「国家と法A・B」を担当する駒村圭吾・総合政策学部非常勤講師のサブゼミが6月から始まった。前回のサブゼミはジェンダーについてで、女性陣に間でずいぶん盛り上がったそうだ。日吉で、白鴎大学で、SFCで法を教える駒村先生にご自身の研究経緯、SFCで法を教えることなどについて伺った。

駒村圭吾

駒村圭吾・総合政策学部非常勤講師

先生が法学に進まれた経緯について教えてください。

最初は法学部ではなく、美術系に進もうと思っていたんです。高校時代に美術部に所属しており、美術大学に進もうと思っていました。でも、高校3年のときに見たドラマがきっかけで、外科医になることを考えました。山崎豊子さんが書いた「白い巨塔」という外科医の人生について書かれた小説をドラマ化したものです。
 しかし、残念ながら医学部は不合格で浪人。一方、ドラマはクライマックスに入り、主人公である外科医は医療ミスを起こして患者を死なせてしまい、裁判になったんです。そのとき、医者がどんなに立派でも、法廷に出てくる弁護士や裁判官がずるいやつだと負けてしまうと、法の重要性を感じました。そこで、医学部から法学部にすることにしたんです。
 慶應大学法学部に進んだのは、歴史が択一式で入試科目に数学が入っていたからです。私は歴史が大の苦手でしたから。

では、先生はドラマをきっかけに法学部に進んだということですか?

そうですね。ドラマの影響もあるんですが、高校時代から社会に対する関心があり、社会科学研究会にも所属していました。でも、都立大・明治大学に進んだ社研の先輩たちが喧伝する学生運動 に違和感を感じていたんです。

法学部に入学後、引き続き法を学びたいということで院にも進まれたわけですね?

気づいたらこうなっていたというのが正解ですね。大学卒業後、修士課程、博士課程を経て、白鴎大学や慶応大学日吉キャンパス、ここSFCで教えているわけです。

法学の中でも先生の専門分野はなんですか?

憲法と法哲学です。憲法の中でも関心があるのが、まず「表現の自由」。報道とか、ジャーナリズム、芸術表現の関係で「表現の自由」がどうあるべきかについて関心があります。そして、「統治のしくみ」の中における行政と内閣。博士論文はこれについて書きました。
 法哲学については、「寛容な社会をどうつくりあげるか」ということです。なんでも認める無関心に近いものとは対極に位置する「寛容」です。
 「寛容」とは違いを理解しようと努めること。緊張感や対立がケンカにならないようにする知恵が「寛容」なんだと思います。社会をどうつなぐかということに関心があるんです。

法について先生が大切にしていることはなんですか?

バランスです。法学というのは実学だから、現実に有効でなければならない。理屈だけで割り切ったら右か左ということになると思いますが、法学は、抽象や理念だけではなくて、現実的に起こっている問題に対して、どう解決するかが重要なんです。
 バランスは、時折妥協であり、日和見であると思われがちですが、AとBが戦っているところでバランスをとらせるというのは実は大変なことなんです。日和見どころか、ものすごく緊張を強いられる実は一番難しいことだと思います。私は議論の中で足して2で割ったようなことを言うことがあるけれども、対立する状況をどうやって現実的に着地させるかということを考えた末の結論なんです。
 私がこう考えるようになったのは、高校時代に所属していた社会科学研究会の影響が大きいです。そこがとても左翼的で、私はひどく違和感を感じたんです。硬直した考え方というのは良くないんじゃないかと思って、ある種のバランスを重視する考えをとるようになりました。

どのような経緯でSFCへ教えることになったのですか?

数年前に八木欣之介先生のご紹介で公務員試験の対策のために初めてSFCに来ました。5、6人ほどしかいなかったんですが、みなさんよく勉強し、最後まで残った全員が公務員試験に受かりましたよ。それがきっかけで、4、5年前から「国家と法」の授業を持つことになりました。

SFCと他の法学部で教えることに違いはありますか?

ありますね。SFCに来てよかったと思うことは2点あります。法学的な知識を持っていないSFC生から思いがけない質問を受けることがあり、それが私自身にとって、法学部的限界を超えるために根本問題をも一度、一から考え直すきっかけになっています。
 それを象徴する出来事というのが、授業調査の自由記入欄に書いてあった「先生の言っている議論というのは当たり前のことであって、何の知的冒険もない」という学生の声です。
 よく考えてみると、法学っていうのは当たり前のことではないと困る。自分たちの命や財産を関わる議論であるわけですから、むしろ常識的な解答が出てくるものでなければならない。バランスの話にもつながっていきますが、当たり前の議論、常識的な議論というのは、確かに刺激はないかもしれないけれど、実際の対立状況の中でバランスをとり、常識的な解決をするというのは難しい技なんです。そのことに改めて気づかされました。そんな問いは自分で立てていることはなかったので、とてもいい刺激になりました。
 もうひとつよかったのは、SFC生の人とつながろうとするSFCらしい越境的出会いのパワーに引き込まれたということです。SFCの学生は教員だけではなく、外部の人間とも積極的につながろうとします。SFCでは、自分で専門を作って将来設計をしていかなくてはならないですからね。
 そのパワーというかネットワークの妙味が、普通の学部の学生と違って、面白いと思います。いつの間にか自分もその中に引き込まれているんです。
 実際、最初は授業だけ顔を出して自分のことだけやろうと思っていたんですが、金曜日の5限という人の集まりそうにない時間に授業をやっているにも関わらず、その後一緒に喫茶店に行ったり、あるいはメールのやり取りをしたりしています。
 しかし、それはSFCの強みであると同時に弱みでもあると思うんですね。自分のやっていることに不安を感じたりするわけですから。でも、既存の壁をどんどん乗り越えていって自分の専門を作るという活力もそこにはあります。それにいつの間にか自分も誘い込まれたという感じです。

以前のSFCと今のSFCに何か違いはありますか?

