美術館は自分にとって特別な空間だけど、かつてより新鮮ではなくなった人へ。
 美術館って、得体が知れません。という人へ。


 次週より始まる連載「キスをせよ、美術館へ行こう」は、そんな読者にうってつけだ。水先案内人を務めるは、東京画廊プレスと、銀座と美術に関するフリーペーパー『Ginza8105』編集長を兼ねる、根本ちひろさん(総4)。今回は、連載予告として、銀座のうどん屋での話し合いを、お届けする。
三:で、いきなりですけど、「ベルリンの至宝展(1)」に行きました。
根:どうだった?
三:友人のドイツ研究というのも兼ねて、行ってみようという話だったのですが、ドイツ研究としては失敗。ヨーロッパで良しとされる偉大な美術品をベルリンの美術館に所蔵してます、ってのがわかっただけで。「ドイツらしさ」っていうのはあまり感じませんでしたね。
根:この展覧会はドイツにある5つの博物館のコレクションを集めた企画展。確かに、コレクションはドイツの美術だけじゃないから、ドイツ美術の研究には向かなかったのかも。
 今回のベルリン展は良い例なのだけど、どの博物館にも常設展と企画展があるの。もちろん、主催していた東京国立博物館(以下、東博)にも常設展がある。常設展は見た?
三:そうだったんですか……ごめんなさい。僕は「あ、ほかのがあるんだ」という感じで通り過ぎたんだけども。
根:日本では常設展を見ない人がすごく多いの。でも、ドイツの常設展は見るのに、なんで日本の常設展は見ないの?
 実は東博には、まず裏にお庭があって、その前に日本美術を体系的に展示している本館がある。その展示品はだいたい一週間くらいで次々に変わる。
 その右手に中国と韓国の美術を展示している東洋館があって、左手には重要文化財・表慶館。更に左奥には、最近「新生MoMAの建築家」として随分話題になった谷口吉生(
2)が設計した、法隆寺宝物館があって。これらは本当に世界に誇れる東博のコレクション。特に私は法隆寺宝物館が大好きで、「MoMAより素敵な谷口吉生の建築が東京にはある」ってよく自慢するの。
 東博の常設展に友達を連れて行くと、みんなびっくりする。お庭にはお茶室もあるし、とにかくすごいのよ。
三:おお、そりゃすごいですね。
根:すごいでしょ!その上、私が今話した常設展に、学生なら130円で入れるの。
三:なんか……それだと今までのがもったいない気がしてきますね。
根:そう。一時間以上並んで1,000円以上する企画展を見るのも、もちろん貴重な機会。でも、美術の面白さを知るには、それだけじゃもったいない。東博の敷地内には、一日では回りきれないくらいの美術品が展示されてるの。成り立ちとか意味合いは違うけど、フランスでいうルーブル美術館、アメリカでいうメトロポリタン美術館にあたるのが日本の東博。意外に知らないでしょう?
三:ええ。
根:東博の常設展を見ろ、って私の友人には飽きるほど聞かせていてね(笑)なぜか、みんな見ないじゃない。コレクションがあって、美術館が成り立っている。そこをちゃんと見てほしいの。
三:なるほど。でも実際、企画展が前面に出てますよね。
根:もちろん、企画展に注目が集まるのには理由がある。日本では欧米と成り立ちが逆で、美術館を建ててから、コレクションを集めることが多い。だから、コレクションが少なかったり、あるいは全然なかったりする。そうすると、企画展をやらざるを得ないよね。
 最近は、もう資金がないからコレクションするのを放棄する傾向にもある。そうするともう博物館ではなくて「アートスペース」に近い。博物館の重要な役割の一つである、収集保存が欠けているんだから。
 でも、それはコレクションを見ない私たちの責任でもある。博物館はpublicのもの、つまり私たちのものでしょう?publicというと、国のもので、私たちのものじゃないみたいな感覚があるかもしれないけど、本来は私たちはもっと積極的に活用して、お互いに意見を言い合って作っていくものだと思う。
 コレクションを持たない美術館ばかりになったら、日本の美術はどこに保存されていくの?今日は東博の話になったからコレクションの話をしているけど、もっと話し合った方がいいことっていっぱいあるよね。
 そのために、基本的なことをここで話していければいいと思います。
三:ありがとうございました。では次回よりの連載、よろしくお願いします。
(*1)「世界遺産・博物館島 ベルリンの至宝展 –よみがえる美の聖域–」
東京国立博物館にて開催中。

(*2)谷口吉生(1937-)
1960年、慶応義塾大学工学部卒業。64年ハーヴァード大学建築学科卒業。丹下健三・都市・建築設計研究所を経て、75年に独立。79年谷口建築設計研究所設立。東京芸術大学客員教授。現在、東京オペラシティアートギャラリーにて「谷口吉生のミュージアム」開催中。近作では、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の改築が有名。また、慶應義塾湘南藤沢中・高等部をはじめ、義塾の建築物を数多く手がける。
<主な作品>
・土門拳記念館 (1983年竣工)
・葛西臨海水族館 (1989年竣工)
・慶應義塾湘南藤沢中・高等部 (1992年竣工)
・豊田市美術館 (1995年竣工)
・東京国立博物館法隆寺宝物館 (1999年竣工)
・ニューヨーク近代美術館(MoMA) (2004年竣工)
<主な受賞>
・吉田五十八賞 (1984年 土門拳記念館)
・日本芸術院賞 (1987年 土門拳記念館)
・毎日芸術賞 (1990年 葛西臨海水族園)
・BCS(建築業協会)賞 (1991年 葛西臨海水族園)
・公共建築賞 (1994年 葛西臨海水族園)
・BCS(建築業協会)賞 (2000年 法隆寺宝物館)
・日本建築学会賞 (2001年 法隆寺宝物館)

(タイトル画像中の作品:「Sweet Sugar Mushroom」松浦浩之)
[キスをせよ、美術館へ行こう]

–根本ちひろ略歴–
現在、慶應義塾大学総合政策学部4年
東京画廊プレス担当
銀座と美術に関するフリーペーパー『Ginza8105』編集長
高校時より、横浜を中心に美術館やギャラリーでアルバイトを始める。アーティストの助手、学芸員補助、文化を使った観光事業企画などを経て、2004年5月より、創業1950年、日本初の現代美術画廊・東京画廊(http://www.tokyo-gallery.com/)にてプレスを担当する。
 現在、文学部にて博物館学芸員資格取得中。
 来年4月からは外資系コンサルファームにてトップマネージメントコンサルティングをする予定。
『Ginza8105』の情報更新はブログ『銀座と美術と経営の話。』(http://d.hatena.ne.jp/BARNEY/)にて。