はいろんな側面  がありますね。
–地域研究を行っている研究会はSFCに複数ありますが、そういうところとコ ラボレーションは行っていますか?
 コラボレーションはないですね。単独でやっています。
–先生が学生から学んだことは、ありますでしょうか?
  当然あります。研究会の学生は例えば半年でインドネシアのアチェ問題について調べていくとしますよね。瞬間的な勉強量は私をはるかに凌駕します。その学生から学ぶことは大きいですよ。研究会は間違いなく私の糧になっています。
 ただ若干日本の学生の傾向としていえることだと思うのだけど、問題意識がステレオタイプになりがちですね。2000年の歴史の中で文字文化に頼りすぎた側面があるのかもしれません。
–最後に先生の研究会で研究するには、どういうアプローチが必要でしょうか?
 比較地域研究にはクールな視点が必要なんです。クールにみるにはひとつの確立した手法が必要なんです。確立した手法がないとクールにみることなんてできません。その手法のひとつが比較事例をあたることなんですね。なるべくたくさんの事例をあたる。例えば日米関係を考えた時に、日米関係だけみてると、偏向が生じる可能性があります。そこから感情論が結果するということもあるわけですね。例えばそれを免れるひとつの方法としてアメリカとヨーロッパの関係性、アメリカと近隣諸国との関係性。同様に日本のそれを調べる。
 それを調べないで日米関係について言うことはできないというのが私の考えです。
 アメリカのスラムで身ぐるみはがされたという事例があるとします。ただ、それを「スラムは物騒だね」なんて言ってしまってはだめなんです。みぐるみのはがれ方にはいろいろあるという点で興味をもってほしいわけです。日本でのはがれ方、イタリアでのはがれ方、中国でのはがれ方とどこがどう違うのか?どう物騒なのかを考えてほしいのです。
  -ありがとうございました。