公務員試験の指導に来たときには、外交官になりたい、公務員になりたいという人が多かったですね。
 でも、今は二極化している気がします。SFCみたいに専門のないところだと、不安だから経済学部に転部したいという少数派の学生がいる一方で、将来の構想が複合的になっている学生が多いと思います。たとえば、司法試験に合格した後、ベンチャーを開きたいとか。一つは社会に公認された資格を持ちながら、もうひとつ新しいものを問うように自分の将来の構想に複合的になっているんですね。公務員になりたいとストレートに言う人は減っている一方で、いくつかのものを合わせて自分のプロフェッションを作っていこうという人が増えてきていると思います。

ではSFCらしくなってきたということですか?

そう思います。それは成功するかどうかまだわからないですけれども、SFCは大学の仕組みとしてそうせざるを得ないというところがSFCにはあると思いますね。SFCだけでなく、法学部にいる人もそういった傾向はあります。たとえば将来的には金融法の教員になりたいけれども、大学院には行かず、メリルリンチ証券に勤め、そこで金融を覚えてからアメリカの大学院で学位をとって日本の大学で教えたいという構想を持つ学生がいます。

サブゼミをはじめることになったきっかけとその目的は?

国家と法を受講していた学生からゼミをやってほしいという要望が前からあったんです。はじめは消極的な姿勢をとっていましたが、SFCらしい越境的出会いに自分がどんどん引き込まれるうちに、やりたいというなら協力しましょうという気持ちになり、始めることにしたんです。
 幹事の久野君(総4)が音頭をとってくれることになったことと、八木秀次先生の「反『人権』宣言」という本が出て、みんなで読んでみようといったことがちょうど重なったこともよいきっかけでした。

サブゼミはどうのような形式で進んでいるのですか?

毎回、担当者にレジュメを用意してもらいプレゼンテーションをした後、自由討論をしています。もちろん、人権論をつっこんで議論していこうということもあるんですが、久野君の提案で「プレゼンテーションの練習」も兼ねています。

前回のサブゼミはどうのようなかんじでしたか?

前回は日本対チュニジア戦があったにも関わらず、フェミニズム、ジェンダーフリーの話で盛り上がりました。たとえば、自分の息子がある日突然スカートをはきたいと言い出したらどうするかという話です。問題設定としては面白おかしいことなんですが、根本的な問題までさかのぼったので、非常に有益だったと思います。僕自身も勉強になります。学生がこんな質問をしても意味があるのかしらという質問をすることもあるんですが、僕にとっては新鮮で、自分の中で回答が見つけられていないものだったりして、考えて面白いアイディアとか出てきますよ。ジェンダーフリーの話だったので女性の勢いがすごかったですね。

サブゼミのメンバー構成は?

毎回メンバーが入れかわりますが、僕を入れて男性は4人、女性約10人で15人ほどいます。1年生が多いですね。レジュメを書かせてプレゼンしてもらうんですが、みんなとても良くできます。内容的に問題がないだけじゃなくて、ビジュアル的にもわかりやすい。プレゼンも上手いですよ。15分でまとめてこいと言うと、ほんとに15分に合わせてまとめてくるんです。

今後サブゼミはどのようなかんじで進んでいくのですか?

7月5日からは、元共同通信のジャーナリストが執筆した「ジャーナリズムの思想」という本を扱います。表現の自由とマスメディアについてです。ジャーナリスト志望の学生がいるので、分担してやってもらいます。秋学期もサブゼミは続けていくと思います。

どんな人材がほしいですか?

多様性という意味で言えば、もう少し男性に参加してもらいたいです。あと、思ったことをどんどん言ってもらいたいですね。
 『死刑囚 永山則夫』(佐木隆三 講談社)がお勧めです。ある意味、死刑の基準になった人です。永山則夫は4人を殺した死刑囚です。学生にはノンフィクションをもっと読んでもらいたいですね。死刑の背景がよくわかります。合わせて『木橋』(永山則夫 河出文庫)を読むといいですよ。また、死刑制度について議論されるとき、死刑囚の人権が問題になることが多いですが、実は死刑執行人の人権を考えるべきだと思うんです。これについては、『死刑執行人の苦悩』(大塚公子 角川文庫)を読むといいでしょう。

アクセス方法は?

幹事の久野潤(総4)s99313jkまでお願いします。

最後に一言お願いします。

自分の選んだ立場の「らしさ」を守ってほしい。たとえば、学生は大学に行こうと自分で決めてきたわけでしょう?だったら「学生らしく」いてほしいと」思います。また、法学を学ぶ上では、「形式の重要性」を大切にしてほしいと思います。ルールを作っていくことの楽しさ、それをはずすことの楽しさを味わってもらいたい。
【編集部から】
 今回の取材場所は、先生のお住まいの近くである国立で行った。先生御用達の喫茶店を案内していただいた編集スタッフ。法にとどまらない先生の世界を覗き見したような心地よい昼下がり。先生のチャーミングでウィットをきかせたお話を聞きながら、楽しいランチタイムを過ごさせていただいた。魅力あふれる駒村先生と、サブゼミで法を学んでみてはどうだろうか?
[Project CLIPから]
 SFC CLIPでは、研究内容をみんなに紹介したい、いっしょに研究する仲間を探したい、という方々を募集しています。研究会単位でも、プロジェクト単位でもOKです。