絶え間ない日常の終わり

平日の夕方にも関わらず、スタート地点となった渋谷駅には多くの鉄道ファンが見受けられた。しかし、それ以上に目立ったのが、乗り慣れた東横線が大きく装いを変える最後の日を、使い捨てカメラ、携帯カメラ、デジカメで写真に納める一般の人々であった。
 桜木町行き各駅停車の先頭車両に乗り込んだ我々の前には、渋谷駅や桜木町駅だけではなく、ほぼ全ての駅において写真を撮る人々の姿であった。


桜木町駅渋谷駅ホーム
 人によっては「葬式鉄」とも言われる非日常の光景が、鉄道ファンに限らず多く人々によって共有されていること、渋谷→桜木町間の一駅一駅で感じた。
 電車とは相互乗り入れや線路伸張を繰り返し、「伸びる」ものであり、「廃線」なぞは遠い世界と思っていた、筆者にとっても、乗り慣れた横浜→桜木町間の路線廃止のニュースはその前提が崩れ、喪失感は大きいものであった。
 変化の激しい大都会において長期に渡って安定している象徴の一つともいえる鉄道路線。今回の東横線に限って言えば、名残を惜しむ多くの人々にとって「終点は桜木町」「横浜駅はずっと工事しているもの」というのが、「愛すべき絶え間ない日常の象徴」だったのかもしれない。
桜木町駅反町駅付近工事現場

地上から地下へ

各駅停車の旅は多摩川を超え、東白楽駅を過ぎた辺りで一気に大型クレーン車が林立するポイントが突然現れた。その周辺は線路の下に線路が見えた。
 実は人々が別れを惜しんでいる中で、鉄道作業員や工事関係者にとっては東横線の流れを地上から地下へ潜らせるという大工事、総仕上げの最後の長い二日間となっていたのだ。

そして桜木町へ

工事期間を過ぎ、ぼろぼろとなった反町駅を過ぎ、横浜駅が目の前に近づいてきた。地上の横浜駅を目にするのも最後である。ホームに並ぶ撮影者がどんどん増えて雰囲気が盛り上がる。東横線はここから海沿いに向かい左手にはランドマークがそびえ立つ。そして高島町到着、いつもなら10人もいないようなホームに多くの鉄道ファンが鈴なりとなっていた。
桜木町駅高島町駅
そして、今回の旅の終着駅である桜木町に到着、ホームにはひとめで分かる重装備の鉄道ファンから、名残を惜しむ一般の人々、そして足早に電車に向かう利用者でごった返していた。電車をバックに記念撮影をするひと、表示灯を写真におさめるひと、思い思いの別れを惜しんでいた。
桜木町駅高島町駅

記念に残す

改札口を抜けると、すでにそこは多くの人であふれかえっていた。券売機の前で人垣、そして反対側の元コーヒー店があった辺りにも人垣。ここで我々は、前もって話を聞いていた記念入場券と日割定期券を購入することにした。日割定期券とは、一ヶ月単位などではなく数日間のみ有効の定期券のことで、廃止当日に購入すればその日のみの日付がつくわけだ。また、定期券なので自分の名前も印字してもらえる。ということで並ぶことにしたのだが、受付の前から列をたどっていくと、外に出てしまった。道路に出て百メートルほど行ったところでようやく最後尾。「ここが最後尾です」と案内してくれた駅員氏は、「自分も買ったんですよ」と嬉しそうに自分の定期券を見せてくれた。行列が二列あるのは、記念入場券と日割定期券それぞれの列である。まずは定期券。
桜木町駅駅の外まで並ぶ行列
 そこから並ぶこと一時間半。並んでいる間に片方の列の記念入場券は売切れてしまった。あとから聞いた話では、一万枚用意されていたという。ようやく定期券申込書を手渡され、必要事項を記入する。さていよいよ発券してもらえるかと思いきや、「一時間ほどお待ちください」と言う。待ち時間をどうしようか悩んだ末、もう一つの廃止駅である高島町駅へ歩いて向かうことにした。
桜木町駅高島町駅外

夜が更けて

桜木町ほどの賑わいはないものの、高島町もそれなりに行列はできていた。こちらも記念入場券を発売しており、まずはそこへ並ぶ。購入後、まだ騒ぐ構内を尻目に改札を通り、今度は電車に乗って桜木町へ向かった。高島町駅のホームも相変わらずだ。特に高島町は特急が止まらないため、警備員が通過のたびに声を上げて注意を促していた。到着した桜木町の混雑は相変わらずである。駅員に終電の時刻を尋ねる者も多く見られた。最終まで見送ろうという人たちも多いのだろう。残念ながら非常に疲れたため、定期券を引き取るとそのまま帰ることにした。発券してもらったばかりの定期券を使う。到着した横浜駅でも多くの人で賑わっていた。それが、鉄道ファンばかりでなく帰りがけらしいサラリーマンや買い物帰りの主婦が多く撮影していたのが印象深い。今夜で忽然と消えてしまう、それまでの日常。それを少しでも多く記憶の断片におさめようとする人々の焦りが、愛されていたのだなあと感じさせた。
桜木町駅横浜駅
翌日、東横線横浜駅は地下にもぐり、桜木町駅のシャッターは二度と開かなくなった。